公明党

公明党というえば創価学会を支持母体にして政治団体である
ある程度以上の年齢の方であれば常識でありますが
若い方ですとそのことを知らない人も多いかと思います
そこに漬け込んで創価学会のかたは
学生などを使って選挙運動をよくやっている

政宗分離といって一方的に公明党を否定するつもりはないが
はっきり言って創価学会の人間があほみたいに声をかけてくるのが
非常にむかつくので公明党が嫌いだ、
そもそも公明党は出馬数自体少なく野党でずっといようとするのが嫌いだ
世間的に見ても創価学会以外の人間は公明党を嫌っている人が非常に多いが
文句を言っているばかりで具体的にそれをとめようとしてる人は少ない
なので自分はそれをとめるためにひとつ記事を書いてみようと思う

ここでよくこういったことをするときに創価学会の人を論破するような内容を書く人が多いが
それはあまりうまいやり方ではない
なぜなら、創価学会の人たちは人の話を一切きこうとしないからだ
公明党にとってどんな不利な話をしたとしても
まったく聞かずに彼らの反論を一方的に話してくることだ
また、彼らは基本的に一人で動かず、
多対1で動いているので数の暴力にもまともにいけばかなり苦戦するだろう
そもそも一人論破したところで、そんなことにはあまり意味がない

では具体的にどうすればいいかというと
結論から言うと投票率を上げればいいのだ
公明党は選挙活動を行ってるとはいっても
実際に投票している大半は創価学会員がほとんどで
得票数は一定数となっている
それに対して現在日本の投票率は非常に下がっている
つまり、相対的に公明党に有利な状況なわけだ
例えば公明党が常に10%の得票率があるところで
全体の投票率が50%であれば
1/5、つまり20%の得票率が約束されているが
仮に投票率が805であれば
1/8,つまり12.5%まで得票率を下げることが出来るのだ

これはそんなに難しい話でなく
周りで投票していない人がいればこの話をすればいいのだ
目的の党を受からすのは大変だが
目的の党を落とすにはとにかく乱戦にすればいいのだ

公明党はあきらかに学会員の数から逆算して出馬数を決めているので
投票率が高まることによって簡単に議席数を減らすことができるのだ
天気が悪くなると投票率が下がるため
選挙当日に天気が悪くなることを祈っているぐらいだ

ちなみに、昔私が創価学会の人と交友が会ったときには
選挙前後になると電話がやたらかかってきて
選挙日当日には拉致同然に選挙会場までに連れて行ってくれる
勿論、実際投票用紙を書くときに隣にはいられないので
そのときは別の組織名をかくわけだが
そもそも、その用に絡んできて公明党に対していい印象を抱くと思うのだろうか
頭でも書いたように、別に公明党の政治施策にたいして特別嫌悪はない
基本的には貧乏人のための政治でなので公共設備に投資したり
増税などの際に文句をいったりけちをつける
例えば今度の増税に対して部分的に対象をはずすようにも色々働きかけている
それ限定にかんしてはめんどくさいことするなーと思うが
全否定するほどではない
ただ、学会員の非常に不愉快な選挙活動に関して憤慨しており
彼らがむかつくので、絶対に投票したくないというのが本音である

最後にあらためて
公明党を引き摺り下ろしたかったら、投票しに行け

やらせ

たまにいるのだが、TVを見ていてやたらやらせと騒ぐ人
また、実際にやらせが発覚したときに大騒ぎする人

ドキュメンタリー番組、ニュース、ノンフィクションでならまだわからんでもない
だがバラエティでも同じようにわめく人がいる
そもそもTV番組であればどのような番組であっても
絶対に台本が存在する
仮に台本がなかったとしたらそれは
よくわからないだらだらとした学芸会レベルの番組になてしまうだろう
それもわからないでわめくのはガキそのものだ

テレビに限らず例えばプロレスでも
「あれは結局やらせでしょ」みたいなことを言う人がいる
そもそもプレロスはプロモーションレスリングの略で
興行用、みせもののレスリングをさす言葉なのだ
そんな根本もわからずに叫ぶのは自分はバカだと叫ぶようなものだ

