地方都市のさらに外れ、幹線道路沿いにぽつんと光るコンビニの駐車場は、俺たちみたいな連中の吹き溜まりだった。
本格的なヤクザにも半グレにもなりきれず、かといって真っ当な社会のレールにも乗り切れない。背中に安っぽい昇り龍の刺繍が入ったヨレヨレのジャージを着て、根本の黒い地毛が伸びきった金髪プリン頭を掻きむしりながら、俺――古川英雄は、アスファルトの上にしゃがみ込んでいた。
「ああー……最近マジでいいことねえな」
ため息と一緒に、今日一日の泥のような記憶が蘇る。携帯ショップの派遣社員として働いているが、今月の営業ノルマは絶望的だ。ピリピリと張り詰めた店内で、運悪く暇を持て余した老人に捕まり、どうでもいい世間話に三時間も付き合わされた。強引に切り上げようとしたら老人が激高し、フロア中に響き渡るクレームに発展。結局、正社員の高橋に頭を下げさせて事態を収拾してもらったものの、バックヤードで散々油を絞られた。
『お前のそういう適当な態度が数字に出てるんだよ。そもそもあんなクレーム招くこと自体がプロ失格なんだよ』
「……っす」
反省しているのかいないのか分からない声で頭を下げながら、俺の脳内は「うるせえ、うぜえ、めんどくせえ」の三拍子で埋め尽くされていた。
ようやく勤務時間が終わり、愛車のビッグスクーターを停めてある駐車場へ向かうと、追い打ちをかけるような最悪の遭遇があった。見慣れた黒塗りの外車から降りてきたのは、この界隈で悪名を轟かせているヤクザの先輩、日下部俊だった。オールバックに派手な柄シャツ、夕暮れ時だというのに真っ黒なサングラスをかけ、手首には分厚い金時計が光っている。
「おおー、英雄じゃねーか! 調子はどーよ」
人好きのする笑みを浮かべて近づいてくる日下部に、俺は引きつった愛想笑いを返した。「いやー、さっぱりっすよ」
「なんだ調子悪いのか。そりゃいいモン食ってねえからだろ」「いや、でも俺、金ねえし」
その一言を口にした瞬間、日下部の目がスッと細くなり、より一層ギラついた笑みに変わった。
「おお、だったら美味い仕事紹介してやるよ」
内心で激しく舌打ちした。日下部から「美味い仕事」と称して闇バイトを斡旋され、塀の向こうへ消えていったツレを何人も知っている。
「あざっす……でも今日ちょっと予定あるんで、また後日聞かせてください」
逃げるようにスクーターを発進させようとする俺の背中に、日下部のよく通る声が投げかけられた。
「おう、わかった! また今度な。次会ったらちゃんと話聞いてもらうぞ。……覚えてるからな」
声のトーンこそ明るかったが、断ったら次はねえぞという冷徹な凄みが張り付いていた。二度とこいつに鉢合わせないことを祈るしかなかった。
――ああ、もうこんなクソみたいな街、今すぐにでも出ていきたい。だけど、どこかへ飛び出す勇気も金もない。
コンビニで買った一番安い発泡酒を喉に流し込み、冷めかけたカップ麺をすすりながら、安物の紙煙草に火をつける。ふと足元のアスファルトを見下ろすと、数匹の蟻がせわしなく何かを運んでいた。コツコツと何かを積み上げている蟻と、何一つ積み上げてこなかった俺。頭の片隅に、幼い頃に読んだ『アリとキリギリス』の絵本がぼんやりと浮かぶ。
その蟻の列を、泥で汚れたピンクのスニーカーが容赦なく踏み荒らした。
「英雄じゃーん、元気?」
顔を上げると、そこにいたのは幼馴染の愛姫――アリエルだった。俺と同じような毛玉だらけのジャージに、根本がプリンになった茶髪。百四十センチ台の小柄な体躯は、ジャンクフードばかりを詰め込んだようなだらしない丸みを帯びていた。
「なんだ、アリエルかよ」「今日もしけた顔してんなー」
「いいことなんかあるわけねえだろ。お前こそ、ガールズバーのバイトは?」
