陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 羨望の鍛冶師の章その2

錆びついた鉄と蔦に覆われた『忘れられた街』の奥へ進むほど、アタシの胸のザワザワは大きくなっていった。

しばらく歩くと、まるでゴミ溜めか墓場みたいな、瓦礫が山積みになった開けた場所に出た。 そこにゴロゴロと転がっていたのは……アタシの心臓を、鍛冶屋の炉の火よりも熱くさせる『それ』だった。

顔の真ん中に、頭部のほとんどを埋め尽くすような赤い宝玉が埋め込まれた、鉄のマネキン。 手足は奇妙な歯車と金属の関節で繋がっていて、そこら中に何十体も、物言わぬ屍のように転がっている。

(……間違いない。大昔の人型兵器だ)

実はアタシ、数年前にこの街の端っこでこれの壊れたパーツを拾って、自分の工房でこっそりバラして解析しようとしたことがあるんだ。 だけど、ドワーフの技術を以てしても、内部の魔力回路や駆動歯車の仕組みなんてさっぱり理解できなかった。 いつか、アタシも自分の手で、こんな誰も作ったことのない、動く鉄の巨人を作ってみたい……。そう願いながらも、それはアタシの短い寿命じゃ届かない、遥か遠い未来の夢だと思ってた。

「なんだ、このロボットみたいなやつは」 「ほう、これは随分と古い古代兵器のようだねえ」 「……我が『光の使徒』の経典に記されている、かつて勇者様を助けたという『天使』の姿にそっくりですわ!」

ユウ、ファーサ、きらりがそれぞれ興味津々に覗き込んでいる。 「おい、こんなガラクタ見てないで、とっとと先に行こうぜ。どうせ動かねえよ」 「それもそうだな。キンカ、案内を頼む」

ユウがアタシを呼んで、みんなが先へ進もうと背を向けた、その時だった。

『——光ノ勇者、確認。……再、起動……シマス』

機械的な、高低のない声が瓦礫の底から響いた。 全員がバッと振り返る。 音を立てて瓦礫を崩し、転がっていた内の一体が、関節をギチギチと軋ませながら立ち上がったのだ。顔の真ん中の赤い宝玉が、ボウッと不気味に赤く明滅している。

『私ハ、勇者様ヲ補助スル『天使』。生産番号【T2K‐007】デス。コレヨリ、勇者様ノ旅路ヲサポートサセテ頂キマス』

「やっぱり……! 経典の記述にあった天使様ですわ!」ときらりが声を弾ませる。「かつて暗黒の時代、ある勇者様がこの天使を引き連れて魔王を打ち倒したと、神話に確かに残されています!」

「はあー……。このガラクタ人形が、仲間ねえ」アタシは腕を組んで、わざとぶっきらぼうに言った。昔から研究してた技術が、目の前で動いていることに興奮しながらも、口から出るのは可愛げのない言葉ばかりだ。「今の話からすると、千年以上、いや二千年以上も前のボロだろ? 本当に戦えるのかい?」

『最終稼働カラ二〇五〇年ガ経過シテ居リマスガ、自己修復機能ニヨリ、現在ノ稼働率ハ【三十パーセント】。……通常戦闘ニ、支障ハアリマセン』

「……まあ、よく分からないけど。行こうか。期待はしないでおくよ」

ユウが苦笑いしながら歩き出すと、その鉄の人形——天使は、無言で『ガシャン、ガシャン』と重い足音を響かせながら、ユウのすぐ後ろをぴったりと追従し始めた。

その光景を見つめながら、アタシの胸の奥で、またしてもドロドロとした嫉妬の炎が小さく爆ぜた。

ファーサの心だけじゃない。 アタシが長年、男どもの嫌がらせに耐えながら、血と汗と火傷まみれになって研究し続けてきた、あのドワーフの誰も届かない古代技術。 それさえも……ただ『勇者』っていう、生まれ持った肩書きがあるだけで、あいつは無条件で、苦労もせずに、全てを手に入れちまう。 アタシには、何も手に入らないのに。 欲しいものを手に入れるために、どれだけ槌を振り下ろし、どれだけ孤独に耐えてきたと思ってるんだ。

アタシのそんな、暗くて情けない気持ちなんて、誰も知るはずもなく。 楽しげに話す彼らの後姿を、アタシはただ、重い足取りで追いかけるしかなかった。

しばらく街の廃墟を進むと、錆びついた巨大な金属のゲートが私たちの行く手を完全に塞いでいた。 「なんだこれ、先に進めないぞ」「大地の祠は、この向こうのはずだよねえ」「壊すのは、ちょっと難しそうだな」

(……アタシの出番だッ!)

