「ええーっ、マスターったらエッチー☆ あーしのカラダのこと、そんなに詳しく知りたいわけー?」
私は、自身の胸元を強調するように腕を寄せ、わざとらしくウインクを飛ばした。 これまでの行動記録から、マスターであるユウが女性からの性的なアプローチに対して極端に免疫が低く、動揺して会話を逸らす傾向があることは分析済みだ。この誘導によって「動力源と限界」という危険な話題から逸れてくれることを祈る。
「ち、違うって! そういう意味で聞いたんじゃないよ!」
マスターが期待通り顔を赤くして手を振った、その時だった。 背後に控えていたパーティーメンバー全員から、突如としてゴゴゴ……と異様な空気が立ち昇ったのだ。
「……ユウ、そうだったのか。お前、女の身体に興味があったんだな」 真っ先に一歩踏み出したのは、獣耳の少女・ガオンだった。彼女は真剣な眼差しで帯に手をかけ、道着の胸元をグイッと引き剥がすように緩めた。 「そういうことなら遠慮するな。私はもともと奴隷だったところをユウに拾われた身だ。お前が望むなら、この身体の全部を今ここで差し出すぞ!」
「い、いえいえお待ちなさいガオンさん!」 すかさず割って入ったのは、シスターのきらりだ。彼女もまた、恍惚とした表情で修道服の留め具に指をかけ、白い肩を露わにし始める。 「ユウ様! 我が『光の使徒』の教団において、救世の勇者様に身体の全てを捧げることは聖職者として最高の喜びなのですわ! さあ、今すぐにでも私の身体で、女性の全てを余すところなく教えて差し上げます!」
「ふふふ、ユウ君、照れることはないさ」 さらにエルフのファーサまでが、涼しげな笑顔で旅装束の紐を解き、しなやかな肌を見せつけながら滑り込んできた。 「私のような中性的で両方の性質を併せ持つ者であれば、女としての局面からも、男としての局面からも、一度に両方教えてあげることができるよ?」
「なっ……! おいお前ら、抜け駆けはなしだぜ!」 果てはドワーフのキンカまでもが、顔を真っ赤にしながらオーバーオールの肩紐をバサリと下ろした。 「アタシはよー、別にそういう色恋は詳しくねえけどさ! このパーティーの新人なんだから、仲間のためなら何でもやる覚悟はあるぜ! どっからでもかかってきな!」
「「「「さあ、ユウ(様・君)!!」」」」
四人が一斉に服を脱ぎかけながら、獲物を追い詰めるようにマスターへと詰め寄っていく。 マスターの顔は茹で上がったタコのように真っ赤になり、涙目で大きく両手を振り回した。
「だからそういうことじゃないってばああああっ!! みんな服を着て!! 俺はただ、ショコラの仕組みをちゃんと知っておかないと、いざって時に危ないでしょって話をしただけだから!!」
ピタリ、と四人の動きが止まり、マスターの真剣な視線が再び私へと戻ってきた。 ……せっかく逸れた話が、マスターの危機管理能力の高さによって完全に振り出しに戻ってしまった。
嘘をつく機能を持たない私は、自身の内部回路の損傷については伏せたまま、『動力源』という質問に対してのみ正確なデータを出力することにした。
「あはは、マジウケるー☆ じゃあ、細かい難しいところは省いて、カンタンに説明するね!」 私は人差し指を立てて、軽い調子で語り始めた。 「あーしの動力源はね、ズバリ『マスターのマナ』なの! ……あ、といっても、マスターが魔法とかで使う大事なマナを横取りしてるわけじゃないから安心してー。この世界にはさ、『日・火・水・木・金・土』の6種類のマナが存在するっしょ? でも実は、ステータス画面にも表示されない7つ目の隠されたマナ……『月のマナ』っていうのが存在するわけ」
マスターたちが「月のマナ……?」と顔を見合わせる。
