領主にクビにされ悪徳物件に騙された天才料理人、行き倒れの獣人少女を救ったら世界最高の聖域になっていた件 第一話

「君の料理は最高だ。だが、ここにいては君の料理を楽しむのは私を含めた一部の人間だけだ。是非、君にはここから羽ばたいてほしい」

領主様のその言葉を聞いた時、俺——アレンは、スッと血の気が引くのを感じた。

(あぁ、なるほど。これは遠回しな『クビ宣告』というやつか)

俺はある名家の次男として生まれたが、この国では長男と長女以外は、名家であろうと丁稚奉公に出されるのが通例だ。 俺も10歳の時に、修行という名の身売りでこの領主様の専属料理チームに配属された。

それ自体は当たり前のことだったので悲しくもなんともなかったし、何より俺には『料理』の才能があった。 ここは貿易都市。世界中から未知の食材が集まる環境は、俺の探求心を満たすには十分すぎた。 10年でエースとなり、さらに数年でチームのトップに上り詰めた俺だが、まさかこんな形で追い出されるとは。 トップダウンのこの国で、領主様の言葉は絶対だ。俺は深く一礼し、黙ってその言葉に従った。

退職金代わりなのか、手渡された出資金は目が飛び出るほど莫大だった。 おまけに『領主承認上級料理人』という、水戸黄門の印籠のような資格証まで持たせてくれた。

とはいえ、俺には料理以外の知識がない。 とりあえず自分の店を持とうと、街の目立つ場所にあった不動産屋に飛び込んだのだが——。

「はい、ここにサインを! いやぁ、アレン様はお目が高い! この物件は最高ですよぉ!」

揉み手で近づく胡散臭い男の言うがままに、俺は契約書にサインをした。 後から知ったが、相場の数倍の家賃と、修繕費はすべてこちら持ちというとんでもないボッタクリ契約だったらしい。

しかし、出資金が莫大だったおかげで、なんとか店を開くことはできた。 店の入り口には輝く『領主承認上級料理人』の資格証。 昔からのツテで、極上の食材を仕入れるルートもある。味には絶対の自信がある。

……だが、俺は『経営』というものを全く理解していなかった。

「いらっしゃいませー! 今日の日替わりは、幻の海竜のムニエルです! 価格は金貨3枚になります!」 「高ぇよ! なんだその高級店価格は!」 「あ、明日は豊作の芋の煮っ転がしなので、銅貨2枚になります」 「安すぎだろ! 差が激しいわ!」

そう、俺は「その日に仕入れた最高の食材」を「原価ギリギリ」で提供していたため、日によって価格が乱高下する狂気のシステムを作り上げてしまったのだ。 おまけに従業員の雇い方もわからないため、厨房と客席を行ったり来たりする完全ワンオペ。 ボッタクリ不動産屋に売りつけられた店は無駄に広く、毎日走り回って息も絶え絶えだった。

そんな、ある日の夜のことだった。

カランコロン、と力ない扉の音が鳴った。 入ってきたのは、ボロボロの貫頭衣を着た、犬の耳としっぽを持つ『獣人』の少女だった。

この国では獣人は迫害対象だ。普通の店なら即座に追い出すだろう。 しかし、少女は床に崩れ落ちそうになりながら、すがるような声で言った。

「なにか……食べ物を、いただけませんでしょうか……」

俺は料理人だ。客の顔色を見れば、その健康状態はすぐにわかる。 (目の焦点が合っていない。唇の乾燥、肌のツヤの無さ……ここ数日、水すらまともに飲めていないな。それに体温も異常に低下している)

「少し、待っててくれ」

俺は厨房に戻った。 今日のメインディッシュは、最高級の霜降り牛を使った濃厚な赤ワイン煮込み。 だが、今の彼女の弱り切った胃腸に、こんな重い肉や油を入れたらショック死しかねない。

俺は鍋から上澄みのスープだけをすくい取り、別鍋に移した。 そこへ丁寧に取った野菜のブイヨンを加えて味を優しく伸ばし、さらに明日の仕込みに使う予定だった新鮮なショウガをたっぷりとすりおろして加えた。 冷え切った体を内側から温める、極上の特製ジンジャースープだ。

「お待たせ。ゆっくり、少しずつ飲むんだぞ」

テーブルに置かれた湯気を立てる黄金色のスープを見て、少女の喉がゴクリと鳴った。 彼女は震える手でスプーンを持ち、一口、口に運ぶ。

「————っ!!」

カッ! と少女の目が丸く見開かれた。 次の瞬間、彼女はスプーンを放り出し、皿に直接口をつけてズズズズズッ!! と猛烈な勢いでスープを飲み干した。

「お、おかわりっ!! ありますか!?」 「あ、ああ。あるよ。でもゆっくりな」

結局、彼女は大きなスープ皿を3杯も平らげた。 そのすさまじい食べっぷりと、獣人が店内にいることに驚いた数少ない他の客たちは、怪訝な顔をして逃げるように帰ってしまった。

「ぷはぁ……あったかい……おいし……い……」

満腹になった途端、緊張の糸が切れたのだろう。 少女はテーブルに突っ伏し、スースーと幸せそうな寝息を立て始めた。

「おいおい、ここで寝られても困るんだが……」

揺すっても全く起きる気配がない。 外はもうすっかり冷え込んでいる。こんなボロボロの少女を放り出すほど、俺も鬼じゃない。 仕方なく、俺は彼女を背負い、店舗の2階にある自分の居住スペースへと連れて帰り、ベッドに寝かせてやった。

翌朝。 小鳥のさえずりで目を覚まそうとしていた俺の耳に、鼓膜を破るような悲鳴が飛び込んできた。

「ひ、ひぃぃぃっ!! なんで!!? 人間が……なんでこんなところにいるのっ!!?」

部屋の隅で、毛布を握りしめながら犬耳を逆立てる少女。 いやいや、ここ俺の家なんだけど。

どうやら、俺のドタバタな料理人ライフは、まだまだ波乱に満ちているらしい。


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