超能力は無能力 最終話

国連軍部本部ビルの屋上、あの大虐殺と、アイスマンと爆による最後の激突から二十年の時が流れた。

かつて血煙と硝煙に塗れた摩天楼の記憶など嘘のように、そこは静謐な自然に囲まれていた。山奥の人里離れた集落。青々とした緑が広がる平穏な大地を、子供たちが一人の女性の元へと元気いっぱいに走っていく。

「ユキさまーっ!」 先頭の少年が大きな声を張り上げると、水色の髪を優しく後ろで結んだ中年女性——ユキが、慈愛に満ちたにこやかな顔で振り返った。 「おやおや、みんなでそんなに血相を変えて走ってきて、一体どうしたんだい?」

すると、子供たちのリーダー格である少女が、はにかみながら後ろに隠していた手作りの色鮮やかな花輪を差し出した。それを合図に、子供たちが声を合わせて元気よく叫ぶ。

「「「ユキさま、お誕生日おめでとうございます!!」」」

「え……」 ユキは一瞬、驚きに目を見開いた。それからすぐに、愛おしそうに顔をくしゃくしゃにして、子供たちの心のこもったプレゼントを胸に抱きしめた。子供たちは口々に、日々の感謝とお祝いの言葉を彼女に浴びせる。ここにあるのは、かつて彼女が夢見た「誰も傷つかない本当の楽園」だった。

そんな温かい光景の後ろから、

聞き覚えのある、乾いた拍手の音が響いた。 振り返ると、そこには金髪に白いものが混ざり始めた、初老の男が立っていた。黒いシャツに白いベスト。相変わらず隙のない服装の彼は、いつものにやけ顔で歩み寄ってくる。 「いやー、ユキさま。相変わらずの圧倒的な人気で、私などは羨ましい限りですよ」

ユキは可笑しそうにクスリと笑い、にこやかに挨拶を返した。 「シーザー。あんたにあの場所から助け出されてから、もう二十年か。あんたも本当に変わらないね」

二十年前のあの日。 国連本部の全滅を確認したシーザーは、すべてを終わらせた達成感と、同時に襲ってきた圧倒的な「退屈」の狭間で、完全に途方に暮れていた。 ゲームは終わった。脚本家としての役割も果たした。これからはどうやって退屈を凌げばいいのか。

彼は、自分が仕掛けた戦いの残骸をこの目で確かめようと、エレベーターを降りてユキと十六夜が戦ったフロアへと向かった。 フロアの奥には、目論見通り機能停止して動かなくなった十六夜の死体が転がっていた。そしてそのすぐ側には、白い和服を血に染めて倒れているユキの姿があった。 死んでいるかと思い、シーザーがつまらなそうに目を向けたその瞬間、彼女の指先がかすかに動いた。

「おや……まだ生きていますか」

シーザーは、懐から「他の超能力者の力を保存させた筒」を取り出した。それは彼がかつて『プロメテウス』の副局長時代に、実験体から抽出しておいた『肉体回復』の超能力だった。 気まぐれだった。ただの思いつきに過ぎなかった。 回復の力を閉じ込めた筒を使い、ユキの傷を癒やすと、彼女は大きく息を吸い込んで意識を取り戻した。一瞬、何が起きたのか分からないといった顔でシーザーを見つめるユキ。だが、すぐに記憶が蘇った彼女は、シーザーの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで問い詰めた。

「……爆は!? アイスマンは!? みんなはどこ!?」

シーザーは、芝居がかった残念そうな顔をして、重く首を横に振った。 「……落ち着いて聞いてください。おそらく、仲間は上階で全員全滅しました。私たちが今ここにいても、軍に見つかって犬死にするだけです。とりあえず、ここから逃げましょう」

「そんな……嘘よ、嘘よ……っ!」 ユキは頭の整理が追いつかず、絶望に染まった顔で中空を見つめたまま硬直してしまった。シーザーは、完全に拒絶反応を起こして動けなくなった彼女の身体を無造作に抱きかかえると、誰にも知られていない秘密の脱出口から、ビルを後にした。

小柄とはいえ、大人の女性一人を抱えての長距離移動。重力の能力を使って負荷を減らしているとはいえ、名家の四男坊として、そしてサラリーマンとして生きてきたシーザーにとって、それは肉体の限界を遥かに超えた過酷な行動だった。 移動の途中、シーザーの頭の中を、自分自身への激しい疑問が何度も何度もよぎった。 (……なぜ、私はこんな非効率なことをしているんだ? 彼女だって、爆やアイスマンのようにあの場で死なせてしまえば、私の脚本は綺麗に完結したはずなのに) 腕の中で、生きる気力を失ってぐったりとしているユキを見つめる。同情などという安い感情で結ばれた関係ではないはずだ。なのに、なぜ彼女を助けてしまったのか、天才の頭脳を以てしても答えは出なかった。

国連軍の捜索の手が絶対に及ばないであろう、雪山の奥深くにある「捨てられた廃村」へ身を隠し、数日が過ぎた。 隠れ家の古びたラジオやテレビからは、連日のように『超能力者団体の壊滅』が戦果として報じられていた。さらに、彼らの拠点であった『ユートピア』にも軍の強制捜査が入ったという。 狂ったメンバーたちによる全面戦争の末、残されていたユートピアには、軍の物理的介入に反抗できるほどの強力な能力者は一人も残っていなかった。彼らは政府の言うがままに捕縛され、全員が実験体として研究所へと連行されていった。

そのニュースを、ユキは暗い部屋で茫然と見つめていた。 ニュースの時間が終わり、画面が切り替わると、次番組として「子供向けののどかなアニメ番組」が流れ始めた。それは、かつてプロメテウスの4人部屋で、爆や風、アイスマンと共に、教官たちの目を盗んでよく見ていた大好きな番組だった。

