
日本最強決定戦という厳しい戦いを終え、家に帰った翌日。 俺は、ピカリスから今後の展望を聞かされた。
「世界大会は、バトルロワイヤル形式で行われるよ。だから、次の戦いが実質的に最後だ。他の国での予選がひと段落するまでは始まらないから、しばらくはお休みだね」
「いきなり最終決戦か…。まあ、手っ取り早くていい」
俺はほっと一息つき、すぐに茜に連絡を取って情報を共有した。
「私は、優勝に興味はありませんから。二人で協力して戦いましょう! 愛するダーリンが優勝できるのが、私の喜びです!」
茜は相変わらずのハイテンションで、全面的に協力を申し出てくれた。バトルロワイヤルとはいえ、共闘できれば圧倒的に有利だ。俺の優勝は約束されたも同然だと、俺は楽観的に構えていた。
しかし、家に帰ると、母親が深刻そうな顔で俺を出迎えた。
「響…。葵ちゃんが、体調悪いみたいなの。お見舞いに行ってきてくれない? ほら、これ持っていって」
母親にケーキセットを押し付けられる。そういえば、修学旅行以来、葵と顔を合わせていなかった。俺は急いで葵の家に向かった。
葵の母親が、どこか悲しそうな顔で俺を葵の部屋に通してくれた。
「…よお。風邪か?」
ベッドに横たわる葵は、苦しそうな顔をしながらも、俺を見るとふわりと微笑んだ。
「響…。無理してこなくていいのに」
「ケーキ、余ったから持ってきただけだ」
いつものように憎まれ口を叩き、くだらない話を少しする。だが、葵の顔色は明らかに悪い。
「ごめん…ちょっと疲れちゃった。また、体が治ってからね」
少し寂しそうな顔をする葵を残し、俺は部屋を出た。
家に帰ると、母親が玄関で待っていた。そして、衝撃の事実を告げた。
「葵ちゃん…生死にかかわる病気なの。お医者様も、もう…。響、あなたも思い残さないように接してね」
頭に雷が落ちたような衝撃が走った。視界がぐるぐると回り、思考がまとまらない。あの元気で、鬱陶しいほど明るい葵が、死ぬ?
「なんとか…できないのか…」
俺の口から、震える声が漏れた。
すると、いつの間にいたのか、ピカリスが反応した。
「だったら、優勝の願いを葵の回復にしたらいいんじゃないか?」
「…願い?」
俺が不思議そうな顔をすると、ピカリスは涼しい顔で説明した。
「ああ、説明忘れていたよ。この妖精の戦いに優勝すると、パートナーはなんでも願いが一つ叶うんだ。普通、こんな危険なバトルに見返りなく挑まないでしょ? 君が何も聞かずに戦っていたから、言うの忘れてたよ」
「ふざけんな…! もっと早く言え!」
だが、俺の腹は決まった。 葵のために、絶対に優勝する。そして、この極限状態で気づかされた。俺は、葵のことが好きだ。
(優勝して、葵の病気を治して…そして、告白する)
俺の中で、最後の戦いに向けて、かつてないほど強い決意が固まった。
一か月後。
「世界の人数が揃ったみたいだ。明日の12:00にバトル・フィールドに転送されるから、コンディションを万全にね」
ピカリスの言葉を受け、その夜、茜が家に来た。
「ついに明日は最後の戦いですね。頑張りましょう、響先輩」
いつもの笑顔で言う茜に、俺は真剣な顔で向き合った。
「茜、聞いてくれ。俺には、どうしても叶えたい願いがある。幼馴染の葵が…死にかけているんだ。俺は、優勝してあいつを助けたい。そして、あいつに思いを伝えたい」
俺は、絶対に負けられない決意を伝えた。茜は一瞬、真顔になったが、すぐに静かに頷いた。
「…わかりました。先輩の覚悟、受け取りました」
茜はそう言って、真剣な顔で帰っていった。
そして翌日、12:00。 俺と茜は、見渡す限りの白一面の空間へと転送された。地面はコンクリートのように硬い。
円を描くように10人の人間が並んでいる。俺の隣には、茜がいる。
空から、中性的な声が響いた。
