欲望の魔弾 吉田和彦の場合 その3

俺はあれから色々考えた。 この『欲望の魔弾(モータルバレット)』という無敵の能力。これをどう生かせば、俺は真に幸せに生きることができるだろう。

田中がいなくなってから、会社は一時的に静かになった。俺は、自分を脅かす存在を排除できた全能感に浸っていた。 そんなことを考えているうちに、後輩の樋口が田中の方任として新しい課長になった。 正直、面白くなかった。俺よりも数年遅れて入ってきた、あのイケメンの樋口が先に昇進したという事実に、強烈な嫉妬を覚えた。 しかし、一方でたかをくくってもいた。所詮は後輩だ。俺には田中ほど強く言うこともできないだろう。そう思っていた。

だが、甘かった。 課長になって数日後、樋口の物言いは、驚くほど田中と同様の、高圧的で嫌味なものへと変貌していた。 ある日の朝礼、樋口は俺のデスクに詰め寄ってきた。 「吉田さん、もう何年営業してるんですか? 今月の数字は大丈夫ですか?」 わざと周囲に聞こえるような大声で、俺に恥をかかせるような言い回し。田中の時と、何も変わらない光景がそこにあった。

一か月後、俺はある決意に至った。 樋口の昇進祝いだ何だと言って、営業事務の服部さんが樋口にだけ笑顔を振りまいているのも気に食わなかった。俺が殺して作ったポストなのに。

いつものように朝礼で樋口に詰められ、席に戻った後、俺は前と同じようにやつに狙いを定めた。 正確に言うと、田中の時ほど、引き金を引くことに悩むことはなかった。 あの時はまだ、人殺しという事実に怯えがあった。だが今回は、一瞬の迷いもなく決断し、人差し指を樋口の背中に向けた。

(モータルバレット)

樋口も、田中と同じように突然死をした。心臓発作。 俺に疑いがかかることは、一切なかった。

その夜、いつものように狭い部屋で飲むハイボールは、格別であった。 田中の時には、よくわからないうちにアイツがいなくなっていたので、どこか夢見心地であったが、今回は違う。 ハッキリと「自分が」殺した。自分が、邪魔な存在を排除するという偉業を成し遂げた。 その、謎の達成感のような、強烈な高揚感があった。 安酒が喉を焼く刺激と共に、その夜は、得も言われぬ開放感に包まれていた。 俺は、この世のルールから解き放たれたのだ。

俺は、その快楽を忘れられずに、ドンドンたがが外れていってしまった。 何か、少しでも気に入らないことがあるごとに、俺の手は無意識に拳銃の形を作り、モータルバレットを放っていった。

次のターゲットは、取引先の柔田倉庫の中林だ。 その日も朝から呼び出してきたかと思うと、いつものようにくだらないクレームをグダグダと言ってくる。 「この製品の品質はどうなっているんですか?」 「このボタン操作はどのようにやるのですか、マニュアルがわかりづらすぎます」 「我々の求める仕様はこうじゃないんですよ」 本当にこの女は暇なのだろうか。ただ人に謝らせることを喜びとしているのだろうか。それとも、これを割引交渉の材料として絡んできているのだろうか。 だが、俺は中林の罵声を浴びながら、心の中で笑っていた。 もう、今日でこいつの人生は終わりなのだと思うと、このピーピー喚く姿さえ、どこか愛らしく思えてくるから不思議だ。

チャンスを窺っていたが、結局、二人きりの時に撃つわけにはいかないという、マモンの忠告が頭をよぎり、そのまま別れの時となる。 中林が俺を追い出そうとしたその時、別れ際に中林の隣に、別の担当者も顔だけ出してきた。 二人きりではない。今だ。 俺はポケットの中で人差し指と親指を立てる。 (モータルバレット)

中林が急に苦しみ出し、その場に倒れ込んだ。隣の同僚が大慌てになる。 「ああ、大丈夫ですか? ……すいません、俺、次の予定があるので」 俺は、倒れた中林を一瞥し、そう言い残してその場を後にした。

その夜の酒も最高であった。 間違いなく、社会悪を排除したことへの達成感であろう。 俺は、更なる悪を倒し、この社会を正すことを心に誓った。これは、正義の執行だ。

翌日、家に帰ると、俺の愛車――学生の時にバイトして買った、唯一の財産である原付に、深い傷がつけられていた。 近くを見ると、アパートのすぐ近くで行われていた建築現場の、資材と思われる金属片が落ちていた。 怒りが頂点に達した。俺は、その場から見える範囲にいる、建築作業員複数名に向けて、モータルバレットを乱射した。 バタバタと、男たちが倒れていく。

後日の新聞を見ると、その建築会社は労働違反で視察が入ったとニュースになっていた。 やっぱり俺の行動は、社会を正しているんだ。警察や国ができないことを、俺がやっている。 そして、その晩も、俺はハイボールを煽り、己の正義に酔いしれた。

翌日、コンビニで若い店員に理不尽なクレームを言っている爺を撃ち殺す。

その翌日、通勤の時に電車の中で酒を飲んで、若いOLに絡んでいる爺を撃ち殺す。

更に翌日、会社で営業事務の服部から、理不尽なクレームをつけられた。 「ここ、日付抜けてるじゃないですか。いったい何回目ですか?」 つっけんどんに書類を突き返される。 樋口が死んだ後、また元の中年太りの営業には冷たくなったクソ女。顔でしか男を判断できないお前に、俺の偉大さがわかるはずもない。 このクソ女にも鉄槌だと、俺は給湯室で背中を向けた服部にモータルバレットを放った。

毎日、何かを理由に、俺は人を殺していった。 そして、殺したその日にハイボールを煽り、己の正義と全能感を噛みしめていた。 俺は、このクソみたいな人生を、最強の力で上書きしているのだ。

そんな、ある日。土曜日の、朝九時。 部屋のチャイムが鳴った。

土曜の朝から、こんなボロアパートに来る奴は、どうせくだらない勧誘だ。 俺は無視を決め込み、こたつに入ったままアニメの続きを観ようとした。 すると、チャイムの代わりに、ノックの激しい音が聞こえ始めた。

しばらくすると、ドアの向こうから、やさしい声が聞こえた。 「すいません、警察ですが。少しよろしいでしょうか?」

警察。 その言葉を聞いた瞬間、俺はパニックになった。 何故。何故だ。証拠は何も無いはずだ。 誰にも見えない銃。心臓発作としての死。司法解剖をされても、俺が殺した証拠など絶対に、どこにも残らない。

俺は無視を決め込み、息を潜めて、こたつの中で丸くなっていた。 黙っていたところ、五分後にノックの音は静かになる。

……やっと終わったか。勧誘と同じで、いなければ諦める。

そう思って、ようやく動悸が収まってきた頃。

いきなり、ドアの鍵がガチャリと音を立てて、開いた。

入り口には、壮年の男性がにこやかによびかける。「なんだ、いるじゃないですか」

警察官だった。

俺は頭が真っ白になりながら、こたつから半身を出し、その、にこやかな警官の顔をただ見つめることしかできなかった。


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