神鳴くんは「こんどこそ」クールを装う 最終話

「優勝チームは早く玉座の間にお越しください」

無機質なアナウンスが、静まり返った小部屋に響き渡る。 響は、震えるブルースターを抱きしめたまま、無言で頷いた。 (……これで、本当に最後だ。俺が、こいつを本当の女の子にする) 決意を胸に、二人は部屋を出て、妖精城の上階へと続く階段を上り始めた。

長い、長い戦いだった。 茜との死闘、自身の限界を超えた『タイム・リヴァーサル』、そして、この狂気じみた妖精国でのサバイバル。 全ては、この時のため。 (……ブルースターを人間にする。そして、俺は……) 響の脳内は、これから訪れるであろう甘く明るい未来の妄想で満たされていた。

最上階。重厚で、しかしどこか悪趣味なほどきらびやかな扉が、二人の前にそびえ立っている。 響は、迷うことなくその扉を押し開けた。

玉座の間。 そこは、圧倒的な威圧感と、妖しい魅力に満ちた空間だった。 響の視線は、部屋の奥、一段高くなった場所に置かれた玉座へと吸い寄せられる。

そして、そこに座る人物の姿を捉えた瞬間、響は息を呑んだ。

黒を基調とした、女王のような豪華絢爛なドレス。 その豪奢な衣装に身を包んでいたのは——

「葵……なんで……?」

響の口から、掠れた声が漏れた。 星宮葵。3年前、彼と共に戦い、そして……彼が救うことを選んだ少女。 彼女の顔が、そこにあった。

響が驚愕に目を見開いている横で、ブルースターは迷いなく、その場に深くかしずいた。

玉座の上の「葵」は、響の反応を見て、声を上げて笑い出した。 「アハハハハッ! アハハハハハハハッ!」

ひとしきり笑い転げた後、彼女は酷くサディスティックな、ニヤけた笑みを浮かべて響を見下ろした。

「予想通りのリアクション。響ちゃん、やっぱり最高だわ」

その声は、葵のものだった。だが、纏う空気が、響の知る彼女とは全く異なっていた。

「残念だけど、私は星宮葵じゃないの」 女王は、悪びれる様子もなく告げた。 「今まで見てきてわかったと思うけど、妖精は皆、色々な能力を持っているのよ。私の力の一つは、『好きな姿に変身する』こと。響ちゃんが喜ぶと思って、この姿にしたんだけど……」

彼女は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてくる。 「こんな姿のほうがよかった?」

次の瞬間、女王の顔が、赤羽茜の顔に変わった。 (……ッ!) 響は後ずさりしそうになるのを必死に堪えた。

「それとも、こんな姿かしら?」 今度は、有名女優の顔に。そして、人気アイドルの姿に。次々と姿を変えながら、彼女は響に近づいてくる。

「……こんなんじゃ満足できないわよね。やっぱり、こうよね」

女王が指を鳴らすと、彼女は横でかしずいているブルースターの姿になった。金髪の縦ロール、フリル付きの制服。完璧な模倣だった。

「……ちっ」 響は舌打ちをした。

「あら、お気に召さない? じゃあ、これならどう?」

ポンッ、という軽い音と共に、女王の姿が再び変化した。 今度は、星宮葵の顔。しかし、その体は、露出度の高いバニーガール姿だった。しかも、本物の葵よりも明らかに胸が大きく、グラマラスな体型になっていた。

「前置きはこれぐらいで、お待ちかねの『願いごとタイム』よ」 バニーガール姿の女王は、妖艶に微笑んだ。

「大金を得るもよし」 女王が指を弾くと、天井から無数の札束が降り注ぎ、床に積み上がった。

「それとも、今回の戦いで使ったような力を、そのまま持ち続けることもいいわ。そ・れ・と・も……」

次の瞬間、響は背後に気配を感じた。 振り返る暇もなく、背中に柔らかく、大きな感触が押し付けられる。バニーガール姿の女王が、いつの間にか背後に回り込んでいたのだ。

「私と、この国で永遠に幸せに生きることもできるわよ」

耳元に、甘く、熱い息が吹きかけられた。 「さーて、どうする?」

響の頭の中を、様々な思考が駆け巡った。 大金、超常の力、そして……目の前の、魅惑的な姿をした女王との永遠の快楽。 それは、普通の男なら抗い難い、恐ろしいまでの誘惑だった。

しかし、響の胸には、この戦いが始まってからずっと、ブレることのない一つの決意があった。 (……俺は、「こんどこそ」クールになる)

3年前、葵を救ったことで、自分自身が後悔の念に囚われたこと。 今回の戦いで、自分の浅はかさが茜をあんな姿にしてしまったこと。 そして、自分を頼り、信じてくれたブルースターの存在。