『皆さん、今まで半年間の戦いお疲れ様でした。いよいよ最後の戦いです。最後の一人になれば優勝です。悔いが残らないように頑張ってください。それではファイナルバトル、レディー・ゴー!』
ゴングが鳴り、俺がファイティングポーズを取ると、対面の金髪の青年が名乗りを上げた。
「私はアメリカ代表! 正義を操る『ジャスティススター』デース!」
続いて、黒髪のチャイナ服の女性。
「私、歴史を操る『千四年(センヨンネン)』アル」
さらに、大柄な白人の男。
「俺は気温を操る『試される大地』だ」
緊迫した最終決戦のはずが、俺は冷静にツッコミを入れた。
「…なんで皆、日本語なんだ?」
ピカリスが耳元で囁く。「言葉が通じないと不便だから、この空間では自動翻訳がされてるんだよ。翻訳が不自然なところは、君のステレオタイプに合わせてるんだよ」
「なるほどな…」
俺と茜も名乗りを上げ、最後に残った一人の男に注目が集まった。
最後の一人が口を開こうとした、その瞬間だった。
一呼吸置いたと思ったら、その男はすでに俺の目の前にいて、ナイフを振りかぶっていた。
「ッ!」
俺は間一髪で体を逸らした。頬に薄い切り傷ができる。
「ちっ…時間切れか」
男はそう呟き、瞬時に間合いを取った。
周囲を見ると、俺と茜以外のアメリカ代表、中国代表、ロシア代表…他全ての参加者が、喉を掻き切られて血を流し、倒れていた。
「名乗りとかくだらないよな。勝てばすべてだというのに。お前らもそう思うよな?」
男は、血のついたナイフを舐めた。
「俺はここまでこうやって勝ってきた。そしてこれからもな。そこのロシア野郎もあっけねぇ」
男が続けて喋ろうとするのを見て、俺は確信した。
(時を操る能力か…!)
この戦いが始まった時に、時を止める奴がいることは想像していた。対策は、徹夜で考えてある。
「魔雷光(まらいこう)!」
俺は男ではなく、足元の地面に向かって雷撃を放った。
地面が爆発し、大量のコンクリート片と粉塵が舞い上がり、辺り一面を包み込む。
「煙幕か? 無駄なことを…」
しばらくの静寂の後。 煙の中から、男のうめき声が聞こえてきた。
煙が晴れると、最後の敵が、全身を無数の穴だらけにして、血みどろで這いつくばっていた。
俺は、とどめを刺す前に余裕を持って語りかけた。
「お前の能力は、時を止めることだろう。だが、時を止めれば、空気中の塵や巻き上げた粉塵もその場に固定される。お前にとっては、空中に固定された無数の不可視の刃物が浮かんでいるようなものだ」
俺は冷ややかに見下ろした。
「その中に高速で突っ込めば、自分の速度で勝手に切り刻まれる。これが物理の法則だ。講釈はここまでだ…魔雷光!」
男は沈黙し、光の粒子となって消えた。
「はぁ…終わった…」
俺は安堵の息を漏らした。これで優勝だ。葵を助けられる。 俺は隣にいる茜に笑顔で声をかけようとした。
「茜、やったぞ! これで葵を…」
「ぐあぁっ!?」
背中に、熱湯をかけられたような激痛が走った。俺はその場に崩れ落ちる。
「…何の冗談だ?」
痛みをこらえて顔を上げると、そこには、今まで見たことのない、暗く濁った瞳をした茜が立っていた。手には、炎でできた鞭が握られている。
茜は、俺の問いかけには反応しない。ただ、うっとりとした表情で、恐ろしい言葉を口にした。
「響先輩…あなたは、私のもの」
「…は?」
「葵先輩のため? 告白する? …許しません」
茜の背後の炎が、激しく燃え上がる。
「先輩が優勝して、あの女と結ばれるくらいなら…ここで私が先輩を壊して、一生お世話してあげます」
「クリムゾンウィップ!」
先ほどの一撃よりもさらに太く、複数の炎の鞭が、波打つように俺に襲いかかってくる。
俺は痛む体で、必死に転がって避けた。
(共闘じゃなかったのかよ…!? まさか、俺が葵の話をしたことで…!?)
俺の楽観的な計画は崩れ去った。 世界最強の敵よりも恐ろしい、愛と嫉妬に狂ったパートナーとの、本当の最後の戦いが始まった。