第1章:黄金に憑かれた街と、拾った命

ネオンは退廃を、排ガスは金粉の匂いを運んでくる。ゴールド・スクラップは、金が支配し、欲望が火花を散らす無法の街だ。俺、キリはここで殺し屋を営んでいる。

今日の獲物は「ビッグ・ジョー」。いつものように仕事を片付け、廃墟の裏路地を歩いていた時だ。

血と錆の匂いに混じって、微かな生命の匂いがした。

スクラップの山を蹴散らすと、そこにいたのは、少年だった。十歳にも満たないように見える、痩せた、不思議なほど整った顔立ち。ボロボロの服を着て、手には小さな黄金の弾丸を握りしめていた。

「おい、こんなところで何してる」

俺の殺気を帯びた声に、少年は怯えることもなく、ただ俺を見上げた。その瞳は、この街のネオンよりも、もっと深く、寂しい光を宿していた。

「…寒い」

その一言に、なぜか俺の足は動かなかった。殺し屋稼業で硬く冷え切ったはずの心臓の奥が、微かに脈打った気がした。

俺は舌打ちし、少年を抱き上げた。驚くほど軽かった。

「ちっ。運が悪かったな、ガキ」

俺は少年をアジトに連れ帰った。名を尋ねると、少年は**「リオン」**と答えた。

リオンとの生活は、殺伐とした俺の日々を一変させた。

彼は決して成長しないようだった。数週間経っても、体格は変わらず、常に飢えているようだった。そして何より、リオンは**「死」**を理解していないようだった。

「キリ、あれは何で動かなくなったの?」

ある日、俺が仕事を終えて戻ると、リオンは俺が撃ち殺した裏切り者の写真をじっと見つめていた。

「あれは死んだ。この世界から消えたんだ」

「…消えた?」リオンは首を傾げた。「僕も、いつか消えるの?」

俺はリオンの頭を乱暴に撫でた。

「お前は消えさせねぇよ。俺が守ってやる。その代わり、この街では、金を稼ぐ者が、生き残るってことを覚えとけ」

俺はリオンのために、金を稼いだ。それは生活費というより、リオンの存在をこの街に繋ぎ止めるための杭のようなものだった。


第2章:崩壊する現実と、リオンの秘密

リオンを拾って半年が経った頃、異変は始まった。

廃墟ビルの窓が、突然青いポリゴンとなって砕け散り、すぐに元に戻る。俺の視界に**【SYSTEM WARNING: Low Gold Reserve. Upgrade Required.】**という文字が一瞬表示される。

現実が、プログラムのエラーのように揺らぎ始めたのだ。

俺は混乱した。しかし、リオンは違った。

ある晩、リオンが眠っているかと思い、そっと様子を見に行った時、俺は衝撃的な光景を目撃した。

リオンの身体から、半透明のコードのようなものが伸び、部屋の壁に張られた古い配線に接続されていたのだ。そして、リオンの周囲には、無数の数値が浮かんでいた。

【LIAM: Status-Unchanged. Age-Fixed. EXP-Accumulating.】

そして、最も目を疑ったのは、リオンの胸元だった。服がはだけて見えたその肌には、幼いながらも女性的な輪郭があり、その中央には、小さな黄金のペンダントが埋め込まれていた。

リオンは少年ではなかった。そして、不老の、システムの核のような存在だった。

俺が物音を立てると、コードは瞬時に消え、リオンは目を開けた。

「…キリ?」

「お前は、誰なんだ」俺はアトラスを抜き、リオンに向けた。

リオンは静かに答えた。

「私は、リオン。この街の、管理者(アドミニストレーター)…でした」


第3章:ゲームの終焉と、真実の解放

リオンは全てを語った。

ここは**『ゴールデン・スクラップ・サバイバル』**という名のVRデスゲーム。プレイヤーは金のために殺し合う。

リオン、本来の名はリアム。現実世界では、このゲームの開発責任者の娘だった。幼い頃に難病で余命いくばくもなく、父は彼女の意識を永遠に生きられるゲーム世界のコアプログラムに移植した。

「父は、私を永遠に生かすために、この狂った世界を作った。私は、この世界が崩壊しないように、常にエネルギーを注入し続けていました。私が成長しないのは、私のプログラムが、成長しないようにロックされているからです」

そして、俺の周りで起きているバグの原因も、リオンだった。

「あなたが、私を拾ってくれた。孤独だった私の**『感情』**が、システムの制御を超えて、現実世界(父)へのSOSを発し始めているんです。だから、バグが起きる」

リオンは握っていた黄金の弾丸を差し出した。それは、システムからの強制ログアウトキーだった。

「これを使えば、あなたは現実に戻れます。私も、この世界とリンクを解除し、意識だけは現実の肉体に戻れるかもしれない。でも、この世界は終わります」

俺は絶句した。俺の生きた日々、殺し屋としての矜持、そしてリオンを育んだヒューマンな感情。全てが、ゲームの中の出来事だった。だが、リオンへの情は、間違いなく本物だった。

「…この街が、終わるのか」

「ええ。ですが、誰も悲しみません。彼らはまた、新しいゲームにログインするだけです」

リオンは俺を現実に戻すことで、自分もゲームの鎖から解放されようとしていた。それは、この狂った世界で得た、俺とリオンのささやかな家族の結末だった。

俺はアトラスを下ろし、黄金の弾丸を受け取った。

「…行くぞ、リオン。このクソゲーを終わらせる」

俺はリオンの頭を撫でた。

「俺が見つけて、育てたんだ。最後まで責任を持つ。現実でも、俺の娘になれ」

リオンは初めて、心からの涙を流した。

俺は弾丸を、アトラスのシリンダーに装填した。


エピローグ

パンッ!

その瞬間、世界はホワイトアウトした。

白い、人工的な光。消毒液の匂い。

キリは目を開けた。そこは病院の集中治療室。酸素マスクを外され、彼の隣には、同じようにチューブが外された**リオン(リアム)**が横たわっていた。彼女の顔には、幼い頃の面影があるが、成長の兆しが見えていた。システムの呪縛から解き放たれた証だ。

看護師が安堵の声を上げた。

「リオンちゃんも、あなたも、意識が安定しました。ゲームの影響はもうありません」

リアムは弱々しく、キリの手を握った。

「キリ…ここが、現実…」

「ああ、そうだ。つまらないほど、静かな世界だ」

キリは笑った。殺し屋の笑みではない、穏やかなものだった。

その時、病室のドアが開き、疲弊しきった一人の男が入ってきた。リアムの父、ゲームの開発責任者だ。

「リアム!生きて…」

男は娘に駆け寄ろうとしたが、キリは手を広げて遮った。

「あんたのクソゲーのおかげで、俺は現実の家族を得た」

キリはリアムの手を握りしめた。

「俺は、この子を育てる。現実でな。もう誰も、ゲームの金のために、この子を孤独にさせたりしない」

キリは、現実で初めて、自分の役割を見つけた。それは、殺し屋でも、プレイヤーでもない。

リアムの父親になることだ。

リアムは微笑んだ。その瞳には、ネオンの光ではなく、穏やかな愛が宿っていた。

ゴールド・スクラップの鉄槌は、現実ではなく、ゲームの世界に打ち下ろされ、それは静かに、二人の新たな現実の始まりを告げていた。