本当に、思い通りにならない人生だった。 人生という名の悪辣な神は、最後の最後まで、私の気持ちなど無視するらしい。
壇上には、王位争奪戦の混乱に乗じて仮の次期国王となったスグル。そしてその隣には、勝ち誇った笑みを浮かべたヴィヴィアンが、未来の王妃気取りで寄り添っていた。
「おい、ゴールドバーグ! とっととギロチン台に首を置け!」
死刑執行人が私の身体に繋がれた冷たい鎖を乱暴に引っ張り、不躾に怒鳴りつける。 私は抵抗することもなく、言われるがまま木製のギロチン台へ首を乗せた。
視界に映るのは、泥に汚れた執行人たちの足元と、処刑を娯楽として楽しみに集まった大勢の市民たち。 耳に突き刺さるのは、私に対する罵声と嘲笑の嵐。 ……80年もの長い人生の幕引きが、まさかこれだなんて。
私の最初の人生は、東京に住む「鈴木ミカ」という冴えない女だった。 何の色気もなく、一度も彼氏ができないまま50歳まで孤独に生きた。そんな私の唯一の心の拠り所であり、生きがいだったのが――『燃えるような恋 KING OF KINGS』、通称『モエキン』という乙女ゲームだった。
二回目の人生へ生まれ変わることができたのは、まさに奇跡だったと思う。 思い通りにいかないことばかりだったけれど……それでも最後に、あの素晴らしい光景を見ることができたのだから。
生前の鈴木ミカだった頃、私は『モエキン』の開発ディレクターのインタビュー記事を穴が開くほど読み漁っていた。 制作スケジュールの都合で本編には実装できなかった、幻の隠しエンディングが存在するという。 すべての攻略対象貴族の好感度を最大にし、なおかつ王位争奪戦の順位を全員完全同列に揃えた時のみ解放されるはずだった――真の『逆ハーレム建国エンディング』。
通常の逆ハーレムルートは、5人の貴族が並列で王位に就き、その全員の妃として迎え入れられるという生ぬるいもの。 だが、幻の建国ルートは違った。 王位決定の場において、男たちがヒロインを巡って激しく奪い合い、最終的に彼女を王宮から颯爽とさらって『新しい国』をゼロから建国してしまうという、情熱的で破天荒な伝説の結末だ。
――あの闘技場での出来事が、鮮明に脳裏をよぎる。
ヴィヴィアンがヒロイン気取りでゴールドバーグ家への断罪を叫んだ、あの絶体絶命の瞬間。 フィリックス、ビショップ、ソル、ゼノ、マリオの5人が、示し合わせたように一斉に咆哮したのだ。
『我が女神に、指一本触れさせない!!』
男たちは瞬時に連携し、愛する彼女を抱きかかえると、警備網を鮮やかに突破して闘技場から逃げ去っていった。 まるで事前に幾重にもシミュレーションを重ねていたかのような、美しく流れるような連係プレー。 まさにあの光景こそが、私が前世で夢にまで見た『逆ハーレム建国イベント』そのものだった。
息を呑み、私は冷たい刃の気配を感じながら静かに目を閉じる。
死刑執行人が、最後の情けとばかりに厳かに問いかけてきた。
「――ゴールドバーグ・カテーナ。何か思い残すことはあるか」
……そう。 私、鈴木ミカが転生したのは、ヒロインのヴィヴィアンでも、ましてや愛されまくる悪役令嬢のミレーユでもなかった。
悪役令嬢の『母親』――カテーナ・ゴールドバーグだったのだ。
転生したと気づいた時の絶望といったらなかった。 私はすでに分別ある貴婦人であり、大好きな美男子たちと直接恋をすることなど許されない、ただの枠外の存在。 私にできることといえば、悪役令嬢となる娘・ミレーユをどう育てるか、それだけだった。
途方に暮れた私は、前世のゲーム知識を総動員し、攻略対象たちのステータス基準である【知力】【力】【気品】【耐久力】【武力】――この5つを娘に極限まで叩き込むことだけに半生を捧げた。