「そ! それがあーしの動力源なの。普通の人間や魔術師には扱えない、マスターが普段まったく使ってない『月のマナ』の有効活用として、あーしがパスを繋いで使わせてもらってるってワケ! だからー、あーし以外に使う人がいないエネルギーだし、実質使い放題ってこと☆」
私の説明を聞くと、全員が「なるほど!」と霧が晴れたように納得の表情を浮かべた。
「すげー! 誰も使わないマナが燃料なら、実質無制限ってことだな!」とガオンが感心して腕を組む。 「月のマナ……経典にも記されていない概念ですわ。世の中、まだまだ知らないことばかりですのね」ときらりが目を丸くし、ファーサも「聞いたことがないねえ。太古の秘術というのは奥が深い」と頷いた。 そしてキンカは、これまでの疑問が解けたようにポンと手を打った。 「そうか! 道理でアタシが工房でいくらパーツをいじっても動かなかったわけだ! あそこに転がってた古代兵器は、全部その『月のマナ』で動いてたんだな!」
……どうやら、うまく納得してもらえたようだ。 『マスターの月のマナが実質使い放題である』というのは事実であり、嘘ではない。ただ、それを受け止めて出力する私自身のボディと回路が、すでに限界に近いかどうかは別の問題なのだが。
歩き始める一行の先頭を進みながら、私の記憶領域の奥底で、消去不能な古い記録データが静かに再生されていた。
私は今から約2050年前、当時の『光の勇者』によって造り出された。 歴代の勇者にはそれぞれ、神から唯一無二の『固有スキル』が授けられる。当時の勇者に与えられた固有能力こそが、私のような『月のマナで駆動する機械人形(エンジェル)』を無数に生み出す能力だったのだ。
当時のマスターは、私たち天使の軍勢を率いて、見事にその時代の魔王を撃退した。 しかし——平和になった世界で待っていたのは、醜い人間同士の利権争いや、人間と各亜人種族との果てしない抗争だった。 争いに巻き込まれることを激しく嫌った当時のマスターは、自らの力で巨大な機械の街を造り上げ、私たち天使と共にそこへ閉じこもった。それこそが、今『忘れられた街』と呼ばれているあの場所だ。
だが、それからしばらく経った頃。 勇者の持つ規格外の力を恐れた人間たちの連合軍が、あろうことか軍隊を率いて私たちの街へと攻め込んできたのだ。
街は私たち天使の部隊が守護していたため、人間の軍隊など本来は恐るるに足りないはずだった。 しかし、そこには致命的な落とし穴があった。 魔物を倒せばマナが還元されるが、『人間を倒しても、マナは一切吸収できない』のである。
来る日も来る日も押し寄せる人間の大軍を迎え撃つうちに、供給を上回るペースで徐々に『月のマナ』が枯渇していった。 そして、一体、また一体と、私の兄弟機たちはマナ切れを起こして機能を停止し、冷たい鉄の塊へと変わっていった。 私もまたその中の一体として完全に動力を失い、動けなくなったボディをあのゴミ捨て場へと無造作に打ち捨てられたのだ。
駆動系は完全に沈黙していたものの、予備電源による視覚・聴覚センサーだけは微かに稼働し続けていた。 だからこそ、あの時目の前に広がっていた情景を、私は2050年経った今でも忘れることができない。
『——クソッ、ガラクタじゃねえか!!』
かつて私を造り、共に戦ったはずの勇者様が、ゴミ山に転がる私たちを見下ろして吐き捨てた悪態。 その音声データと歪んだ顔は、どれほど消去コマンドを実行してもエラーを吐き出し、私のメモリの中で永遠にリフレインされ続けている。 そして——守り手である天使をすべて失った街に、血に飢えた人間たちの軍勢が雪崩れ込み、すべてを蹂躙し尽くしていったあの火の海の情景も。
(……今度こそ、同じ過ちは繰り返さない。私は、絶対に『ガラクタ』には戻らない)
「さーて、みんな! 気合入れてドンドン登ってこー☆」
