領主にクビにされ悪徳物件に騙された天才料理人、行き倒れの獣人少女を救ったら世界最高の聖域になっていた件 第八話

ついに、アレンの店は3人がそろい、本格営業を開始した。

これまでの破格の安さと混沌とした行列から一転、エルリアの管理によって価格は急激に上昇し、営業時間は短縮された。

当初は客足が衰えるのではないかと懸念されたが、それは杞憂に終わった。アレンの料理の味、すでに下町に定着していたのだ。

逆に、価格の上昇と営業時間短縮が「特別感」を生み、プレミア度が上がった。かつての混沌とした行列は、整理された熱狂的な行列へと変わり、店の勢いはますますあがることになった。

このような状況になると、逆にアレンからすれば暇になってきた。エルリアのおかげで仕入れも価格設定も完璧になり、彼は料理を作ることに集中できるようになったからだ。

しかし、料理人としての欲が勝ったのか、彼は暇を見つけては勝手に裏メニューを作り出すようになった。 「ミア、今日は市場で珍しいキノコを見つけたから、ブイヤベースじゃなくて、これでソテーを作ってみたんだ。試食してくれないか?」

そんな風に、アレンが気まぐれに作った裏メニューが、さらに評判を呼び、店にはさらなる「特別感」が増していった。

スペシャリテのメニューはアレンが決めるが、エルリアは過去の過ちを許さないと、値段はすべて彼女が決定する。エルリアは価格をわざと、全て余計に高く設定した。

「このソテー、銅貨50枚よ」 「えっ、そんなに!?」アレンが驚く。 「いいの。それでも食べる人はいるわ。それに、これくらい取らないと、前の店みたいなことになるわよ」

エルリアが眼鏡をキラリと光らせて宣言する。それでも客の注文が止まることはなかった。

屋台のような小さな店は、席数が少ない分、以前以上の賑わいを見せていた。エルリアの管理によって、かつての混沌 な状況から、整理された、しかし熱狂的な空間へと変貌を遂げていたのだ。

こうなった時に、一番暇になったのはミアであった。 もともと席数が少ない店なので、基本的なフロア業務は少ない。エルリアが入り口で列を整理し、会計を完璧にこなすため、ミアの負担は激減した。

以前は、アレンの手の足りない部分をサポートするため、店に市場に、廃棄食材をかき集めるために走り回ったが、今は店で列を整理して、皿を片づけ洗うぐらいである。

そんな暇なミアにある変化が訪れる。 今までは、アレンを主人として見ていたのだが、だんだん男性としてアレンを意識するようになったのだ。

暇な時間が増えたことで、アレンの働く姿をじっと見つめる時間が増えた。 汗をかきながら鍋をを振るう姿、裏メニューを思いついて少年のように目を輝かせる姿。

「ミア、このお皿、片付けてくれる?」

ある日の営業中、アレンがミアに洗ったばかりの皿を手渡そうとした。 「あ、はい、アレンさん」

ミアが皿を受け取ろうとした瞬間、二人の手が触れ合った。 ほんの一瞬。しかし、ミアの体に電気が走ったような衝撃が駆け抜けた。

(……っ!)

手が触れた部分が、熱くなる。ミアの犬耳がピクピクと動き、顔が瞬く間に赤くなった。 「あ、ごめん、ミア。大丈夫?」 アレンが心配そうに覗き込む。

「は、はい! だ、大丈夫です!」 ミアは慌てて皿を受け取り、顔を背けた。 胸が、トクトクと高鳴っている。

(……なんで、こんなにドキドキするんだろう)

これまで何度も手が触れ合ったことはあったはずなのに、なぜか今日は違った。

その日の夜、ガラム爺の宿。

アレンはミアに言われた通り、エルリアに強制的に休みを取らされた翌日、ガラム爺の勧めで宿の共同浴場を利用した。

ミアは食堂で、エルリアと一緒に、明日の再生プランの続きについて話し合っていたが、アレンがお風呂から上がってきた。

「ふう、さっぱりした」

アレンが、髪をタオルで拭きながら食堂に入ってきた。 宿から借りた清潔な麻のシャツを着て、濡れた髪が少し油断した雰囲気を醸し出している。

シャツのボタンが少し開いており、お風呂上がりで少し火照った肌が、宿の暗めの灯りに照らされていた。

(……っ)

ミアは、アレンの姿を見て、またしても胸がドキドキした。 シャツの隙間から見える、少し日焼けしたアレンの鎖骨。濡れて少し色っぽくなった髪。

これまで、ボロボロのシェフジャケットを着たアレンしか見てこなかったミアにとって、お風呂上がりの無防備なアレンの姿は、あまりにも新鮮で、そして魅力的だった。

(……かっこいい……)

ミアは、思わずアレンに見とれてしまった。

「あれ、ミア、どうかした?」 アレンがミアの視線に気づく。

「あ、い、いえ! なんでもないです!」 ミアは、またしても顔を赤らめて下を向いた。

その二人の様子を、エルリアが眼鏡の奥からじっと観察していた。

理性的で計算高い彼女の姿はここにはなかった。 彼女の眼鏡の奥の瞳が、かつてないほどキラキラと輝いている。

(……これは……!)

エルリアは、ミアの赤くなった顔と、アレンの無防備な姿を見て、興奮を隠せなかった。

(あの二人の、この気まずくも甘い空気……! これこそ、私が昔の小説で読んだ、人間同士の恋愛の、あの情景……!)

エルフの里にはない、独占欲や嫉妬、そして心のつながりから生まれる、あんなに燃えるような感情の、そのかけら。

(……過ちは、繰り返させない。私が、この二人の『恋』を守って見せるわ!)

エルリアは、心の中で強く誓った。 かつて自分の好奇心を満たすために観察していた恋愛)とは違う。今度は、自分が関わることになった、この大切な二人の恋愛を、完璧に管理し、見守っていくのだと。

(……まずは、明日のスケジュールに、『ミアとアレンの共同皿洗い時間』を追加しないと……)

エルリアは、手に持っていた再生プランの書類に、新たな、そして重要な一項目を書き加えた。眼镜の奥の瞳には、 「燃えるような決意の光」が、かつてないほど強く灯っていた。


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