ヴィヴィアンに強く言いすぎてしまったかしら――そう、ほんのわずかに同情の念が芽生えた、まさにその矢先のことだった六
「この雌猫はね!! これから戦いを控えている貴族の方々と、一夜をともにしたのよ!! 売女よ! 淫売よ!!」
髪を振り乱し、口を極めて私を罵倒するヴィヴィアン。あまりのレベルの低さに、私は心の中で深いため息をついた。本当に、どこまでも愚かな娘。
私はすぐさま目を潤ませ、弱々しく身体を震わせながら、さめざめと泣き崩れてみせた。
「……っ、この紳士協定同盟会は、これから命をかけて戦う皆様を少しでもお力添えするのが、我らの役目……。不徳な私にできることと言えば、ただこの身を捧げて皆様の戦意をお支えすることくらいで……っ」
その可憐で痛々しい姿に、フィリックス様がすぐさま私とヴィヴィアンの間に割り込んだ。
「ヴィヴィアン! それ以上の侮辱は許さん! 私が……私が望んで、ミレーユと一夜をともにしたのだ!」
「そうだ! 俺だってそうだぞ!」 「僕もだよ。僕の意志でミレーユを求めたんだ」 「俺もだ。彼女を責めることは許さん!」 「俺も同じだ。ミレーユに罪はない!」
ソル様、ゼノ様、マリオ様、ビショップ様までもが口々に叫び、私をかばうように立ちはだかった。
(ふふ……こうなることは、すべて予測済みよ)
5人と夜を共にする前、私は念入りに手を打っていたのだ。 夜、彼らの部屋を訪れた際、恥じらいながらこう囁いた。
『はしたない女と思わないでくださいね……。明日からの戦いを控え、フィリックス様の重圧を少しでも和らげることができればと、この身を捧げる覚悟で参りました』
当然、男たちは最初に拒否を示す。そこで私は、消え入るような声でこう付け加えるのだ。
『……実は私、家からの強い依頼で伺ったのです。もし貴方に拒まれたら……我が家はこの先、成り立っていかないかもしれません』
あくまで「仕方のない犠牲」であり、「自分を助けるために身体を張ってくれた」のだと相手に強く印象付ける。そして事を終えた後、殊勝な面持ちで『家の関係でしたことですけれど……私、本当に貴方のことが……』と見つめれば、男たちの自尊心と独占欲は心地よく満たされる。
これを5人全員に、完璧な演技で叩き込んだのだ。 義理堅い貴族の子息様方は、私の思い通りに踊ってくれた。女好きで有名なマリオ様とて、普段の手引き相手は召使や従者などの格下ばかりだったはず。同格の貴族のご令嬢にお手付きをした以上、なかったことには絶対にできない。
さらに――5人は今や「他の男にミレーユを渡してたまるか」と、私を巡って闘争心を激しく燃やし合っている。全員の心は、完全に私の掌の上だ。
ヴィヴィアンはすべてが終わったかのように、その場にへたり込み、うなだれた。 まさか大衆の面前で私たちの関係を暴露してくるとは思わなかったが、彼女のおかげでこの出来事は「公然の事実」となり、男たちは二度と私を無視できなくなった。彼女の愚行には、感謝したいくらいである。
(さて……あとは王位争奪戦を、高みの見物とさせていただきましょうか)
開会式当日。 巨大な中央闘技場には、国の重鎮から一般の国民に至るまで、溢れんばかりの人々が集まっていた。会場に入りきらない人々も含め、街全体がお祭り騒ぎと化している。当然、私は最上階の特等席でゆったりと見学させてもらう立場だ。
現国王による長々とした祝辞が終わり、今回の王位争奪戦のルールが発表された。 競われる競技は全部で5種目。
- 知恵を試す「ボードゲーム勝負」
- 力を試す「重量挙げ」
- 気品を試す「舞踏(踊り)勝負」
- 耐久力を試す「長距離レース」
- 武力を試す「剣での直接勝負」
これら5種目の順位に応じた総合得点で優勝を決めるという。また、各競技ごとに選手は1名まで「補佐」をつけることが許されていた。
最初の競技は「知恵」を試す試練。 競技は1週間後、この闘技場で行われる。種目は『チェイス』。10×10の盤面で神々を模した駒を交互に動かす、1対1の伝統的な対戦型ボードゲームだ。私も幼少期、友人たちと嗜んだ覚えがある。
(まあ、5人の中で一番の知恵者と名高いフィリックス様がこの競技を制するでしょうね)
そう思い、激励のためにフィリックス様の控室へ向かっていた時だった。
「うー……うー……っ……」
廊下の影から、情けないもだえ苦しむ声が聞こえてきた。 そっと覗き込むと、そこにいたのは巨体を丸めたビショップ様だった。
武力を誇るゴライアス家は、代々勉学を後回しにするお家柄。チェイスの初戦でビリになるのは彼だろうと誰もが予想していたが……大きな身体に不似合いなほど、彼はウジウジと泣き言を漏らしていた。
「あーあ……今までこんなゲーム、まともにやったことないのに……。なんでこんな恥をかくような競技をやらせるんだよ。俺だって、家がこんなんじゃなきゃ、もう少し勉強できたかもしれないのにさ……」
あまりの不甲斐なさに、私の足は勝手に動いていた。
「ビショップ様! 情けないことを仰らないでください!」
「うわっ!? み、ミレーユ……!?」 驚いたビショップ様は慌てて虚勢を張る。 「は、ははは! 初戦の俺の活躍、楽しみにしててくれよな! まあ初戦は俺の出番じゃないかもしれないけどさ……」
最後の一言で、虚勢は脆くも崩れ去った。
――パシッ!!!
