陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 羨望の鍛冶師の章その3

足元の赤土が、まるで巨大な生き物の脈動みたいに激しく波打った。 立っていられないほどの地鳴りとともに地面が隆起し、大地の祠の前で赤茶けた土砂が天へと噴き上がる。

『——このマッドゴーレムを打ち倒した暁には、最後の神器『大地の護り』を授けましょう』

女神像の厳かな声が響き渡る中、土煙を払って姿を現したそれを見て、アタシは思わず息を呑んだ。 地面から巨人が生えてくる流れこそ『星のへそ』のマグマゴーレムと同じだったが……決定的に違う点が一つあった。

でかい。 マグマゴーレムなんかとは、文字通り桁が違った。 見上げる首が痛くなるほどの巨躯は、優に二十メートルは超えている。まるで切り立った赤土の崖そのものが手足を持って立ち上がったような化け物だ。

(う、嘘だろ……。こんなデカブツに、アタシたちの手持ちの武器が通じるっていうのかい……!?)

あまりの質量差にアタシが足を竦ませていると、隣にいた勇者——ユウが、誰よりも早く大地を蹴って飛び出した。

「うおおおおおっ! 『マグマ斬り』ッ!!」

ユウが振り抜いた『火山の剣』が真っ赤な灼熱の弧を描き、マッドゴーレムの丸太のような足首へと深々と喰い込んだ。 直後、ドゴォォォンッ!と鼓膜を破るような大爆発が巻き起こる。爆炎の直径は二メートル近くに達し、並の魔物なら跡形もなく消し飛ぶほどの凄まじい威力だ。 黒煙が晴れると、マッドゴーレムのぶっとい右足が、爆発の衝撃で半分ほどの太さにまで抉り飛ばされていた。

(……通じる! この調子なら、やれるのか!?)

ユウの渾身の一撃が、凍りついていたアタシたちの心に火をつけた。 すぐさま後方のきらりが聖印を掲げ、凛とした声を戦場に響かせる。

「天駆ける疾風よ、刃となりて大地を穿て! 『ウインドイクイップ』ッ!」

爽やかな翠緑の風が渦を巻き、全員の武器と拳に風属性の加護が宿る。土の塊であるマッドゴーレムに対して、最も効果的な特攻属性の付与だ。

「道は開いたぞ! おりゃあああっ!」 風の輝きを拳に纏ったガオンが、目にもとまらぬ俊敏な身のこなしで飛び出した。削れたゴーレムの足を踏み台にして一気に二十メートルの高みへと駆け上がり、巨人の分厚い肩口へと飛びかかる。 「『狼牙連撃(ろうがれんげき)』ッ!!」 嵐のような高速の拳が幾十発も叩き込まれ、頑強な赤土の肩がボロボロと音を立てて細っていく。

「遅れは取らんよ! 『ウインドアロー』ッ!」 続いてファーサが魔力で大弓を編み出し、極限まで引き絞った弦から翠の矢を連射した。風の矢は正確にゴーレムの顔面へと吸い込まれ、轟音とともに巨人の頭部の半分を吹き飛ばした。

「アタシだって負けてらんねえよ!」 アタシも愛用の魔導銃を構え、風の加護が乗った魔力弾をゴーレムの分厚い胸板へと続けざまに撃ち込んだ。着弾するたびに土塊が弾け飛び、奴の胸に痘痕(あばた)のような無数の大穴が穿たれていく。

全身を削り取られたマッドゴーレムは明らかに動きを鈍らせ、「ゴゴゴゴ……」と苦悶のような重低音の唸りを上げた。

「へっ、デカいだけで見掛け倒しか! 楽勝だな!」 肩口から飛び降りたガオンが、余裕の軽口を叩く。そのまま勢いよく地面を蹴り、再び跳躍した。 「おらっ、トドメにもう一丁くらえーっ!」

