陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 羨望の鍛冶師の章その1

火山の剣を手に入れたとかで、ウチの町は朝からお祭り騒ぎの浮かれ気分だった。

「おお、あれが伝説の勇者様か!」 「まさかウチの町からすぐに伝説の剣を手に入れちまうなんて、流石は勇者様だ!」 「お連れの女の子たちも、いかにも頼もしそうな別嬪ばかりじゃねえか!」

往来のドワーフどもが口々にそんな噂を囁き合っているが、アタシに言わせりゃそんなことはどうでもよかった。 彼らが何者だろうが、どれだけ偉かろうが、アタシの打つ槌の音には何の関係もねえからさ。

その翌日、勇者一行が「昨日のお礼」とか何とか言って、ぞろぞろとアタシの工房にやってきた。 「本当にありがとうございました、キンカさん。おかげで、無事に火山の剣を手に入れることができました!」 勇者のユウが、あの人の良さそうな顔をクシャッとさせて、真っ直ぐアタシに頭を下げてきた。 その横から、ファーサがいつもの調子で嬉しそうに声を重ねる。 「流石はキンカだ! 私の頼もしい、大切な『親友』だからね!」

——『親友』。 その言葉を聞いた瞬間、アタシの胸の奥がチクッと寂しそうに痛んだ。 アタシにとって、ファーサは世界でたった一人だけの特別な存在なのに……。何百年も生きるエルフにとっては、アタシも数多くいる『親友』の中の一人に過ぎないんだろうか、なんて。 そんなアタシの暗い感傷なんて気にする風もなく、一行は工房の片隅で次の旅路について話し合いを始めた。

「これで手に入った神器は二つ……。光の使徒の経典によれば、残る最後の一つは『大地の護り』。場所は、今の地名でいう『忘れられた街』の先にある『大地の祠』に眠っていると記されていますわ」 きらりっていう人間のシスターが、古い羊皮紙を広げながら難しい顔をする。 「そこで問題なのが、その『忘れられた街』が、名前の通り現代では正確な場所が分からなくなってしまっていることですの。……ファーサさん、世界中を歩き回った貴方なら、どこかに心当たりはありませんか?」

尋ねられたファーサは、うーんと顎に手を当てて首を横に振った。 「いやー、実はアタシもその『忘れられた街』には一度も行ったことがなくてね。ただ、伝承に聞く『かつてその街の近くにあったとされる集落』の場所くらいなら分かるから、まずはそこまで行って聞き込みをして、情報を集めてみようか。どうだい、勇者殿?」

そう言って、ファーサは必要以上にユウの腕に自分の体をぴったりと密着させ、覗き込むように顔を近づけた。 ユウは顔を真っ赤にして照れまくっているが、その体を振り払おうとする様子はねえ。きらりも、ガオンっていう獣耳の娘も、それをただ生温かい目で眺めている。……どうやらあいつら、ファーサのことを「ちょっと距離感の近い男の旅仲間」だと思い込んでるらしい。 アタシは、その親密そうな二人の距離に、胸の奥からドロドロとした嫉妬の炎が燃え上がるのを感じていた。

(アタシのファーサに、色目使ってんじゃねえよ……!)

気がつけば、アタシは声を荒らげるようにして口を開いていた。 「……『忘れられた街』なら、アタシが行き方を知ってるぜ!」 「えっ?」と、全員がアタシを振り返る。 「アタシらドワーフの『秘密の坑道』を使えば、すぐ傍まで行けるのさ。アタシも、時々あそこの廃墟に珍しい鍛冶の素材を集めに行ってるからな」

その言葉を聞いた瞬間、ファーサの顔がパッと輝いた。 「わあ! 流石はキンカだ! 本当に頼りになるねえ!」 嬉しそうに駆け寄ってきたファーサが、アタシの体をぎゅっと抱きしめる。 その懐かしい腕の温もりと、アタシを必要としてくれた喜びだけで、さっきまでの嫉妬や不安なんて一瞬で消え去り、アタシの胸は一気に満たされていった。

