超能力は無能力 第七話

港のアジトでの惨劇からしばらくして、少年は黒く染めていた髪を元の美しい金髪へと戻した。 彼は偽造した経歴を使い、一般企業へと就職した。シーザーと名乗るようになった彼の天才的な頭脳にとって、退屈なビジネスの世界を生き抜くことなど子供の遊びに等しかった。

彼は恐ろしいほど優秀に仕事をこなし、同時に上司の懐に飛び込むのが異常に上手かった。相手が何を望み、何を七快に思うのか——まるで心が読めるかのように気が利く金髪の青年を、会社の大物たちは競って重用した。 シーザーの出世スピードは凄まじく、周囲からは順風満帆なエリートサラリーマンに見えた。

しかし、それは彼の表の顔に過ぎない。 裏では、自分と敵対する者や邪魔な人間の弱みを冷酷に炙り出し、それを盾に脅迫して自らの言いなりにさせていた。シーザーにとって、会社という組織はただの「出世ゲーム」の盤面に過ぎなかったのだ。 ただし、彼は表立って派手な権力争いをすることや、組織の絶対的なトップに君臨することはあえて嫌った。神輿に担ぎ上げられて的になるのは合理的ではない。かといって出世そのものが嫌いなわけでもなく、常に「実権を握れる美味いポジション」を維持し続けた。 そんな社会人生活が十年ほど続いた頃、かつて身元不明のゴロツキだったシーザーは、誰もが疑わない強固な社会的信用を手に入れていた。

そんなある日、世界を揺るがす大ニュースが流れた。 都市の象徴でもあった巨大な商業ビルが、原因不明のまま突如として崩落したのだ。

世論がパニックに陥る中、捜査が進むにつれて驚愕の事実が明らかになっていく。崩落の原因は、ある少年が放った「超能力」によるものだと報道されたのだ。 テレビから流れる崩壊劇の映像を見つめながら、シーザーの口元が愉しげに歪んだ。彼は天才的な先見明瞭さで、確実に来るであろう未来を予測した。

「なるほど……。一人の超能力者がこれほど大々的に報じられたんだ。世界中で隠れていた他の超能力者たちも、次々と芋蔓式に見つかるでしょうねぇ。そして、恐怖に駆られた民衆の感情は国を動かし、超能力を研究・管理するための国家プロジェクトを立ち上げさせるはずだ」

シーザーは即座に動いた。自らの社会的信用と立場を利用して、会社に「超能力を対象とした新規ビジネス」の立ち上げをいち早く進言したのだ。 当時としてはあまりに突飛でオカルトめいた話だったが、これまでの彼の絶対的な実績と信頼から、プロジェクトは無事に承認された。とはいえ、現段階で具体的なビジネスモデルがあるわけではなく、国に先駆けて超能力者を調査・確保するための「技術研究所」を会社組織の中に構築したに過ぎなかった。

だが、すべてはシーザーの予測通りに動いた。 その後、世界各国で本格的に超能力者の管理政策が始まると、シーザーのいる国でも同様の動きが加速した。その際、すでに国内で唯一「超能力の専門研究所」を保有していたシーザーの会社へ、国家から直々に協力要請が舞い込んだのだ。

結果として、国連および国家が主導する超能力者管理施設を、シーザーの会社が外注のような形で実質的に運営することになった。 プロジェクトの発案者であるシーザーがその責任者の座に就くのは当然の流れだった。しかし、ここでも彼はトップになることを嫌った。

シーザーは無能な天下り役人である上司にすべてを耳打ちし、手柄をそっくりそのまま譲り渡した。 こうして、新設された超能力者の「保護」と「能力の研究開発」を目的とした国家組織——『プロメテウス』が誕生し、そのトップである局長の座にはシーザーの上司が就き、シーザー自身はそのすぐ後ろで実権を握る「副局長」の立場に収まった。

プロメテウスが始動してからの数年間、シーザーは目立った行動を起こさず、静かに様子見を続けていた。 彼は、世相がこれから超能力者に対してどれほど陰惨でネガティブな思考を募らせていくかを正確に予期していた。そして、その大衆の恐怖と憎悪が限界まで高まった時、何が起きるか。 ——超能力者と普通の人間(無能力者)との間で、世界を揺るがす大戦争が起きる。シーザーはその破滅の日を、ただ退屈しのぎに、静かに待ち続けた。

案の定、世間における超能力者へのバッシングは日を追うごとに激化していった。 それに伴い、プロメテウスの内部でも超能力者に対する圧迫が強まっていく。施設の職員は、当然ながらすべて「超能力を使えない一般人」で構成されていた。世界的な対立の縮図が、この隔離施設の中でそのまま再現されていたのだ。

多くの超能力者の子供たちが、職員たちから陰湿な迫害を受けるようになった。 「訓練」という大義名分を掲げた、ただの暴力と嫌がらせ。日常的に振るわれる警棒、浴びせられる暴言。シーザーはそのすべてを、冷徹な目で見て見ぬふりをし続けた。

そんなある日の真夜中。 シーザーは隔離施設の無機質な屋上に立ち、煌々と輝く月を見上げていた。 すると、頭の中にあの懐かしい悪友の声が響いた。

『やけにご機嫌だな、大将』

シーザーは張り付いたようなにこやかな顔で答える。 「おや、そう見えるかい?」

『ああ、見えるさ』月が続ける。『お前は一体、この施設で何をしようとしてるんだい?』

シーザーはメガネの奥の細い目をさらに細め、狂気を孕んだ笑顔で答えた。

「ゲームさ。……超能力者対無能力者。世界中を巻き込んだ、壮大で血生臭い大戦争。これほど極上の見世物を、一番の特等席……最前列で見る権利を私は手に入れたんだ。さらに言えば、その舞台の脚本家は私だ。まだフィナーレの結末までは決めていないけれど、大筋のプロットは完璧にできているよ」