ガオンが拳を振り上げた、まさにその瞬間だった。 マッドゴーレムが再び『ゴゴゴゴゴッ!』と大地を震わせるような咆哮を上げたかと思うと——次の瞬間、抉り飛ばされた足も、砕けた肩も、半分失われた頭部も、ボコボコと泥が泡立つように膨れ上がり、ほんの一瞬で傷一つない元の巨体へと戻りやがったのだ。

「なっ……か、回復しただと!?」 空中で目を見開くガオンに、ユウがすぐさま鋭く叫んだ。 「再生する前に一気に削りきるぞ! 『マグマ斬り』ッ!」 「おうっ、続くぞ!」

ユウが先ほど以上の気迫で連続の爆炎斬りを叩き込み、ガオンも拳の雨を降らせる。ファーサの矢が飛び、アタシも引き金を引き続けた。 だが——どれだけ削り、どれだけ吹き飛ばしても、マッドゴーレムは大地から無尽蔵に土と魔力を吸い上げて即座に再生してしまう。完全にいたちごっこだった。

(くそっ、これじゃこっちの息が先に上がっちまう!) 焦燥に駆られたアタシは、背中のリュックから予備のパーツを引っ張り出しながら怒鳴った。 「みんな! ちまちま削っても無駄だ! 火山のマグマゴーレムの時と同じように、最大火力の一撃に賭けよう!」

アタシは魔導銃の後部に、高密度魔力蓄積回路をガチャンと装着した。 その意図を瞬時に汲み取ったファーサが、風のステップでアタシの隣へと滑り込んでくる。 「私も手伝いますわ!」 きらりまでもが駆け寄り、二人同時に装置の吸魔核へと両手をかざした。 「時間稼ぎは俺たちに任せろ!」 ユウとガオンが前線へと飛び出し、ゴーレムの注意を全力で引きつける。

レベル78のファーサと、レベル40のきらり。二人がかりで魔力を注ぎ込むと、メーターの針は恐ろしい速度で跳ね上がり、あっという間に限界値を振り切った。

「よし、満タンになった! 二人とも離れな、いくよッ!」 アタシは軋む銃身を肩に担ぎ、マッドゴーレムのど真ん中に照準を定めて引き金を絞った。

「——いっちまいなァッ!!」

轟音とともに解き放たれた極太の翠光が、大気を切り裂いてマッドゴーレムの胴体を直撃した。 凄まじい衝撃波が吹き荒れ、巨人の胸部に向こう側の景色が透けて見えるほどの、直径数メートルの巨大な風穴が穿たれる。

「やったぜ……! どうだ、これなら再生できまい!」 アタシが拳を握りしめた、わずか数秒後のことだった。

ゴゴゴゴゴゴ……。 無慈悲な地鳴りとともに、周囲の赤土が渦を巻いて胸の大穴へと吸い寄せられ——あろうことか、あの風穴すらもが一瞬にして塞がり、完治してしまったのだ。

「……ち、畜生……! どうすりゃいいんだよ、こんな化け物……!」

銃を下ろしたアタシの口から、思わず弱音が漏れた。パーティー全体に、重苦しい絶望の空気が立ち込める。 今はまだこちらが攻め続けているからいい。だが、もし攻め手が緩んであの二十メートルの質量から繰り出される拳が一度でも掠れば、アタシたちの身体なんて紙切れみたいに潰されておしまいだ。

そんな八方塞がりの静寂を切り裂いたのは、あまりにも場違いで、抑揚のない素っ頓狂な機械音声だった。

『——マスター。提案ガ、アリマス』

ハッとして声の方を向くと、そこには先ほどから戦いの輪に加わらず、直立不動で戦況を見つめていた鉄の人形——天使【T2K‐007】が立っていた。 顔の赤い宝玉をチカチカと明滅させながら、天使は淡々と告げる。

『現在ノチーム戦力デ攻撃ヲ継続シタ場合ノ勝率ハ、8パーセント未満デス。……ツキマシテハ、私ノ内部エネルギー炉ヲ強制暴走サセルコトデ、対象ノゴーレムヲ98パーセントノ確率デ完全消滅サセルコトガ可能デス。マスター、承認ヲ』