ここぞとばかりに、アタシはみんなの前に進み出た。 「まかせな! アタシがちょっと見てやるよ!」

ゲートの横にある、ツタに覆われた制御盤を引っ剥がし、中の複雑な歯車と回路を覗き込む。 ふむ……魔力回路の不通が原因だな。長年の劣化で、魔力を通す金属線が焼き切れてるか、噛み合わせがズレてる。 「ちょっと待ってな。このくらい、アタシの手にかかればちょちょいのちょいさ!」

手持ちの工具バッグからレンチとペンチを取り出し、アタシは回路の修理に取りかかった。 勇者やエルフにはできない、アタシだけの技術。これを見せて、ファーサにアタシの価値を思い出させてやるんだ。

だけど——。 カチャカチャと手を動かし、回路を繋ぎ直してみても、ゲートはうんともすんとも言わない。 気づけば一時間が過ぎ、二時間が経過していた。

「あれ……? おかしいな。ここを繋げば、魔力が流れるはずなのに……」 「キンカさん、大丈夫?」「ちょっと、待ちくたびれちゃったねえ。別の迂回路を探した方が早いんじゃないかい?」

「だ、大丈夫だ! もうちょっとだけ待ってくれ! アタシに直せない機械なんてあるもんか!」

焦りと、背中に受けるファーサたちの視線で、アタシの手は嫌な汗でベタベタになっていた。ここで諦めたら、アタシのプライドは完全にズタズタだ。 更に、もう一時間が経とうとした、その時。

『——魔力回路ノ、不具合個所ヲ特定シマシた』

ガサゴソと、あの人形——T2K-007が、アタシの横に割り込んできた。 「な、なんだいお前! 邪魔するんじゃないよ!」

『機能解放。……【メンテナンスモード】。……強制開錠ヲ開始シマス』

天使がそう呟くと、その頑丈な鉄の手先が、ガシャガシャと複雑に変形し、アタシの見たこともない精密な工具へと姿を変えた。 そのまま制御盤の奥へと手を差し込み、ほんの数秒、微かな駆動音を響かせた。

チーン、と澄んだ音が鳴り、錆びついていたゲートに、青白い魔力の明かりがサーッと灯る。

『強制、開錠』

ズズズズズ……と、アタシが三時間も悪戦苦闘していた巨大な鉄の扉が、嘘みたいに軽々と、両開きに開いていった。

「おおおっ! やっと開いた!」「天使様の技術、本当に素晴らしいですわ!」「ロボットって、こんなこともできるんだな!」「いやー、やっぱり古代の機械はすごいねえ!」

わあわあと、歓声を上げる一同。

アタシは、工具を握りしめたまま、その場に呆然と立ち尽くしていた。 恥ずかしさと、屈辱と、惨めさで、顔がカッと熱くなる。 アタシの、七十年の職人としてのプライド。アタシが独学で、血の滲むような思いで積み上げてきた技術が……この、ただの古いガラクタ人形の、数秒の作業で、あっけなく踏みにじられたのだ。

「キンカさん」

俯くアタシに、ユウが、あのいつものお人好しな笑顔を向けてきた。 「……ありがとうございました! キンカさんが、事前にあちこちの錆を落として、修理のルートを確保しておいてくれたおかげですよ。さすがはドワーフ最高の職人ですね!」