そもそも、ショーのような直接自分に関係ないものに対していちいち目くじら立てて
物事を楽しめないのは人生を損している

昔の藤岡博探検隊、ガチンコ、お笑いウルトラクイズなどの台本ありきの番組
をそういった人たちは楽しむことができないのだろう
そしてそういった人たちがふえてきたことによって
そういった名番組の数々は二度とおこなわれることがなくなり
現在のテレビはつまらなくなっている

他にも、マンガや映画やドラマもちょっと現実でありえないシーンや
番組上矛盾が生じたりするたび
鬼の首をとったかのようにギャーギャー攻め立てる
そういったものが現在すべてのエンターテイメントをつまらなくしている

面白いものが見たかったら嘘を楽しめ

保育園

先日保育園を落ちた女性が日本死ねと書いた
ブログをあげたことが非常に話題になっている
正直ブログを運営しているものからすれば
ああして発信した言葉が多くの共感を生むのは非常にうらやましい限りだ

私もあの意見には大賛成で
今の日本は老人のために多くのお金を使い
若者のためにあまり金を使ってないと思う

だがそれ以前に日本が豊かになりすぎているための贅沢病とも思う
昔であれば、準備万端で子供を生む人が圧倒的に少なく
世間の人々の助けをもらうのが当たり前だった
今では考えられないことだが「もらい乳」という
お乳が出にくい家は周りの妊婦におっぱいをもらいに行く風習もあったくらいだ

それに対し現代では自分の世界がほしいために各家族化が進み
親とも同居せずそして頼る人がいないと叫ぶ人もいるくらいだ
国からの支援も勿論必要だが
その前に頼るべきところはいくらでもあるのではないだろうか

とはいっても現代社会では女性が働くのは当たり前
核家族はあたりまえ、何でも家電製品がそろっているのが当たり前
清潔な環境が当たり前、子供は栄養満点が当たり前
と全てを求めている環境が前提となりすぎているところがある

それを贅沢と片付けることも簡単だが、人類も日本も進化している
進化に合わせて生き方を変えていくのが人間は当たり前のことだ
その成長に明らかに政治が追いついていないのが現状だろう

ただある有名な経済学者は豊かな社会には小さな政府がふさわしいといっている
社会が豊かな以上政府では特別手をかさず
民間に頼ることが大事だということだ

そう考えると例の女性も本当に文句を言うべき相手は
政府ではなく、働いている会社に対して文句を言うべきなのかもしれない

今我々がするべきことは、デモ活動でなく
お母さん、にやさしい企業をよりいっそうほめていくことこそが
みんながギスギスしない成長社会への第一歩なのではないだろうか

 

銀行渉外担当竹中治夫 こしのりょう

タイトルの通り銀行渉外担当を漫画化したものです。
半沢直樹、花咲舞が黙ってないなどの銀行ドラマのブームに乗っかった作品です。
正直絵も微妙ですし、話も微妙ですしほとんどお勧めできません。

遺伝子

よくネットだと子供の遺伝子検査は行ったほうが言いというが
あれは本当に適当な発言なのだと思う

というのも、大体近い遺伝子の子供であれば間違いなく顔が似ているからだ
そもそも遺伝子検査などしていなくても
明らかに特徴を遺伝しているから普通の人は
いちいち検査などしなくても自分の子供だと確信がもてるのだ
正直言って自分の直接の子供でなくても
顔つきを見れば大体にているくらいである

正直言ってそれでもわからないというのであればネタでなく自分の子供でないのであろう
検査を舌先に待つのは地獄だけだ

ぶりっ子

私は男なのだがぶりっ子というのは傍で見ているには非常にいいものだと思うが
実際にからむとなると非常にめんどくさい存在だと思っている

好みは人それぞれで、ぶりっ子がストライクの人もいれば
ぶりっ子に嫌悪をもつ男性もいる
私のように見るのはいいが絡むのは矢だという人もよくきく

私が実際に絡むのが嫌いな理由は
ぶりっ子を演じている人の大体は単純に甘えるため
男を利用してやろうという人がほとんどだからだ
実際になにかの共同作業をすることになった場合
大体において足手まといになる
一人がサボるだけなのならば問題ないのだが
時として周りにとりまきをつれてサボるため
大幅に作業効率がさがるのだ