娘のミレーユは、私の目論見を遥かに超える完璧な淑女へと成長してくれた。 そして私が敷いた英才教育のレールを軽々と飛び越え、自らの手腕で5人の男たちを完璧に手玉に取り、全員を虜にしてみせたのだ。
それは、かつて鈴木ミカが夜な夜な画面の前で夢見てやまなかった、奇跡の光景。 なぜ私が若く美しいヒロインとしてあの輪の中にいられないのか、歯がゆくてたまらない夜もあった。
けれど――私はあの伝説のエンディングを、この目で、現実のものとして見届けることができたのだ。 娘が私の代わりに、最高峰の男たちから神の如く崇められ、奪い去られていく様を。 プロデューサー冥利に尽きるというもの。この80年の人生に、一片の悔いもない。
ギロチンの刃なら、痛みを感じる暇もなく一瞬で逝けるだろう。華々しい幕引きじゃないか。
私は覚悟を決め、執行人を見上げて堂々と告げた。
「……真の王たちと恋に落ちる夢を見届け、私は逝くことができます。私の人生に悔いはありません。……それでも、もしもう一度生まれ変われるなら、次こそは私自身が恋に生きてみたいものですわね」
死刑執行人は「……くだらん」と吐き捨て、合図の手を高く振り上げた。
カシャリ、と留め具が外れる音が響く。 私が完全に死を受け入れた、その刹那――。
「――その死刑、お待ちになってッ!!」
凛として透き通った、耳馴染みのある高らかな声が広場を震わせた。
(……えっ!?)
処刑台の隙間から顔を上げると、そこには美しく着飾った娘のミレーユと、彼女を守るように完全武装で陣取る5人の貴族――フィリックス、ビショップ、ソル、ゼノ、マリオの姿があった。
ミレーユは颯爽と進み出ると、羊皮紙の束を高く掲げた。
「ヴィヴィアンの申し立ては真っ赤な大嘘です! 我がゴールドバーグ家の無実を証明する証拠が、ここに揃っておりますわ!!」
突きつけられた決定的な証拠の数々に、処刑場を埋め尽くしていた観衆がどよめく。 壇上のヴィヴィアンが顔を真っ赤にして金切り声を上げた。
「な、何よそれぇぇッ!? そんな証拠、真っ赤な嘘よ! でっち上げよ!!」
そこへ事態を重く見た宰相が割って入り、差し出された書類を検分した。 「……むう。後日改めて精査いたしますが、この証拠は正真正銘、本物のようですな。……ヴィヴィアン様、貴女はミレーユ様が出奔された混乱に乗じ、私怨による虚偽の告発を行ったと見なさざるを得ません」
「嘘よ……嘘よぉぉぉ……ッ!」 完全に梯子を外されたヴィヴィアンは、何かに憑りつかれたようにブツブツと狂気の呟きを漏らし始めた。
ガチャリと音を立てて、私の首と手足の拘束が解かれる。 呆然とする私の元へ、ミレーユが駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめてきた。
「お母様……! よくぞご無事で……っ!」
続いて、5人の若き英雄たちも私を取り囲み、誇らしげに胸を張る。
「カテーナ様、ご安心を。ミレーユの母上を、我らが死なせるはずがありません」 「俺たちの女神の母親なんですから、俺たち全員の母親も同然です!」 「これからは我々5人が、命に代えて貴女様をお守りいたします!」
……ああ。 私はもう、人生のフィナーレを受け入れて、綺麗さっぱり終わる覚悟を完了していたというのに。
なぜ私の人生は、最後の最後までこうも思い通りにいかないのだろう。
ゲームのように「めでたしめでたし」で幕を閉じるのかと思いきや、5人の義理の息子(予定)たちに囲まれ、どうやら私の老後は前世以上に騒がしくなりそうだ。
まあ……思い通りにいかないからこそ、人生というゲームは面白いのかもしれない。 やれやれと心の中でため息をつきながら、私は娘たちの笑顔の向こうに、次なる波乱の気配を感じずにはいられなかった。

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