葦原中国の禊祓 ある記者の手記

【第1章: その日、色が消えた】

今でも、あの日の国会議事堂の匂いを覚えている。 古い絨毯の埃っぽさと、政治家たちが纏う高価なコロン。そして、それらをすべて塗りつぶした、鉄錆のような血の匂い。

あの日、私は入社3年目の新人として、国会開会式の取材エリアにいた。 退屈な儀式だと思っていた。天皇陛下のお言葉があり、いつものように政治家が眠そうな顔で並び、私たちはそれをテンプレート通りに報じる。そのはずだった。

「私は、日本を生まれ変わらせるものである」

その声が響いた時、私はカメラのモニター越しに彼を見た。 白と赤の覆面。漆黒のスーツ。 漫画のキャラクターのような出で立ちなのに、笑いなんて起きなかった。彼の纏う空気が、あまりにも冷たく、鋭利だったからだ。

目の前で、大物議員が「モノ」のように両断された時、私は悲鳴すら上げられなかった。 先輩カメラマンが腰を抜かし、私はただ震える手でボイスレコーダーを握りしめていた。 「職務を全うする君に恨みはない」 彼が警備員に言った言葉が、私の耳に焼き付いている。 彼は狂人ではない。あまりにも論理的な、暴力装置だった。

【第2章: 言葉が死んだ日】

事件から数日後、私は自分の仕事が怖くなった。 「ヤマトタケル」――彼がそう名乗った後、ワイドショーは過熱した。 局の上層部は「視聴率が取れる」と息巻き、先輩たちはこぞって彼を「卑劣なテロリスト」と断じた。

ある先輩ディレクターが私に言った。 「玲奈、もっと遺族の悲しみを煽るような映像を取ってこい。あいつはただの殺人鬼だ、叩けば叩くほど数字になる」

でも、その先輩はもういない。 あのスタジオでの惨劇。生放送中、私の所属する局の看板キャスターと、会長の首が晒された日。 私はサブ調整室で、モニター越しにそれを見ていた。 会長の横領、キャスターの裏の顔。ヤマトタケルが淡々と読み上げる罪状は、私たちが薄々勘づきながらも「業界のタブー」として見ないふりをしてきたことばかりだった。

キャスターの体が両断された瞬間、サブ調整室は静まり返った。誰かが嘔吐する音が響いた。 その日を境に、私たちの報道は死んだ。 誰も彼を批判しない。いや、できない。 「ペンは剣よりも強し」なんて嘘だ。圧倒的な暴力の前では、言葉など無力だった。

【第3章: 静寂のXデー】

一か月後の「Xデー」。私は防弾ベストを着て、国会前のプレスエリアにいた。 自衛隊、CIA、あらゆる武力が彼一人を殺すために集結していた。 「勝てるわけがない」 誰もがそう思っていた。これだけの戦力差だ、ヤマトタケルはハチの巣になるはずだと。

でも、違った。 銃声が止み、硝煙が晴れた時、そこに立っていたのは無傷の彼だった。 まるで神話を見ているようだった。彼は人間じゃない。この国が産み落とした、巨大な「自浄作用」そのものなのだと悟った。

逃げ遅れた議員たちの首が転がった時、私はもう恐怖を感じなくなっていた。 ただ、圧倒されていた。 「敵前逃亡は死罪」 その理屈が、今の日本で唯一の「法律」になってしまった瞬間を目撃した。

【第4章: 漂白された選挙】

その後の解散総選挙は、異様だった。 街宣車が名前を連呼することはない。握手回りもない。 既存の政治家は全員逃げ出した。立候補したのは、本当に国を変えたいと願う理想家か、状況が読めない愚か者だけ。

私は街頭インタビューをしたけれど、国民の目は死んでいた。 「誰でもいいから、ヤマトタケル様が怒らない人を選んでくれ」 ある主婦が、小さな声でそう言ったのが印象的だった。 熱狂なき投票。生存のためのマークシート記入。

そして新生国会。 定数が十分の一になった議場は、ガランとしていて、寒々しかった。 そこで行われた最後の「選別」。 私の目の前で、また数人の議員が倒れた。 「ふさわしくなかった」 その一言で片づけられる命。残った議員たちの、安堵と恐怖が入り混じった表情。 彼らはもう、私腹を肥やすことはないだろう。国民のために死に物狂いで働くだろう。 ……殺されないために。

【第5章: 綺麗な水の中で】

あれから一年。 日本は変わった。信じられないほど、美しくなった。

私が書く記事に、「汚職」「癒着」「隠蔽」という文字はもう出てこない。 政治はガラス張り。経済界もクリーンそのもの。 あの「裏ランキング番組」でフィクサーたちが一掃されてから、企業のパワハラもセクハラも激減した。

今日、私は街を歩いていた。 ゴミ一つ落ちていない歩道。クラクションの鳴らない交差点。 すれ違う人々は皆、穏やかな顔をしている。 でも、その目はどこか遠くを見ている。

誰も声を荒げない。誰も本音を言わない。 少しでも道を踏み外せば――例えば、脱税したり、人を騙したりすれば――どこからともなく「彼」が現れて、断罪されるかもしれない。 そんな都市伝説のような恐怖が、この国のモラルを完璧に統制している。

かつて私が追いかけていた、泥臭いスクープ。 政治家の密会現場、企業の裏帳簿、夜の街の喧噪。 それらは「汚れ」だった。でも、そこには確かに「人間」がいた。欲望にまみれ、浅ましく、でも必死に生きる人間たちの熱気があった。

今はどうだ。 ここは無菌室だ。あまりにも空気が綺麗すぎて、息をするたびに肺が痛くなる。 私たちは、清潔で、安全で、そして退屈な檻の中で、長生きするためだけに生きているようだ。

ふと、空を見上げる。 かつてないほど澄み渡った青空。 ヤマトタケル。あなたは今、どこで見ているの? あなたの作ったこの国は、本当に天国ですか? それとも、綺麗な地獄ですか?

私はペンを握る。書くべき事件は何もない。 ただ、この息苦しさだけを、手記として残そうと思う。 いつかまた、人間が人間らしく過ちを犯せる時代が来ることを、少しだけ祈りながら。

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