また、ぶりっ子が好きな男はだいたい
そのぶりっ子の信者のように言いなりになるタイプが多く
なにか、そのぶりっ子と反目することになったときに
姫を守れとばかりに牙をむいてくる
そしてそのときにぶりっ子は自分はそもそも争っていない
とりまきがとあなたが勝手に争っているというポジションに立とうとする
もしくは反目している相手を説得しようとするのではなく
なぜか第三者を味方につけようと動き出す
この第三者に立ったときもやたらうっとうしく動いてくるのでわずらわしい

このように直接絡むのはいやなために
私はそういう人間をみたらとにかく絡まないようにする
絡むときも最小限にし、肯定も否定も一切せずに
意見を聞かれたときはわからないと回答するようにする
こうすることで最近はこういった人間と絡まずにすむようになった

と、ここまでぼろくそに書いたが別に自分はぶりっ子の人間をいなくなれとは思わない
うまく生きていくための知恵をつけ、たちまわる非常に面白い人だと思うので
遠巻きから観察するのは好きだ

だが、こと女性側になると
ぶりっ子はほぼ100%嫌われるという不思議な現象がある
そして女性になぜそういう人が嫌いなのかと聞くと
明確な回答は持っていない

先に書いたようにぶりっ子は女性の賢い生き方のひとつだと思う
確かに男性によっては嫌われてしまったり
評価を下げることになるといっても
かなりの多くの人に有効な生き方といえるだろう
うらやましいから嫌いなのか
本能的に嫌いなのか果たして女性の心はいかがなものであろう

同じ意見

たまにいるのだが、周りが自分と同じ意見でないと気がすまない人がいる

例えば味噌ラーメンが好きな人がいて、周りに塩ラーメン好きがいた場合
まるで親の仇かのように塩ラーメンをたたき出す
更に塩ラーメンが好きな人の人格までも否定しだす
まるでこの世にラーメンの絶対的正解があるかのように振舞う
当たり前の話だがラーメンに正解がないのは当たり前なのに

例え話でラーメンを出したが、はっきり言って世の中のもので
正解があるものより、正解がないもののほうが圧倒的に多いのに
そこを勘違いしている人がなぜかほどほどにいる

見ているとそういうタイプには二種類いて
絶対的に自分に自信がある人と
自信があまりなく自分を誇示したいタイプがいる

絶対的に自信があるタイプは自分の一押しの意見にたいして
かなりの理論武装がなされているので
変に口を挟まないほうが無難なタイプだ

もうひとつの自分に自身がないタイプは
理論武装がほとんどされていないが
反論するとむちゃくちゃに言ってくるので
やはりこれも余計な口を挟まないほうがいい

どちらにせよこういうタイプに口を挟むと面倒なことになる

自分は逆に周りの意見が自分と違うことを楽しむタイプなので
このタイプと一緒にいるときよくイヤミを言っているように捕らえられてしまうので困る
相手の意見と違うのに相手の意見を認めたうえで
自分の意見も正しいと主張すると
相手からはまったくこういう行動が理解されない
ひどいときには口だけ人間扱いをされる

十人十色なのにね・・・・

ハイヒールの雑学

3月15日は靴の日です。以前もやりましたが本日は靴の雑学を

ハイヒールはくそを踏まないように作られた

ハイヒールは現在女性のファッションの一部として非常に有名な靴ですが
その原型は1600年代フランスで道に落ちているくそをよけるために作られました
当時の西洋の主な交通手段は馬だったため
道には馬糞が散らばっておりました
また、それ以外も生活ゴミを道に捨てうことが多かったため
足元にはごみが散乱していました
そこで発明されたのがハイヒールです。

ヘウレーカ 岩明均

寄生獣の岩秋先生の歴史マンガです。
シラクサ包囲と呼ばれるローマ軍との戦いにおいて
鏡を使いローマ軍の軍船を燃やし追い返したとした逸話を基にした話を舞台にした
歴史戦争もの作品となります。
歴史的な考証はほぼ滅茶苦茶なフィクションとして受け止めてください。