「わ、分かったら、さっさと旅の準備をしな! アタシの言う通りに、ドワーフの坑道を突っ走ればあっという間だからさ!」 「恩に着るよキンカ。みんな、すぐに荷物をまとめに宿に戻ろう!」

ユウの言葉に全員が頷き、いそいそと宿へ向かって走っていった。 アタシも急いで部屋に戻り、愛用の道具と、旅の荷物を手早くまとめ上げた。

それから少しして、アタシたちは町のはずれにある、巨大な天然の岩肌が口を開けた『ドワーフの坑道』と呼ばれる大洞窟の前に集まった。 アタシを先頭に、暗く湿った洞窟の奥へと足を進める。 しばらく進むと、道は複雑に入り組んだいくつもの分岐点に突き当たった。通常の道には、他のドワーフたちが採掘や通行のために記した地名が刻まれているが、アタシは迷わず、何も書かれていない暗い脇道へと足を進めようとした。

その時、別の分岐からツルハシを担いだドワーフの男たちがぞろぞろと出てきて、アタシの姿に気づいて声をかけてきた。

「おう、キンカじゃねえか。こんな奥で何をしてるんだ?」 「勇者様一行を、『忘れられた街』の近くまで道案内するのさ。そこを通してくれ」 アタシがぶっきらぼうに答えると、男たちは互いに顔を見合わせ、鼻で笑った。 「はっ、忘れられた街だと? あんな危険な廃墟に、お前みたいな『半端者』の案内で行くのかい?」 「あいつら、命がいくつあっても足りねえな。おいキンカ、途中で泣いて逃げ戻ってくるんじゃねえぞ?」

「……うるさいよ! アタシを舐めるんじゃないよ、この石頭どもが! アタシの案内で、これまで道に迷ったことなんて一度もねえんだ!」 アタシがガミガミと怒鳴り散らすと、男たちは面白くなさそうに捨て台詞を吐きながら去っていった。

アタシだって、もう70歳を超えている。 10代の頃から槌を握り、朝から晩まで火花の散る炉の前で頑張ってきた。それでも、この閉鎖的なドワーフの町じゃ、アタシはいつまで経っても『女の半端者』扱いだった。 ドワーフの社会じゃ、女性はただ『次代の職人を産む道具』でしかなかった。アタシも若い頃は、ただそれだけの存在として扱われ、誰もアタシを一人前の職人とは認めてくれなかった。 それでもアタシは、自分の手で『何か』を作り出したくて、町のあらゆる鍛冶屋の門を叩いた。けれど、女というだけで誰もアタシを弟子に取ろうとはしなかった。

それでも諦めきれなかったアタシは、町外れに自分だけの小さな鍛冶場を、たった一人で作り出した。 誰も技術なんて教えてくれなかったから、ひたすら独学、失敗と火傷を繰り返す日々だった。それでも、何とか形になるものを作れるようになった。

そんなある日、ファーサっていうエルフが、ふらりとウチの鍛冶場にやってきたんだ。 アタシたちはすぐに意気投合し、仲良くなった。 ファーサは、アタシの作った拙い金物やからくりを見て、「これは素晴らしい!」「キンカは天才だ!」と、誰よりも真っ直ぐに褒めてくれた。 アタシを女扱いして馬鹿にするでもなく、ただ一人の『対等な職人』として、同じ人として接してくれた。 それが、何よりも、涙が出るほど嬉しかったんだ。 気づけばアタシたちは、その日のうちに肌を重ね、枕を共にする関係になっていた。

アタシはファーサを恋人だと思った。だけど、風のようなエルフである彼女は、アタシの隣にずっと留まってはくれなかった。 だいたい10年に1度くらい、忘れた頃にふらりと町にやってきて、1ヶ月ほどアタシの家で過ごしては、またどこか遠い空へと旅立ってしまう。 アタシが70年の生涯で、ファーサと共に過ごした時間は、全部合わせてもほんの半年程度だろう。 それでも……アタシにとっては、ファーサこそが、この暗い世界を照らしてくれる唯一の光だった。