楽しげな音楽が室内に響いた瞬間、ユキの脳裏に、かつて過ごしたあの温かい思い出が一気に向きを変えて駆け巡った。 ——友の死、家族の死。そして、もう自分には彼らのためにできることなど、何一つ残されていないという残酷な現実。 すべてを理解したユキは、子供のように顔を覆い、狂ったように大声を出して泣き叫んだ。

シーザーは、その姿をただ黙って見つめていた。 それから数日間、二人の間には一切の会話がなかった。というよりも、互いに何を話せばいいのか、どんな言葉をかければいいのかが、天才であるはずのシーザーにも全く思いつかなかったのだ。

ある日、生きる屍のようになったユキが、ふらふらと廃村の敷地を彷徨っていると、頑丈な施錠がされた古い倉庫を見つけた。何の気なしに扉を壊して中を覗き込むと、そこにはかつての村人が残していった、多種多様な植物の『種子』が大切に保管されていた。

それを見つめていたユキの脳裏に、ふと、超能力という忌むべき力が目覚める前、大好きな家族全員で小さな家庭菜園を楽しんでいた記憶が蘇った。

ユキはしっかりと種を握りしめ、数日ぶりに自分の足で小屋へと戻ると、静かにシーザーを呼びかけた。 「ねえ……。このまま、こうして死んだように生きていてもしょうがないわ。……私たち、ここで農業でも始めてみない?」

その言葉を聞いた瞬間、シーザーの心の中に、今まで感じたことのない純粋な「喜び」の感情が湧き上がった。 (おや……私は今、喜んでいるのですか? なぜだ?) 自分自身の中に芽生えた温かい感情に困惑し、彼はすぐにその心の蓋を閉じたが、とりあえず、ユキの立ち直りを手伝うために農業を開始することに同意した。

しかし、実際に農業を始めるとなると、この土地の環境は最悪だった。ここは冬になれば周囲を完全に閉ざされる、極寒の豪雪地帯。そもそも農業に適した肥沃な土地であったなら、村が捨てられて廃村になるはずがなかったのだ。 だが、ユキはその最悪な条件に全く怯まなかった。なぜなら、彼女の超能力は『雪と冷気を操る力』。 雪を生成することも、自在に消し去ることも彼女には可能だった。

豪雪という致命的なハンデをユキの超能力で完全に克服してみせると、元々の土壌そのものは非常に肥沃だったため、農業はわずか数年で驚くほど軌道に乗った。

ユキが畑を耕す間、シーザーは持ち前の頭脳を活かして村の建物を劇的に修復していった。さらに彼は、独自のルートを使って、外の世界で行き場をなくしていた「超能力者の孤児」たちを、どこからともなく次々と連れてきた。 中には、実際には親がいるものの、能力のせいで周囲から迫害され、普通の日常生活を送ることが不可能になった子供たちも含まれていた。 一人、また一人と傷ついた子供たちが増えていき、かつての寂れた廃村は、いつしか活気に満ちた美しい「新しい村」の様相を呈していった。

さらに時を同じくして、外の世界でもある劇的な変化が起きた。 ある有名な大学の研究チームが、『超能力を農業や環境開発へ有効活用するための革新的論文』を発表したのだ。 これにより、今まで「人類を脅かす危険な力」としか定義されていなかった超能力が、「世界的な食糧危機や環境破壊を救う救世主の力」であるというポジティブな世論が一気に巻き起こった。

このパラダイムシフトにより、世界中で超能力者たちに対するバッシングは激減し、彼らが胸を張って生きられる居場所が、ついに世界中に作られることとなったのだ。

そして、物語は現在へと戻る。 世論が変わった今、ユキたちの村で育った子供たちは、新しい社会へと羽ばたくことも、そのままこの大好きな村に留まることも、すべて自分たちの意思で自由に選択できるようになっていた。

そんなある日の夜。 シーザーは、静まり返った村の外れに立ち、一人で夜空の月を見上げていた。二十年が経っても、月は相変わらず彼に語りかけてはくれない。かつての脚本家は、ただぼんやりと、果てしない宇宙を見つめて佇んでいた。

すると突然、彼の後ろから、賑やかなクラッカーの破裂音が響き渡った。 「うおっ!?」 驚きのあまり、天才らしからぬ声を上げてシーザーが勢いよく振り返る。

そこには、暗がりから飛び出してきた村の子供たちの姿があった。 「シーザーさん、お誕生日おめでとうございます!!」

子供たちの手には、たくさんの綺麗な山花と、少年たちが不器用な手つきで一生懸命に作ったであろう、不格好だがとても大きくて温かいデコレーションケーキが握られていた。

そして、子供たちの後ろから、ユキが優しく微笑みながら歩み寄ってきた。 「シーザー。たまには、こういう予定調和にないサプライズっていうのも、悪くないだろう?」

シーザーは目を丸くしたまま、しばらくの間呆然としていた。 かつて正義をあざ笑い、悪を馬鹿にし、すべての人間をチェスの駒のように弄んで退屈を凌いでいた金髪の天才。その張り付いていたにやけ面の仮面が、今、完全に崩れ落ちた。

「……ええ。ええ……本当に、そうですね」

シーザーは、心からの、偽りのない感謝の言葉をみんなに伝えた。 そして、四十数年の人生で初めて目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じ、涙がみんなにこぼれ落ちて見つからないよう、慌ててグッと天を見上げた。

視線の先、夜空に浮かぶ美しい月を再び見上げると—— あの日々、彼に狂気の力を授け、彼の孤独を見つめ続けてきた月は、今夜、かつてないほどの優しい満面の笑みを浮かべて、彼らを温かく照らし出してくれていた。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です