「あ……」

アタシは、言葉を失った。 その一言が、ズタズタになっていたアタシの心を、ほんの少しだけ、すくい上げてくれたような気がしたからだ。 ……いや、ダメだ。騙されるんじゃないよ、アタシ。こいつは、ファーサを奪っていく憎い勇者なんだ。これくらいの甘い言葉、おためごかしに決まってる……! アタシは「ふ、ふん!」と、そっぽを向いて、無理やり怒ったような顔を作った。

開いたゲートをくぐり、アタシたちはさらに街の深部へと進んでいった。 すると、前方の広場から、地響きのような唸り声が響いた。 人の立ち寄らないこの廃墟は、長年の間に、野生の凶悪な魔物たちの巣窟と化していたらしい。四方を、巨大な牙を持つ野獣や、トカゲの化け物の大群に囲まれてしまった。

「みんな、囲まれた! 戦闘準備だ!」 ユウが火山の剣を抜き、ガオンときらりが身構える。 アタシも愛用の金槌を握りしめた、その時だった。

「行くぞ!」というユウの号令に反応し、 天使が前に出た。

『標的多数。……【広範囲駆除モード】、起動』

天使の顔の中心にある、あの大きな赤い宝玉が、目も眩むような赤光を放ち始める。 次の瞬間、ドシュゥゥゥンッ!と、幾筋もの超高熱の赤い光線が、宝玉から一斉に掃射された。 正確無比。その光線は、襲いかかろうとしていた魔物たちの眉間や心臓を、一瞬の狂いもなく正確に撃ち抜いていく。 ドサドサと、悲鳴をあげる間もなく倒れていく魔物の群れ。

ほんの数秒で、あれだけいた大群が、ただの動かぬ肉塊へと変わってしまった。 戦いが終わると、倒れた魔物たちから、青白い光の粒子——マナが、フワフワと湧き上がり、 それがすべて、後ろに立っていたユウの身体へと吸い込まれていった。

「うおっ!? なんだこれ、力がみなぎってくる……!」 『私ハ、マナノ摂取ヲ必要トシマセン。私ガ討伐シタ全テノ個体ノマナハ、勇者様ノ『経験値』トシテ注ガレマス』 「す、すごいな! ただ歩いてるだけで、ユウのレベルが上がっていくぞ!」 「便利どころの騒ぎじゃありませんわ! さすがは経典の天使様ですわね!」

ガオンもきらりも、大喜びで騒いでいる。 あいつら、あの人形に『人格』がないから、自分たちのポジションが脅かされるって危機感を持ってないんだ。 ただ都合のいい『道具』として、喜んでやがる。 アタシは、勇者だけが、こんな規格外の兵器をなんの代償もなく使いこなしていることに、ただただ憤りと、底知れない恐怖を感じていた。

やがて、私たちは『忘れられた街』の最果て、外壁のさらに奥にある、巨大なすり鉢状の土地へと辿り着いた。 そこは、これまでの鉄と機械の景色が嘘のように消え去り、赤茶けた乾いた大地と、切り立った赤土の崖に囲まれた、荒涼とした場所だった。

その中心部、すり鉢の底に、赤土をこねて作られた、巨大で無骨な女神像が静かに佇んでいた。

「ふう……やっと辿り着いたか」 「無事に、最後の祠に着いたねえ」 「ついに、三つの神器が全て揃うのですね!」 「……まあ、またどうせゴーレムみたいなのが出てくるんだろうけどさ。こっちもレベルが上がってるし、あの天使もいる。楽勝だよ!」

みんな、完全に楽観ムードだ。これまでの過酷な死闘が嘘みたいに、余裕の表情を浮かべている。

その時、赤土の女神像が、ズズズ……と地響きを立てて光り輝いた。

『——よくぞ、ここまで辿り着きました。旅の者たちよ』

魂を震わせるような、大地の咆哮に似た声が、すり鉢状の空間に響き渡る。

『そなたらはすでに、我が姉妹の守護せし『世界樹の盾』、そして『火山の剣』を携えているようですね。……よろしい。ならば、最後の神器『大地の護り』を授けるに相応しいか、最終試練を開始します』

女神像の言葉が終わると同時に、足元の大地が、今までとは比べ物にならない激しさで、ゴゴゴゴゴゴと震え始めた。


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