この話のメインになっている「アルキメデスの熱光線」ですが
(マンガではダミッポスという青年がやっていますが)
これは色々な実験がなされていますが、一般的には
まずありえない事象のようです。

歴史考証うるさい方はお勧めできない作品ですが
一般的な戦争物として1巻でまとまったおもしろい話です。

ラーメン二郎

2ちゃんなどのコピペで有名なラーメン二郎
人生で一度だけ食べてみたことがあるのだが
世間の評判で豚の餌と呼ばれるだけあって
なかなか不味い食べ物だった
濃すぎるスープ、伸びきったような麺
おそらく人生でもう一度食べに行くことはないだろう
当然完食できず、半分以上残ったラーメンをカウンターの上におくのはきつかった・・・・・

世の中にあれをありがたがる人間がいるのが本当にわからない

エスカレーターの雑学

3月8日はエスカレーターの日ですのでエスカレーターの雑学を

エスカレーターの踏み板に縦の溝があるのは巻き込み防止のため

エスカレータの踏み板には必ず縦に溝はいっていると思います
滑り止めということ考えれば横に溝が入っているはずなのに縦に溝が入っています
溝が入っている理由というのは滑り止めでなく
巻き込み口への巻き込み防止を目的としてつくられており
巻き込み口側に櫛歯がついており
溝を作ることにより巻きこまれる可能性がある隙間を小さくしています。
小さいところに驚きの技術です

ere

男女平等

よく世の中に男女平等を訴える人がいる
国や地域によっても一概に言える話ではなく
例えばインドなどのように女性の人権がほぼ認められてない国であれば
必要な思想ではあるかと思うが
現在の日本のように、ある一定上の法整備がされている国では
今更騒ぐ話ではないと思う
よくある先進国で言われる男女平等といえば
・会社役職者の女性割合を一定以上に
・政治家の女性割合を一定以上に
・女性の積極採用を
などといわれているが
現在の日本では女性の労働を制限するような仕組みは特になく
実際能力のある人は男女問わずにチャンスが与えられている
それを無理やり操作すると逆差別が起きてしまう危険性があるので
現状以上には男女平等は言わないほうがいいと思う
ネットでこの手の話をすると
女性のほうが劣っているから仕方ないという人が多いが
優劣の話ではなく男性と女性は違う生き物なのだ
例えば国が違っても男女の考え方の違いをいうことわざは多い
これはどんな国や文化であっても男性と女性は違う生き物であることをあらわしていると思う

優劣の話で言えば個々の能力差は間違いなく特性がある
例えば一般的な能力でいえば
男性はシングルタスクに特化しており
女性はマルチタスクに特化している

細かな日常でも男性は細かいところに気が付かず
女性は細かいところを気にする人が多い

どちらが優れているという話でなく
ただただ違う生き物なのだ
それを男女平等と同じ生き物として扱うこと自体が間違っているのだ

あとそもそも男女は競うためでなく、協力するためにいるのだ

Dr.NOGUCHI 新解釈の野口英世物語 むつ 利之

第三野球部のむつ先生による偉人伝です
いわずとしれた梅毒治療のきっかけをつくった偉人野口英世の歴史を
ほぼノンフィクションで描いています。
また、途中で打ち切られることなく続いているため
実際の野口英世人生がしっかりと書かれていますが
こういった偉人伝らしくかなり聖人として描かれているため
節々でちょっと人物描写に無理があったり、理解できないシーンがあります。

世間的には野口英世といえば幼き子頃におった
手の事故というハンディキャップを乗り越えて
世界的研究家になりあがった人物といわれており
ひたむきな人物像がイメージで強いと思われていますが

実際には自己顕示欲の強い金遣いが荒く、
思い込みの激しい人間だったといわれています。

野口英世が飲んだくれるシーンが多々描かれていますが
その中で借金まみれだった描写はほとんどありませんでした

特に見所としては
野口英世が若い頃に偶然であったフレクスナーというアメリカの研究家が
社交辞令でアメリカにきたら一緒に研究しようという言葉を真に受けて
実際にアメリカにいってしまうが
当然社交事例ないのでフレクスナーは野口のことすら覚えていないというエピソード