「あー、こないだ寝坊して遅刻したら店長に怒られたから、もう行かなーい」
積み重ねない、底辺同士の会話。何度か惰性で身体を重ねたことはあるが、付き合っているわけでもない。二人とも一人暮らしをする金はなく、かといって実家に居場所もない。そうして毎晩のように、このコンビニの前で何の生産性もない無意味な時間を垂れ流していた。
気づけば深夜一時を回っていた。冷たい夜風がジャージの隙間から入り込み、身体を芯から冷やしていく。
「そろそろ帰るわ。明日も早いし」
立ち上がった俺の腰に、アリエルが背後から抱きついてきた。
「おやすみ、英雄」
俺を気遣ったわけではない。ただ自分の寂しさを紛らわせるための、体温の確認。俺も無言で軽く抱き返し、スクーターに跨がった。
向かった先は、近所の寂れた工業団地だ。バブル期に工場誘致で栄えたらしいが、今や老朽化が進み、住民の半分は外国人労働者。売春や薬物の密売拠点の噂も絶えない薄暗い団地だ。エレベーターのない棟の階段を四階まで重い足取りで上り、物音を立てないように部屋に入る。家族はとっくに寝静まっていた。
冷たいシャワーを浴び、狭い部屋の二段ベッドの下段に潜り込む。
目を閉じても、説教を垂れる高橋の顔と、日下部の暴力的な笑みが交互に浮かんで眠れない。イラつきながら再び目を開けた瞬間、俺は息を呑んだ。
そこには、あるはずの二段ベッドの天井がなかった。
薄暗い室内ではなく、完全な漆黒の空間が広がっていた。おそるおそる手を伸ばしてみるが、数センチ上にあるはずのすのこ板に手が触れない。慌てて起き上がり、両手を振り回してみるが、壁にも家具にも一切ぶつからず、ただ空を裂くだけだった。
「な、なんだよこれ……夢か……?」
冷や汗を流しながら暗闇の中をがむしゃらに駆け回るが、景色は一切変わらない。完全にパニックに陥ったその時、目の前にぼんやりと、紫色の淡い光が灯った。
光の中心に立っていたのは、常識外れな姿をした女だった。
頭部から生える禍々しい山羊の角。布面積がほとんどない、扇情的な下着のような黒い布地を身に纏い、浮世離れした妖艶な肢体を晒している。
「おお……すげえ、夢かよ。ソシャゲのキャラか?」
呆気にとられて呟いた俺を見下ろし、その女――悪魔は、酷薄な笑みを口元に浮かべて口を開いた。
「古川英雄さん。うだつの上がらない人生、楽しい?」
夢の中の存在にまで見下されたことに、カッと頭に血が上った。
「大きなお世話だ! 俺だって……チャンスさえあればこんな人生じゃなかった! 力さえあれば、あんな奴らに舐められてたまるかよ!」
惨めな怒りをぶちまける俺を見て、女は「フフッ」と小さく喉を鳴らした。
「ごめんなさいね。私は悪魔マモン。そんなあなたに、力を授けに来たの」
マモンがすっと細い指先を俺に向けると、俺の全身が毒々しい紫色の光に包まれた。
「『欲望の魔弾(モータルバレット)』の力をあげるわ。使い方は……もう頭の中に浮かんでいるでしょう? 幸せな人生を祈っているわ」
脳髄に直接、異質な感覚と銃弾の撃ち方が刻み込まれる――そう認識した瞬間、視界が真っ白に弾け飛んだ。
「――っ!?」
目を開けると、隙間風の冷たい匂いと、カーテンの隙間から差し込む朝日がそこにあった。
見慣れた二段ベッドの下段。手足を伸ばせば、すぐそこに薄汚れたベニヤ板の天井がある。
夢だったのかと胸を撫で下ろしかけたその時、俺の右手が勝手に親指と人差し指を立てていた。その指先に、目には見えないはずの、重たくて冷徹な鉄の感触が、はっきりと宿っていた。

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