シーザーの低く歪んだ笑い声が、静まり返った夜の闇に不気味に響き渡った。

次の日の夜。 シーザーは、この一連の超能力問題の発端となった青い髪の少年——アイスマンの部屋を訪れた。 そこは4人部屋で、同じくらいの年齢の爆、ユキ、シルフ(風)が肩を寄せ合って暮らしている。

部屋のドアを開けるなり、シーザーは顔を覆い、大粒の涙を流しながらアイスマンの肩をがっしりと掴んだ。

「本当にすまない……! 私の力が足りないばかりに、みんなをこんな酷い状況に合わせてしまって……!」

突然の副局長の号泣に、子供たちは呆然とする。シーザーは嗚咽を漏らしながら、必死に謝罪の言葉を並べ立てた。 「局長の超能力者に対する憎悪と暴走は、もはや私一人の力では止めることができないんだ……。だが、信じてほしい。私はいつだって君たちの味方だ。これから何か辛いことや、困ったことがあったら、どんな些細なことでも私に相談してくれ。……あ、これは、本当にわずかばかりだけれど、私からのお詫びの形だ」

そう言ってシーザーが懐から取り出したのは、いくつかのチョコレートだった。 当初は充実していたプロメテウスの食事も、世間のバッシングと迫害が進むにつれて、今では家畜の餌まがいの貧相なものへと落とされていた。 そんな極限状態の中で差し出された本物のチョコレート。成長期の少年少女たちの目の色が、一瞬で変わった。

桃色の髪の少女・シルフは、ふんづり返りながら強がってみせた。 「ふんっ、こんな物くらいであたしたちがアンタの言うことを聞くと思ったら大間違いよ!」 だが、そう口では尖らせながらも、彼女の頭の中は久しぶりに目にする本物の甘味の誘惑で、すでにパンク寸前だった。子供たちはシーザーの「優しさ」を疑うことなく、差し出された毒入りの甘い蜜にすがりついた。

しかし、その翌日の朝。 副局長室に戻ったシーザーは、昨日涙を流した男と同一人物とは思えない冷酷な顔で、無能な局長に語りかけていた。

「局長。現在の超能力者たちの管理は、少々甘すぎるように見受けられます。世論の反発を抑えるためにも、もっと規律を厳しくし、彼らの超能力の『有効活用』、すなわち限界までの強制労働と実験を徹底するべきです」

局長は面倒そうに顔をしかめたが、シーザーはにやけ顔のまま、男の肥大化した承認欲求を優しく撫でるように言葉を重ねた。 「現在、超能力問題は世界中の関心事です。ここで我が施設がわずかでも目覚ましい『成果』を出せば、国連からも莫大な予算が下り、局長のお名前は人類の歴史に偉大な管理者として永久に残ることになりますよ。是非、この締め付けプロジェクトを進めましょう」

「うむ……。お前がそこまで言うなら、やらせてみようか」

歴史に名が残るという甘言に釣られ、局長はあっさりとシーザーの提案を承認した。

これ以降、シーザーの「二枚舌」は完璧に機能し始めた。 夜になれば、傷ついた超能力者たちの部屋を密かに回り、涙を流しながら「私は君たちの味方だ」と優しい甘言を吐いて信頼を勝ち取る。 そして日中になれば、局長の元へ赴き、超能力者たちを肉体的・精神的にさらに追い詰めるような過酷な拘束政策を次々と吹き込んでいく。

シーザーという一人の脚本家によって、プロメテウス内の無能力者と超能力者の対立構造は、狂気的なスピードで激化していった。

職員からの暴力は日に日に凄惨さを増し、子供たちの心身の緊張とストレスは、いつ破裂してもおかしくない限界点へと達していた。 そんなある夜、シーザーは満を持して、疲弊しきったアイスマンたちの部屋へと向かった。

部屋にいる4人の瞳からは生気が失われ、明日の生存すら危ういほどに追い詰められていた。シーザーは周囲を警戒する素振りをしながら、彼らの耳元で、悪魔の救済プランを囁いた。

「みんな、よく聞いてくれ……。実は、来月に国から臨時の大臣視察が来ることになった。その前日の夜、施設内はリハーサルの居残りや、歓迎パーティーの準備でごった返す。職員たちは全員その対応に追われ、君たちの管理に割く人員も、普段の監視カメラを見る余裕すらも完全になくなるんだ」

シーザーはアイスマンの目を真っ直ぐに見つめ、強く拳を握った。

「……ここを逃げ出すなら、その夜しかない。みんなで力を合わせ、この隔離施設を奪取し、外の世界へ脱出するのはどうだろうか?」

極限の疲労とストレスにより、子供たちの脳はすでに複雑な思考能力を失っていた。これが罠かもしれないという疑念や、脱出した後に待ち受ける過酷な現実まで頭が回らない。ただ目の前に差し出された「脱出」という蜘蛛の糸に、彼らは二つ返事で飛びついた。

「やるよ……。俺たちの手で、ここを出ていこう」爆が、掠れた声で決意を口にする。

後に振り返れば——これが、今後の無駄な流血と、超能力者たちの破滅的な大戦を回避できる「最後の選択肢」だったのだ。もしここで耐えていれば、違う未来があったのかもしれない。

しかし、子供たちは進むことを選んだ。 すべては、哀れな彼らを地獄へ導く、金髪の天才脚本家シーザーのプロット通りに進んでいく。


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