領主にクビにされ悪徳物件に騙された天才料理人、行き倒れの獣人少女を救ったら世界最高の聖域になっていた件 第四話

エルリアが意気揚々と領主の館へ向かった、まさにその翌日のことだった。

「やあやあ、アレン様。その後、お店の儲かり具合はいかがですかな?」

揉み手でニタニタと笑いながら店に現れたのは、あのボッタクリ契約を結ばせた胡散臭い不動産屋だった。 俺とミアは「いらっしゃいませ!」と丁寧にお出迎えしたが、男は客として来たわけではないらしい。懐から分厚い羊皮紙の契約書を取り出し、冷たい事務的な声で告げた。

「実はこちらの契約書の第十八条・特記事項に記載の通り、本日までに保証金として『金貨100枚』を納めていただかないと、この店からは即刻出て行ってもらうことになっておりましてね」

「え? 金貨100枚?」

俺は目を瞬かせた。金貨100枚といえば、小さな店が数軒建つほどの莫大な金額だ。 エルリアが「どんぶり勘定」を直してくれたおかげで最近は黒字だったが、そんな大金があるはずもない。

「ええと……払えない場合はどうなるんでしょうか?」 「出て行ってもらうんですよ。もちろん、契約違反の違約金代わりに、この店にある備品、あなたが書き溜めた『レシピノート』、そして入り口にある『領主承認上級料理人』の資格証……すべて置いていってもらいます」

普通であれば「そんな馬鹿な話があるか!」と怒鳴り散らす場面だろう。 しかし、俺もミアも『契約』という概念を根本的に理解していなかった。 領主様の厨房でも、上が「明日から別の部署に行け」と言えば絶対だったように、俺は「そういう決まりなら仕方ないのか」とアッサリ納得してしまったのだ。

「ご主人様がそういうなら……」と、ミアも特に疑うことなく頷く。

こうして俺たちは、何の反論も抵抗もすることなく、男の言うがままに店とレシピ、そして料理人としての最大の身分証をあっさりと奪われてしまったのである。


数時間後。 すっかり日の傾きかけた町のはずれで、俺とミアは顔を見合わせていた。

「ご主人様……私たち、これからどうしましょうか」 「うーん……まいったな。寝る場所もなくなるとは思わなかった」

冷たい風が吹き抜け、ミアの犬耳がしゅんと垂れ下がる。 途方に暮れていたその時だった。

「おや? こんな町のはずれで、お前さんたち二人揃って何をしておるんじゃ?」

声をかけてきたのは、うちの店の常連客の一人であるガラム爺さんだった。 ガラム爺さんは町で小さな宿屋を営んでおり、たまに俺の狂ったスペシャリテを食べに来ては豪快に笑っていく、気のいい老人だ。

俺たちは隠すことでもないと思い、不動産屋に言われて店を出た顛末をそのまま素直に伝えた。

「…………はぁ」

話を聞き終えたガラム爺さんは、なぜか深く、深〜く天を仰いで特大の溜息をついた。

「……まあ、ええわい。実は今、わしの宿屋がひどい人手不足でな。二人とも、とりあえず行く当てもないなら一回うちの宿に来るか?」 「「はいっ!! 行きます!!」」

俺とミアは二つ返事でガラム爺さんの後ろについて行った。 その日は疲れていたこともあり、与えられたふかふかのベッドで泥のように眠った。

翌日。 ガラム爺さんは「ゆっくり休め」としか言わず、特に仕事を押し付けてくることもなかった。 だが、俺は根っからの料理人であり、ミアも働き者のウェイトレスだ。何もしないでじっとしていることなど、我慢できるはずがなかった。

「爺さん! 厨房借りるぞ!」 「あ、私、フロントの受付やりますね!」

勝手に厨房に入り込み、宿屋のあり合わせの食材で極上の朝食を作り上げる俺。 満面の笑みと愛嬌で、宿泊客の心を鷲掴みにするミア。 ガラム爺さんの宿屋は、一夜にして「王侯貴族の食事が食べられる謎の宿」として密かな大パニックになっていたのだが……俺たちはそんなことにも気づかず、ただ純粋に仕事を楽しんでいた。 しばらくの間、そんな平穏で充実した日々が続いていく。


一方その頃。 領主の館で契約書の無効を勝ち取り、意気揚々と店に戻ってきたエルリアは、店の前で頭を抱えていた。

「……どういう、こと?」

看板は『アレンの店』のまま。客も満員に入っている。 だが、厨房でピザを焼いているのはアレンではなく、全く見ず知らずのガラの悪い男たちだった。 フロアを歩くのも、ミアではなく派手な化粧の女たちだ。

「いらっしゃい! お一人様? カウンターへどうぞ!」 「あ、えっ……あっ、はい」

エルリアは、極度のコミュ障であった。 アレンやミアのような「隙だらけの相手」には強く出られるが、見知らぬ強引な店員にゴリ押しされると、言い返すことができず言われるがままに席に座らされてしまったのだ。

「お待ち! うちの名物料理のピザだよ!」

ドンッ、と乱暴に置かれたピザ。 エルリアは震える手でそれを一口食べ……絶句した。

(な、なにこれ……! 生地はパサパサ、チーズは安物、トマトソースは酸っぱいだけ! アレンの作ったピザと全く違うじゃないっ!!)

慌ててメニュー表を見るが、毎日彼女が密かに楽しみにしていた『本日のスペシャリテ』の文字はどこにもない。 エルリアの優秀な頭脳が、瞬時に状況を弾き出した。 ——自分がいない間に悪徳不動産屋が動き、あの世間知らずの二人を騙して店を乗っ取ったのだ、と。

(許さない……絶対に許さないわよ、あの不動産屋……!!)

エルリアの胸の中で、かつてないほどの怒りがマグマのように爆発した。 しかし、コミュ障の悲しい性か。知らない店員たちを前にして大声を上げることもできず、彼女はただ一人、マズいピザを前にプルプルと震えながら立ち尽くすことしかできなかった。

奪われた天才料理人と獣人少女。 そして、激怒しながらもフリーズする不器用なエルフ。 すれ違ってしまった彼らの運命は、この先一体どうなってしまうのか——。


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