「……エネルギー炉を暴走させるだと?」ユウが荒い息を吐きながら振り返る。「それをやると、どうなるんだ?」

『私ノ動力炉ニ通常ト異ナル負荷処理ヲ施スコトデ、魔力エネルギーヲ臨界暴走サセ、半径五十メートルヲ焦土ト化ス爆発的ナ熱量ヲ生ミ出シマス』

その言葉を聞いた瞬間、アタシはすべてを理解した。 この古代兵器は、自爆してゴーレムを道連れにするつもりなのだ。だが、今の絶望的な状況を打破するには、もうその手しか残されていない。 アタシが唇を噛み締めた、次の瞬間だった。

「——そうじゃないッ!!」

ユウの、怒りにも似た悲痛な叫びが戦場に轟いた。 「威力のことなんか聞いてない! それをやったら、お前自身はどうなるんだって聞いてるんだ!!」

ユウの剣幕に、天使の赤い宝玉がわずかに明滅の間隔を変え、感情のない声で答えた。

『私ノボディハ暴走エネルギーニ耐え切レズ完全崩壊シ、今後ノ自己修復、及ビ再起動ハ不可能ナ状況ニナルト推測サレマス』

「だったら、断固却下だッ!!」 ユウは迷いなく怒鳴り返し、再び火山の剣を強く握り直した。 「誰一人欠けるなんて認めない! なんとしても、ここにいる全員で協力してこいつをぶっ倒すぞ!!」

叫ぶなり、ユウは再びマッドゴーレムの足元へと突撃していった。 「まったくだ! 勝手に死ぬ気になんじゃねえよ、ブリキ野郎!」 「そうですわ! 貴方も立派な私たちの仲間なのですから!」 ガオンときらりも、ユウの背中に続いて迷いなく飛び出していく。

その背中を見つめながら——アタシは、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受け、顔から火が出るほど恥ずかしくなっていた。

(アタシは……なんて浅ましい鍛冶屋だ……!)

普段、工房で槌を振るう時は『道具には魂が宿る』『武器を粗末にする奴は三流だ』なんて偉そうに講釈を垂れていたくせに。 いざとなったら、あの天使を『人格のない都合のいい道具』としか見ていなかったのは、他の誰でもない、このアタシ自身だったんじゃないか。 それなのに、あの勇者は……出会ったばかりの鉄の人形すら『仲間』だと呼び、命を捨てることを本気で怒ってくれたのだ。

「うわあああああっ! アタシの馬鹿野郎ッ!!」 アタシは自分の頬を思い切り張り飛ばし、皆の後を追って魔導銃を乱射した。 だが、根性だけでどうにかなる相手ではなかった。無情にもゴーレムの再生速度は衰えず、おまけに酷使しすぎたアタシの魔力蓄積機までもがプシュウウと黒煙を噴き上げ、オーバーヒートで完全に焼き切れてしまった。

(万事休す、か……!?) 誰もが歯を食いしばった、その時。 再び、後方からあの素っ頓狂な機械音声が響き渡った。

『——マスター。別ノ提案ガ、アリマス』

天使の赤い宝玉が、カメラのレンズのようにギュルギュルと回転し、マッドゴーレムの巨体を精密にスキャンしていた。

『敵個体ノ再生時ニオケル魔力エネルギーノ流動経路ヲ逆算・解析シタ結果、ゴーレムノ「鼠径部(そけいぶ)」ニ異常ナ高エネルギー反応ヲ計測シマシタ。該当箇所ニ敵ノ制御核(コア)ガ存在スル可能性、90パーセント以上デス』

「そ、鼠径部……って、股間かよ!?」

その言葉を聞いた瞬間、誰よりも早く動いたのはファーサだった。 ヒュンッ!と放たれた風の矢が、マッドゴーレムの股間めがけて一直線に飛翔する。 すると——今まで頭や胸を撃たれても無防備に再生任せで仁王立ちしていたゴーレムが、突如として慌てたように巨大な両手を下げ、股間をガッチリとガードしたのだ。

