領主にクビにされ悪徳物件に騙された天才料理人、行き倒れの獣人少女を救ったら世界最高の聖域になっていた件 第二話

「……というわけで、倒れていた君をうちの店に運んできたんだ」

翌朝、俺が事の顛末を説明すると、獣人の少女——ミアは、状況を完全に理解したようだった。

「ひゃうっ……!」

ミアは突然、床にごろんと仰向けに転がり、お腹を丸出しにするポーズをとった。犬や狼が降伏を示すときの、いわゆる『服従ポーズ』だ。 尻尾を股の間に挟み、しおらしい上目遣いで俺を見上げてくる。

「ごめんなさい……そして、私のようなものを救ってくれて、本当にありがとうございます……っ」

初めて獣人と接した俺は、「へえ、本当に犬みたいな動きをするんだな」と呑気に感心していた。俺からすれば、ただの行き倒れにスープを飲ませて寝かせただけの感覚だ。 だが、ミアの瞳には、俺が『迫害対象である獣人を、常連客の反発を押し切ってまで救い出した大英雄』として映っていたらしい。……まあ、俺はそんなこと全く気づいていなかったのだが。

そして、ミアは決意に満ちた顔で起き上がり、少し厚かましいお願いをしてきた。

「あのっ! 私を、この店で雇っていただけないでしょうか! 恩返しがしたいんです!」

「雇う……?」

俺は少し首を傾げた。 実は俺、接客担当の従業員をどうやって雇えばいいのか、全く理解していなかったのだ。 領主様の厨房にいた頃は、勝手に上の人間が新人を見繕って放り込んできて、俺には取捨選択の自由などなく「今日からこいつが下働きだ」と言われるのが普通だった。

だから俺は、「あ、店員ってこうやって勝手に増えていくシステムなんだな」と勝手に納得した。

「ああ、いいよ。これからよろしく」 「えっ!? い、いいんですか!? 獣人の私なんかを……っ!? あああっ、一生ついていきますご主人様ぁぁぁ!」

俺の即決に、ミアは涙を流して尻尾を千切れんばかりに振った。

かくして、『獣人のウェイトレス』と『価格が日替わりでめちゃくちゃな料理』という、さらにカオスな店として営業が再開された。

もともと狂った運営だったため、今の客層は「変な店があるぞ」という物見遊山か、純粋に俺の料理の味に惚れ込んだ究極の変わり者ばかりだった。 そこにミアが加わったことで、客層の極端さにはさらに拍車がかかった。

そんな中、変人揃いの常連客の中でも、一際目立つ女性がいた。 『青髪に眼鏡をかけたエルフ』の女性だ。

彼女はいつも一人でやってくる。 そして、その日のスペシャリテを頼んでは、一口食べて「ふふっ」とニヤニヤし、次に周囲の惨状を見て「キーッ!」とイライラした顔になり、最後は「あぁ……」と酷く寂しそうな顔をして帰っていくのだ。 正直、かなり情緒不安定な客である。

そんなある日のこと。 うちの店には珍しく、小金持ちそうな商人風の団体客がやってきた。

ミアは持ち前の明るさと愛嬌で、いっぱいいっぱいになりながらも懸命に対応した。料理の味はもちろん完璧なので、客たちは全員大満足で食事を終えた。

だが、最大のトラブルは『お会計』の時にやってきた。

「ええと……ワインが3本と、お肉料理が5皿だから……銀貨3枚……いや、銅貨15枚……?」 「おいおい! なんだそのドンブリ勘定は! さっきは銀貨2枚って言ったじゃねえか!」 「ひゃうっ! ご、ごめんなさい!」

俺もミアも、計算というものが絶望的にできなかったのだ。 最後の合計金額がまったく合わず、団体客の交渉役の男が声を荒げ始めた。

「ぼったくる気か!? 獣人なんか雇ってるからこんなことになるんだ! ええい、銀貨1枚で十分だろうが!」 「す、すみません……俺の計算ミスです……」

ミアがボロボロに責められ、俺も頭を下げる。 客の言い値である、原価を大きく下回る金額で精算させられそうになった、その時だった。

「——お待ちになさい」

凛とした冷たい声が響いた。 いつの間にか立ち上がっていたのは、あの『青髪の眼鏡エルフ』だった。 彼女は眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げ、団体客の前に立ちはだかった。

「先ほどから話を伺っていましたが、計算が誤っているようですね。確かに、この店側の請求も間違っていました」 「だ、だろう!? だから俺たちは——」 「ですが」

エルフの女性は、冷ややかな視線で男たちを射抜いた。

「あなた方が食べたあの『幻の飛竜肉の赤ワイン煮込み』と『エルフの森の年代物ワイン』。あの総量ですと、まともなレストランなら『金貨5枚』は下りません。そもそも、この店の価格帯が世間の相場から完全に狂っているのです。今の銀貨2枚という提示金額でも、あなた方はタダ同然で極上の料理を食い荒らしているも同義なんですよ」

「なっ……!?」

理路整然と、しかも圧倒的な威圧感で詰め寄るエルフ。 その気迫と正論に、交渉役の男はぐうの音も出なくなり、結局、顔を真っ赤にして当初の提示額をきっちりと支払って逃げるように店を出ていった。

閉店後。 「あの、助けていただいて本当にありがとうございました……」 「ご主人様がいじめられちゃうかと思いました……」

俺とミアが頭を下げて感謝を伝えると、青髪の眼鏡エルフは、プルプルと肩を震わせ……突然、顔を真っ赤にして怒りをぶちまけた。

「あなたたちねえっ!! この店は全く、全っ然、なってません!!」

「「ひぃっ!?」」

「折角、王宮の料理長すら裸足で逃げ出すレベルの最高の料理を出しているのに! 金額は毎日バラバラ! 接客はその場しのぎ! 帳簿の付け方も知らない! このままじゃ、あと1ヶ月で確実に潰れるわよ!!」

バンッ! とテーブルを叩き、彼女は怒り心頭といった顔で俺たちに顔を近づけた。 そして、ギリッと歯を食いしばり、涙目でこう叫んだのだ。

「ここが潰れたら……私は明日から、一体どこで日々の仕事の疲れを癒やせばいいのよぉぉっ!!」

どうやら彼女は、俺の料理の熱狂的なファン(限界オタク)になってしまっていたらしい。

「す、すみません……経営のことは本当に何もわからなくて……」 「どうか、私たちに教えてください!」

俺とミアが土下座せん勢いで教えを乞うと、青髪のエルフはハッとして、コホンと一つ咳払いをした。 そして、ほんのりと頬を朱に染めながら、眼鏡の奥の瞳を逸らして言った。

「……そ、そこまで言うんだったら……この私が、この店を立派に立て直して見せるわ!」

こうして、天才(だがアホ)な料理人の俺、ポンコツ可愛い獣人ウェイトレスのミアに加え、経営のプロ(?)であるツンデレエルフが仲間に加わり、俺の店はさらなる飛躍——いや、大騒動へと巻き込まれていくのだった。


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