乾いた音が廊下に響き渡った。気がついた時には、私はビショップ様の頬を思いきり張り倒していた。
「何ですか! ゴライアス家の戦士ともあろうお方が、やる前からそんな泣き言ばかり!……見損ないましたわ!」
突然のビンタに、ビショップ様は呆然と頬を押さえて固まった。やがて、我に返ったようにハッと目を見開き、高らかに笑い出した。
「……ははっ! ありがとうミレーユ、目が覚めたよ! あと1週間、俺は絶対に諦めずに全力を尽くす!」
「……ええ、そういうお言葉を待っておりましたの。私も微力ながら、お力添えいたしますわ」
言ってしまってから、私は激しく後悔した。 (しまった……! 私は全力を尽くし終えて、あとは高みの見物をするはずだったのに、つい出しゃばってしまったわ……!)
だが、口にしてしまった以上、引き下がるわけにはいかない。私はビショップ様を徹底的に叩き直すことを決意した。
それからの1週間、私はゴライアス家に泊まり込み、寝る間も惜しんでビショップ様とチェイスを指し続けた。
そんなある晩。対局の途中、ビショップ様が急に真剣な面持ちで私を見つめてきた。
「なあ、ミレーユ。……もし俺がこの勝負で勝ったら、改めてみんなの前で……俺にキスをしてくれないか?」
顔を真っ赤にし、照れくさそうに言う彼。すぐに「い、今のナシ! 忘れてくれ!」と手を振った
私は心の中で、一夜をともに過ごした仲なのに、何を今さらと思いながら、静かに微笑んだ。
「ええ。喜んで」
その後も、私たちは血の滲むような特訓を重ねた。有名戦術の叩き込み、詰めチェイス、過去の棋譜の暗記……食事中すら盤面から目を離さず、徹底的に叩き込んだ。
そして――決戦の時が来た。
特訓の成果は凄まじかった。 一戦目のマリオ様、二戦目のゼノ様、三戦目のソル様に対し、ビショップ様は破竹の勢いで全勝を収めた。
もちろん特訓の成果もあるが、相手が「ゴライアス家の男など侮るに足りん」と大雑把な戦術で挑んできたことも大きい。さらに、横に控える私が相手に優しく微笑みかけると、男たちは「良いところを見せよう」と欲をかき、隙だらけの指し手を連発して自滅していったのだ。
そして四戦目、本命視されていたフィリックス様。 彼もまた同様に油断し、私に格好良いところを見せようと余計な色気を出した結果、あっけなく敗北。
「やった……! 全勝よ、ビショップ様!」
私が歓声をあげたその時――冷ややかな声が割り込んできた。
「……まだ早いわよ」
声の主は、ヴィヴィアンとスグルだった。 スグルは悲しそうな目で私を見つめながら言った。
「ミレーユと敵対するのは悲しいけれど……僕も男だ。手加減はしないよ」
ヴィヴィアンが勝ち誇った顔で、一冊の古い革装丁の本を突きつける。
「これを見るがいいわ!」
その本を目にした瞬間、私は眉をひそめた。チェイスの歴史的名人が書き残した伝説の棋書――『ヴィルヘルムの書』。まさか現存していたとは。
ヴィヴィアンは不敵に笑う。 「ふふん、裏ルートで手に入れた絶対に勝てる完全攻略本よ! これでアンタたちの連勝も終わりね!」
私はすぐにビショップ様の耳元へ寄り、短く指示を出した。
「……ビショップ様。いつも通りに指してください」
試合が始まった。 序盤、『ヴィルヘルムの書』通りの完璧な盤面を構築し、優勢に駒を進めるスグル。しかし、ビショップ様は少しも迷うことなく、淡々と駒を打ち進めていく。
そして中盤――ビショップ様の一手が、盤面を鮮やかに叩き割った。
「な……ッ!? なぜ激変したの!? この本は絶対に勝てる攻略法だったのに……!?」
真っ青になるヴィヴィアンに対し、私は冷ややかに告げた。
「ヴィルヘルムは歴史的な名人ですが……有名すぎるがゆえに、その戦術に対する『完全な対策』はとっくの昔に研究し尽くされているのですのよ。『ヴィルヘルムの戦術を使う』と分かってさえいれば、切り崩すことなど容易いですわ。……私とビショップ様は、その対策も完璧に勉強済みです」
私はビショップ様の肩に手を置いた。
「ビショップ様は天才ですわ。一度教えた戦術は、絶対に忘れずに完璧に再現できるのですから」
ビショップ様は照れくさそうに頭をかいた。 「ははっ、天才か……そんな風に言われたの、生まれて初めてだよ」
司会の大声援が闘技場全体に響き渡る!
『第一の試練【知恵】! 勝者――ゴライアス・ビショップ!!!!』
ワッと地鳴りのような歓声が湧き起こった。 ビショップ様は歓声に手を振って応えると、私をひょいと抱え上げ、自身のたくましい肩の上に座らせた。
「……約束ですわね」
私が囁くと、ビショップ様は顔を真っ赤にした。 私は惜しみない歓声と視線が注がれる中、彼の唇にそっと、深いキスを捧げた。
会場のボルテージは最高潮に達し、地響きのような大歓声を巻き起こす。
(ふう……。さて、次の戦いこそは……本当にゆっくり見学させてもらうわよ)

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