「お次はこいつだ!」 アタシもすかさず股間に照準を合わせて魔導銃を連射したが、やはりゴーレムは必死になって両手で股間を隠し、頑なに直撃を拒んだ。

「間違いない、天使の言うことは本当みたいだ!」アタシはありったけの大声で皆に叫んだ。「あいつ、股間に弱点のコアがあるぞ! 股間に攻撃を集中させよう!」

アタシの声に、前線の全員が一瞬で状況を理解した。 しかし、立っている状態では巨人の両腕のガードが固く、股間を狙い撃つのは難しい。 「まずは足を砕いて体勢を崩すぞ!」 ユウの号令とともに、きらりが聖印を高々と掲げた。

「荒ぶる風の精霊よ、我らを守護する防壁となれ! 『ウインドアーマー』ッ! ……皆さま、この風の鎧を纏っていれば、万が一ゴーレムの攻撃が掠っても一撃くらいなら耐えられますわ! 恐れず踏み込んでください!」

「サンキュー、きらり! いくぞガオン!」 「おうっ! おらあああああっ!」

風の鎧で防御を固めたユウとガオンが、ゴーレムの巨大な足元へと捨て身で飛び込んだ。 『マグマ斬り』の爆炎と、『狼牙連撃』の剛拳が、一点集中でゴーレムの膝下へと叩き込まれる。 再生速度を上回る瞬間最大火力を食らい、ついにマッドゴーレムの巨木のような両足がバキバキと音を立ててへし折れた。支えを失った二十メートルの巨体が、大地を揺るがしながらズシンと前のめりに膝をつく。

「今だファーサ! 撃ち込めぇっ!」 「言われるまでもないさ!」

体勢が崩れた隙を突き、アタシとファーサは股間めがけて魔力弾と風の矢の暴風雨を浴びせかけた。 『ゴォォォッ!』と焦ったゴーレムが、咄嗟に巨大な両掌で股間を覆い隠そうとする。

だが、それこそがこちらの狙いだった。

「させるかよッ!」 「邪魔な手は引っ込めてろーっ!!」

待ち構えていたユウとガオンが跳躍し、ガードに回ったゴーレムの左右の腕へと渾身の一撃を叩き込んだ。爆炎と拳撃が巨人の両腕を粉々に粉砕し、弾き飛ばす。 完全に無防備となった股間へ——アタシとファーサが放った会心のエネルギー弾と強弓の矢が、吸い込まれるように直撃した。

ドゴォォォォンッ!! 股間の分厚い赤土の装甲がごっそりと削り飛ばされ、その奥から、怪しく脈動する巨大な『琥珀色の宝玉』が露わになった。

「見えた! 今だ、全員で叩き潰せええええっ!!」

ユウの咆哮を合図に、全員が一斉に飛びかかった。 赤い光線、風の矢、魔力弾、剛拳、そして灼熱の剣閃が、むき出しになった琥珀色のコアへと同時に突き刺さる。

パァンッ!と、ガラスが弾けるような高い音が響き渡った。 琥珀色の宝玉が粉々に砕け散った瞬間、マッドゴーレムの全身を巡っていた魔力の光がぷつりと途絶え——二十メートルの土の巨人は、ただの乾いた砂塊となってサラサラと音を立てて崩壊し、元の赤土の大地へと還っていった。

荒い息遣いだけが響く広場に、赤土の女神像から穏やかで荘厳な声が降り注ぐ。

『——見事です。よくぞ我が試練を乗り越えました。約束通り、最後の神器をそなたらに授けましょう』

女神像が眩い光を放つと、何もない上空から一筋の黄金の光が差し込み、美しい琥珀色の宝玉があしらわれた首飾り——『大地の護り』が、ゆっくりとユウの手のひらへと舞い降りてきたのだった。


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