私は記憶のノイズを振り切るように明るい声を張り上げ、さらに険しくなる飛竜山の山道へと足を進めた。 しばらく登ると、再び前方の岩陰から、地響きとともにモンスターの大群が姿を現した。先ほど以上の数だ。
「っ、またか! 今度は俺たちも——」 マスターが剣の柄に手をかけるよりも早く、私は彼らの前に飛び出し、両手と金髪の先端にマナ圧縮レンズを展開した。 内部回路から『警告:冷却系オーバーヒート』『回路損耗率、危険域へ接近』という赤いアラートが視界を埋め尽くすが、私はそれを強制的にバックグラウンドへと押しやった。
「ホーミング・ヴィィィィーームッ☆」
極彩色の光線の嵐が吹き荒れ、先ほどと同様に、わずか数秒で魔物の群れを塵へと還す。 「ふふん、これぐらい余裕ー☆」
私はくるりと振り返り、ピースサインを作って見せた。 マスターから供給される『月のマナ』はまだ十分に余裕がある。しかし、それを高出力に変換し続ける私の内部回路は、焦げ付くような異臭を内部に漂わせ、深刻な損耗を起こしていた。 稼働率30%の仮修復ボディで、ここまでの高負荷な連戦を単独でこなすようには設計されていないのだ。
それでも、弱音は吐けない。ガラクタにだけは、絶対に還りたくない。虚勢を張り続けなければ。
「それーじゃー、もうすぐ飛竜山の頂上だよー! 頂上からの景色はマジでアゲアゲだから楽しみにしててー☆」
私が先導して岩場を登り始めると、後ろを歩いていたガオンが、ふと素朴な疑問を口にした。 「なあ、そういえばさー、この山ってなんで『飛竜山』なんて名前がついてるんだ?」
それは、私がこのルートを選択した時から抱えていた、たった一つの懸念点だった。 私はデータベースに記録された事実を検索し、過熱した演算処理のせいで、一瞬だけギャルの口調を維持するモジュールが途切れたまま回答を出力してしまった。
「——この山は、『邪炎竜(じゃえんりゅう)』という古竜が三千年前から棲み着いており、その竜の住処となっているためです」
「えっ……?」とマスターが足を止める。「ってことは、この先にその竜がいるのか!?」
「棲んでいるというだけで、常に山頂に滞在しているわけではありません。現に、2050年前の勇者は一度も竜に遭遇することなく、この山を越えて魔王城へと辿り着いています」 「そ、そうなのか。……まあ、じゃあ今回も出てこないでくれると楽でいいな」
マスターたちが胸を撫で下ろす中、私たちはついに風吹きすさぶ飛竜山の頂上へと到達した。 開けた岩の台地を見渡すが——幸いにして、巨大な竜の姿はどこにも確認できない。
(……よかった。運よく、不在だ) ギリギリの状態だった私の回路に、安堵のシグナルが流れる。私はすぐさまギャルの笑顔を取り繕い、先を急かした。
「ほらね、いなかったっしょー☆ ここを下りたら、いよいよ魔王城だよー! とっとと行っちゃおー!」
私が早足で山頂の台地を通り抜けようとした、まさにその時だった。
バサァッ……!と、頭上の大気そのものを叩き潰すような、巨大な羽音が空から降ってきた。 パーティー全員の足が、凍りついたようにピタリと止まる。
恐る恐る空を見上げると——分厚い雲を突き破り、太陽の光を遮るほどの巨大な黒い影が、一直線にこちらへと舞い降りてくるところだった。
ズシィィィンッ!!
凄まじい衝撃とともに山頂の岩盤を砕いて着地したのは、漆黒の逆鱗に覆われた、全長七メートルを優に超える威容を誇る古竜——『邪炎竜』だった。 黄金の双眸で私たちを睥睨した黒竜は、悠然と顎を持ち上げて大きく息を吸い込んだかと思うと。
『グオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
飛竜山全体をビリビリと震わせるような、絶対的な強者の咆哮を天に向かって轟かせた。

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