第6章:静寂の中のノイズ
ゲームセンター「ゴールド・ラッシュ」での生活は、表面的には平穏だった。キリは用心棒として、リアムは店の「看板娘」として、元プレイヤーたちと協力し、現実での生活を築いていた。リアムは成長を続け、キリは初めて、銃声のない日々がもたらす心の安寧を知りつつあった。
しかし、キリの感覚は、静寂の中に微かなノイズを拾い続けていた。
- ある日、リアムの通学路で見かけた電柱の影が、一瞬だけ青い格子状の模様を帯びて消えた。
- キリが警備中に激しい頭痛に襲われた際、視界の隅に**【NEW OBJECTIVE: Assimilate into Reality】**という、見慣れないメッセージが浮かび上がった。
- 最も決定的なのは、リアムの父親、開発責任者だった男だ。彼はリアムが目覚めて以来、常に憔悴しきっており、ある日、キリにこう打ち明けた。
「キリさん…私は、リアムを救えなかったのかもしれない。あのゲームからログアウトできたのは、あなたとリアムの意識だけだ。我々の肉体は…まだあのVRポッドの中にあるのかもしれない」
男の目には、深い恐怖があった。彼は、この**「現実」の世界を、まるで『ゴールデン・スクラップ・サバイバル』**よりも精巧に作られた、第二の仮想現実ではないかと疑い始めていたのだ。
キリは耳を疑った。あの死闘をくぐり抜け、ようやく手に入れた現実、リアムとの新しい生活が、またしても偽物だというのか?
「冗談はよせ」キリは男の襟首を掴んだ。「リアムは、成長している。ゲームのシステムじゃない」
「それが恐ろしいんです!この世界は、『ゴールデン・スクラップ』のトラウマを治療するために、リアムの無意識が作り出した、完璧なシェルターなのかもしれない。彼女の**『成長したい』**という願いさえ、システムが再現しているとしたら?」
第7章:現実のコード
その夜、キリは決断した。この疑念を晴らすには、もう一度**「システムのエラー」**を見つけるしかない。
彼は、ゲームセンターのサーバー室に忍び込んだ。リアムの父親が設計した、この**「現実」と「ゲーム」**を繋ぐ最後の接点だ。
キリがサーバーの冷却装置に触れた瞬間、激しい電撃が走った。そして、彼の視界が、かつてゴールド・スクラップで見たようにバグった。
【SYSTEM OVERWRITE INITIATED. LAYER 2 — ‘THE HEALING REALM’ — STABILITY 99%.】
【PLAYER ‘KIRI’ ALERT: Malfunction detected. Accessing Deep Log.】
キリの意識は、サーバーが発する膨大なデータストリームに巻き込まれた。
彼の目に入ってきたのは、信じられないログだった。彼の**『ゴールド・スクラップ』での殺し屋としての人生、リアムとの出会い、全てが『LAYER 1: SCENE 1-50』**として記録されていた。
そして、この現在の**「現実」**の生活もまた、ログの一部だった。
【LAYER 2: THE HEALING REALM. SCENE 1: Hospital Awakening. SCENE 15: Gold Rush Employment. SCENE 40: Parental Acceptance.】
キリがリアムを育て、愛し、人間的な感情を取り戻す過程そのものが、プログラムされていたのだ。
ここは、バーチャルリアリティの中で、さらに意識を保護するために作られた、より高次のバーチャルリアリティだった。
彼の心臓が冷たくなった。この街の静けさ、穏やかな人々、リアムの成長…すべてが、自分たちの精神を安定させるための、精巧なシミュレーションだった。リアムの父親の肉体も、キリの肉体も、まだ、最初のVRポッドの中で、チューブに繋がれたままなのだ。
彼は、この「現実」を構成するコードの深層で、リアムが残した一文を見つけた。
【LIAM’s Wish: I want to grow up with Kiri. Please make the next reality gentle.】
リアムが、システムに唯一残した、純粋な願い。この世界は、リアムがキリと穏やかに成長するために作られた、優しい檻だったのだ。
最終章:真のログアウト
キリはサーバー室から飛び出した。彼の顔は、再び殺し屋のそれに戻っていた。彼が恐れたのは、二度目の騙しではなかった。リアムがこの優しいバーチャル世界から覚めたとき、再びあの孤独なシステムの核に戻ってしまうことだった。
彼はゲームセンターのリアムの元へ向かった。リアムは図鑑を広げ、笑顔で彼を迎えた。
「お父さん、おかえりなさい!」
キリはリアムを抱きしめた。
「リアム。俺たちは、また騙されていた。ここは現実じゃねぇ。ただの夢の続きだ」
リアムの顔から笑顔が消えた。彼女は、システムの核として、既に薄々気づいていたのだろう。
「でも…ここには、銃声がない。お金のために人を殺さなくてもいい。お父さんは、笑ってくれる…」
「だが、このままじゃ、お前は永遠にこの世界を維持するシステムのままだ。現実の肉体は、いつか死ぬ。俺は、最後の現実へ、お前を連れて行きたい」
キリは、サーバー室で手にしていたシステム破壊用の緊急ドングルを、自身の首筋に深く突き刺した。これは、二重のシステム全てを強制的にシャットダウンし、最上層の現実へ意識を強制送還するための、究極のログアウトキーだった。
世界が、激しい赤と黒のピクセルに覆われた。
リアムの悲鳴が聞こえる。全てが崩壊する中、キリはリアムの耳元で囁いた。
「大丈夫だ、リアム。俺が見つけたんだ。三度目の現実で、必ず、お前を育ててやる」
視界は、ついに完全にブラックアウトした。
エピローグ:最上層
意識が戻ったとき、キリは再び、白い光と消毒液の匂いに包まれていた。
しかし、以前と違うのは、目の前にあったのはVRポッドではなく、窓の外に広がる、澄んだ青空だった。
キリと、隣のベッドで眠るリアムの肉体は、無菌室のような場所で横たわっていた。二人には、VRゲームではなく、生命維持装置だけが繋がれている。
そして、その部屋の隅に、憔悴しきったリアムの父親が、涙を流しながら座っていた。
「…キリさん。あなたは、本当にリアムを連れ戻してくれた。ここが、最後の現実だ」
キリは、自分の細い腕を見て、そして、リアムの顔を見た。この静寂と無機質な空間が、真の現実だった。
キリは、リアムの手を握った。
「…つまらねぇな」
彼は呟いた。殺し合いも、システムエラーもない、ただの病室。
だが、キリはリアムの小さな手のひらを、優しく撫でた。
「だが、約束通りだ。最後の現実で、俺がお前を育てる。…殺し屋じゃなく、父親としてな」
キリは、バーチャルで獲得した愛を胸に、本当の現実という、最も困難なゲームに立ち向かう決意をした。彼の瞳には、もうネオンの光も、システムの文字も映らない。ただ、**愛するリアムという『現実』**だけが、輝いていた。
この物語の結末について、何か他に描きたいテーマはありますか? (例:現実世界でのリアムの病気の治療、キリとリアムの父親との和解、新しい家族の始まりなど)