響は、背中に押し当てられる柔らかな感触を無視し、両拳を強く握りしめた。 そして、玉座の間に響き渡る声で、はっきりと宣言した。

「俺の願いは一つだ。……そこにいるブルースターを、人間にしてくれ」

その言葉に、女王は少し予想外だというような顔をした。 背中から離れ、響の前に立つと、つまらなそうにため息をつく。

「……そんなつまらん願いでいいのか? 前回もお前は星宮葵を救ったことによって、他の願いを叶えればよかったと、3年間後悔の日々を送っていたではないか」

「願いはこれ一つだ。俺に後悔はない」 響は、女王の言葉を遮り、強い眼差しで彼女を見据えた。 「まやかしの永遠ではなく、俺の信じる一瞬を生きる」

それが、響なりの「クール」だった。

妖精王は、呆れたように肩をすくめた。 「……わかったわ。願い事は一回だけ、やり直しはなしだからね」

そう言って、彼女がパチンと指を弾いた。 瞬間、かしずいていたブルースターの身体が、淡い光に包まれた。

光はすぐに収まった。 外見上は、何も変化はないように見えた。

だが、ブルースターはゆっくりと立ち上がり、自身の腕や顔を、確かめるようにまさぐり始めた。 そして、彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

「……これが、人間なのね……」

彼女は震える声で呟いた。 プログラムされた感情ではなく、彼女自身の心から湧き上がる、本物の感動。 それを見て、響は安堵の息をついた。

ブルースターは、涙を流しながら響に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。 「ありがとう、響……! ありがとう、私のために、本当にありがとう……!」

「フン……気にするな。当然のことだ」 響はクールを装いながら、彼女を抱き返そうと腕を回した。 (……ついに、この時が……!)

「ありがとう。……世界で最高の、親友」

「……えっ?」

響の時が、止まった。 回しかけた腕が、宙で固まる。

永遠とも思える一瞬の後。 「しん……ゆう……? 恋人でなくて……?」

響の口から、掠れた、情けない声が漏れた。

その言葉を聞いた瞬間、ブルースターはハッとして、響からパッと身体を離した。 「あ……勘違いさせちゃったかもしれないけど、私にとって響は、恋愛対象じゃないの……」

「……」 再び、響の時が止まる。 頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。

止まったままの響に、ブルースターは冷酷な事実を告げる。 「そもそも、私がどう思ってるって聞いてるのに、2週間も何も返事をしないって……。そんな人とは、愛し合えないわ……」

グサリ。 響の心に、致命的な追い打ちがかかった。 (……あの時、保留にしたのが……ダメだったのか……!?)

「それでも、響への感謝は変わらないわ。これからも心友(ベストフレンド)でいましょう」 ブルースターは、輝くような笑顔でそう言った。

「……き、きにしてねえよ……」 響は、引きつった笑顔で、精一杯の強がりを絞り出すしかなかった。 (……クールだ、俺はクールだ……)

そして、響はすがるような目で、玉座の前の妖精王を見た。 (……なにかの間違いだろ? やり直せないか……?)

そんな響の視線に気づいた妖精王は、 「アッハハハハハハハハハハ!」 腹を抱えて、大爆笑し始めた。

「あー、おかしい! 本当に響ちゃんは私の期待を裏切らないわね! 言ったでしょ、願いは一個だけ、変更はなしよ!」

妖精王の笑い声が、玉座の間にこだまする。 そして、この光景は、魔法の鏡を通して、妖精国中の全ての妖精たちに生中継されていた。 響の、最高にダサくて、最高に滑稽な失恋の瞬間は、妖精国の歴史に深く刻み込まれる伝説となった。

それから、数日の後。 響は、いつものように日本の高校へ向かう道を歩いていた。

「よっ! 元気? 相変わらず、しけた顔してるわねー」

後ろから肩を叩かれ、振り返ると、そこには星宮葵がいた。 「あっ……。あの金髪の子に振られたの、まだ引きずってるのね。あの子、バスケット部の先輩と付き合ってるって噂、聞いたわよ?」

葵は、ニヤニヤしながらそう言った。 妖精王の嫌がらせ――いや、サービスなのか、人間になったブルースターには、日本での戸籍と家族が与えられ、響と同じ学校に通っていた。そして、見事に別の男と恋に落ちていた。

「……そんなんじゃねえよ」 響は、いつものように強がり、クールに受け流す。

(……くそっ) 青春真っ只中の、賑やかな通学路。しかし、響の心の中だけには、冷たい木枯らしが吹いていた。

ふと視界の端に、赤羽茜と、彼女の友人であるケイが、楽しそうに談笑しながら歩いているのが見えた。 響と目が合うが、二人はすぐに視線を外し、会話に戻っていった。 やはり、あの戦いに関わった人間は、響とブルースター以外、全員記憶が消されているようだ。

俺は、少しはクールになったのだろうか。 ……いや、全然なれていない。

ただ、もう後悔の日々は終わりだ。 ブルースターを人間にしたこと。そして、振られたこと。 この決断に、今度こそ胸を張って生きよう。 俺は、神鳴響なのだから。

場面は変わり、妖精国。 荘厳な妖精城の、玉座の間。

そこには、あの時「妖精王」と名乗り、バニーガール姿で響をからかった、星宮葵の顔をした妖精が、床に恭しくかしずいていた。

対する玉座に、深く腰掛けているのは――。

同じく、日本の高校の制服姿をした、本物の星宮葵だった。

「今回はよくやってくれたわ。最高のショーだったわ」

玉座の星宮葵は、妖しく、そして愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

「次は何をしようかしら」

玉座の間に、星宮葵の高笑いが、いつまでも響き渡っていた。


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