そんな思い出に胸を締め付けられながら、アタシたちは坑道の最深部、厳重に閉ざされた鉄格子の前へと辿り着いた。 その檻の周囲には、青い宝玉が幾重にも埋め込まれた、複雑な歯車と魔力線の走る古代の装置が鎮座している。ドワーフの先祖たちが遺した、空間転送の遺物だ。

アタシは決まった手順に沿って、装置のレバーを複雑に動かし、魔力を流し込んで起動させた。 ゴゴゴゴゴ……と装置が唸りを上げ、青い宝玉が眩い光を放ち始める。

「こいつは、アタシらドワーフの血筋と技術がなきゃ動かせない転送装置さ。これを使えば、目的地まで一瞬で行けるんだ」

ファーサが、目をキラキラと輝かせて装置を覗き込んできた。 「へえ! これが噂に聞く『埃モグラ』かい!? アタシも実物を見るのは初めてだよ!」

「ふふん、大したもんだろう!」 アタシは少し鼻を高くして、誇らしげに胸を張った。 「さあ、みんな、その檻の中に入ってくれ!」

ユウたち一行は、そわそわとした様子で頑丈な鉄格子の檻の中へと入り、アタシも最後に乗り込んで扉を閉めた。 アタシが最後の起動スイッチを叩き込むと、次の瞬間、視界が目も眩むような黄金と青の光に包まれた。

光が消え、目が慣れてくると、アタシたちは先ほどとよく似た、けれど少しだけ古びて荒廃した地下室の中に立っていた。転送は無事に成功したようだ。

「よし、檻を開けるぞ。……ここを出れば、『忘れられた街』はもうすぐ目の前だ!」

アタシは檻の扉を押し開き、再び坑道の緩やかな上り坂を歩き始めた。 ひんやりとした地下の空気が次第に温くなり、やがて視界の先に、ぽっかりと開いた地上への出口が見えてきた。

外へ這い出ると、そこには赤茶けた荒野が広がっており、その数キロ先、巨大で歪な『金属の外壁』が聳え立っているのが見えた。

「みんな、見てみな! あの巨大な壁の向こうが、アタシたちの目指す『忘れられた街』だよ!」

アタシが指し示すと、ガオンが「ヒュー!」と感心したように口笛を吹いた。 「へえ! ドワーフの技術ってのは、本当に大したもんだな! あんな遠くまで一瞬で移動しちまうなんてさ!」 「全く素晴らしいですわ!」ときらりも目を丸くする。「本当に、世の中には私の読んできた経典では学べない、驚くべき奇跡がたくさんありますのね」

「よし、それじゃあ、あの街を目指して出発だ!」 ユウが意気揚々と声を張り上げ、全員が足取りも軽く、巨大な外壁に向かって歩き出した。

それから1時間ほど荒野を歩き、アタシたちはついに街の『外壁』の前に辿り着いた。 外壁の一部が大きく崩落し、かつて巨大な門があったと思われる、ぽっかりと空いた場所から、アタシたちはその内部へと一歩を踏み入れた。

外壁の中に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がったのは、アタシが何度見ても圧倒される、奇妙で壮大な光景だった。

そこは、アタシたちの技術では逆立ちしても作れない、巨大な『鉄と機械』で満たされた街並みだった。 天を突くような錆びついた鉄の櫓(やぐら)、複雑に絡み合う巨大なパイプ、植物に覆われた巨大な歯車や、崩れかけた金属の建造物。 一体、この街は、いつ、誰が、何の目的で作ったのだろうか。今となっては、それを知る者は誰もいない。 それでもアタシは、この錆びついた鉄の巨塔を見上げるたび、胸が熱くなるのを感じていた。いつかアタシも、こんな、誰にも作れないような、歴史に遺るものを作ってみたい、と。

「さて……! じゃあ、この街の奥深くにあるっていう『大地の祠』を目指すぞ!」

勇者のユウが、腰の剣に手をかけ、意気揚々と声を上げた。 その若々しい横顔を見つめながら、アタシも大きなリュックの帯を締め直し、鉄の街の奥へと足を踏み出したのだった。


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