野口が日本の研究所で働いているときに
酒代ほしさに研究所所有の非常に高価な研究書を売りとばす話

野口が遊郭に入り浸る話

こちらがなかなか面白く描かれています

まさに新解釈に偽りなしです。

 

 

RomsenSaGa ゴッボ☆マサル

王道ファンタジー設定の世界を舞台にして
その世界に住む様々な人々を取り上げています。

正直表紙で釣っているだけで
話はかなりおもしろくありません
最近の流行かもしれませんが
キャラクターがどれも薄くておもしろくありません。

まったくお勧めできない作品です。

当然ですがロマンシングサガとは何の関係もありません

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履歴書

よくネットを見ていると
履歴書をいまだに手書きをよしとするのは悪しき風習だと書いてある
こういうことを見ると笑ってしまう

この他にも、履歴書には何を書いたほうがいい
履歴書は大学指定のもののほうが有利だ
写真は写真館でとったほうがいいも
等色々なことが好き勝手言われている

こういう細かいことを見ているとそもそも履歴書が
なんなのかわかってない人が多く
そういう人に限ってあれやこれや言っているなと思う

昔人事の仕事をしていて、周りの会社の人事の人とも話したことがあるが
その結論として、履歴書は必要最低限のことが記載されて、
その内容が正しければ別になんだって問題ない
はっきり言って人事の人間は履歴書をちゃんと読んでいない

間違ったことやおかしなことが書いてなければ
基本は面接の印象を第一優先にする
別に履歴書が手書きだろうが、PCを使っていようが気にしない

ただ、非常に募集が多い会社の人事は派遣を雇って
履歴書の誤字脱字チェックを行って
誤字脱字があった履歴書を一律で不合格にしたり
募集要項で手書きのみに絞ったりしている
考えてほしい、なぜそんなことをするのかと
なぜ、全員を面接しないのかと

答えは簡単で、全員とあっている時間がないからだ
特に役職が上ほど仕事の時間が貴重になる
だから面接を何段階もして最終決定者の時間を無駄にしないようにしている

また、よく書かれているのを見るのが
日本は減点方で落としていくから天才が生まれないと
こういっている人間もやはり面接の本質がわかっていない

面接が減点方か加点方なのかはその面接をしている人の立場による
最終決定者以外の面接菅の仕事は上の人間に無駄な時間を使わせないように
見込みのない人間を切り落とすのと
最終決定者が地会おう可能な人数まで絞り込むことが目的である
そのように絞り込む場合は、減点方のほうが効率がいいのだ

逆に最終決定者は採用者を決定し
その人間の結果に対して責任を持たなければいけないのだから
一番きにいった人間をえらぶのだ
このことを理解しないで面接に挑んでいる人間が非常に多い

さて最初に話が戻るが
履歴書の色々言われていることだが
対してライバルのいない環境でなら基本は適当で問題ない
写真だってスピード写真でも問題ない
ただ、ライバルが非常に多い会社であれば
少しでもライバルに勝つためにちょっとでも有利に運ぶように考えなければいけない
履歴書を手書きで書いて熱意をアピールするのも手段のひとつだ
履歴書のテンプレートなんかは何でもいいが
少しでも自分がアピールしたいことを書ける欄があったほうがいいだろう
写真も少しでも印象よく見えるようにきれいにとるところでとったほうがいいだろう
そういうことの積み重ねが最終的な結果をわけるのだ

昔自分が面接官をしているときに
職務経歴書を特別持ち物として指示していなかったのだが
中途の人間であれば、アピールするために
皆持ってくるのだが、ある時持ってこない人がいて
なぜ持ってこないのか聞いてみたところ
指示がなかったのでと回答が来た
その後面接で過去の職務経歴に質問したのだがろくすっぽ回答できていなかった
ああ、駄目なやつは何やってもだめだなーと感じた

と色々書いてきたが
タイムマシンがあったら、学生時代の自分にこのことを教えてやりたい・・・・・・