馬鹿

最近知的障害にも色々種類があり
知能が一般より足りない人はいろいろ病名をもらえるようになった
別に病名をもらう=障害者手帳をもらえるわけではないが
自分の無能さを病気の所為にできるので
一定数の人は病気になりたがっているようだ

自分もその一人のわけなのだが
小さい頃は本当に自分は馬鹿だったと思う
知的障害があったのでは今でも疑っている

だが今となって改めて知的障害を捜そうとは思わない
なぜなら探してもなんの意味もないからだ
仮に自分に今から知的障害が見つかったとして
何ができるわけではない
無能な自分に理由ができても
何も安心できない
もちろん障害者手帳がもらえるレベルであればうれしいが
そうでなければここ一番のときに自分に自信が持てず苦労するだけだ

自分になんの才能もないことはわかっているが
何があろうと今後もひたすらがんばるしかない
人性はそういうものだと思う

しかし子供の頃に知的障害があることを伝えられたらどうだろうか
本当にがんばって努力ができるだろうか
自分は無能だとあきらめてしまうのではないだろうか
現在の何でも病名をつける傾向は未来を消してしまうことになったしまう気がしてならない

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