茜が嫉妬の炎に狂い、殺意にも似た愛憎を向けてきた。俺は、今の茜には何を言っても通じないことを悟ったが、それでも葵が生き延びる可能性に賭け、プライドを捨てて頭を下げた。

「わかった…! 俺は茜の好きにしていい。だから、優勝の願いは…葵の回復にしてくれないか!」

俺は床に額を擦り付ける勢いで頼んだ。しかし、俺が最後まで言い終わる前に、茜はヒステリックに叫んだ。

「ダメです!!」

茜の瞳から、理性が消え失せている。

「先輩の気持ちを侵すものは、誰一人生かしておきません! 先輩の心の中にいていいのは、私だけです! さあ、素直になりましょう…ひびきちゃん!」

説得は無理か…。ならば、力ずくでも止めるしかない。

「魔雷光(まらいこう)!」

俺は茜に向けて雷撃を放つ。しかし、電撃は茜の体をすり抜け、虚しく空を切った。

「残念、それは偽物です。私の『イリュージョン』の能力、忘れちゃいました?」

茜の声が、別の方向から響く。

「まだまだ、私のことを思う力が足りないですね…クリムゾンウィップ!」

背中から、焼けるような激痛が走る。

「ぐあっ…!」

「このクリムゾンウィップは、致命傷になるような威力はありませんわ。先輩…ううん、ひびきちゃんが私の言いなりになるまで、たっぷり『罰』を与えるための攻撃よ♡」

イリュージョンか…! すっかり忘れていた。しかし、破り方はわかっている。

「魔眼(マガン)!」

俺は茜の方を向き、幻覚を見せる電磁波を放つ。よし、これで…!

だが、次の瞬間、またしても別の方向から激痛が走った。

「がはっ…!」

見ると、本物の茜は、目を堅く閉じていた。

「魔眼は、視神経に幻覚を見せる攻撃。目をつぶれば、その攻撃は効かない。そして、クリムゾンウィップは威力が低い分、私の熱源探知で自動追尾するの。あなたに逃げ場はないわ」

(くそっ…! 魔眼の弱点まで対策済みかよ…!)

隙が見当たらない。真っ白で障害物のない空間。茜は目を閉じているため、こちらの動きを見ていないが、自動追尾の鞭が正確に俺を襲う。

俺は必死に走り回る。時間稼ぎはできるはずだ。しかし、幻覚とはいえ、複数の茜の分身から、四方八方へ鞭が飛んでくる。避ける隙間が見当たらない。

「ひびきちゃん、まだ諦めないの…? いい加減、私のものになって…。この空間に終わりなんてないのだから」

逃げ回りながら、俺は観察していた。茜の言葉に、ほんの僅かな油断が生まれたのを。

茜は「終わりなんてない」と言いながら、新しい分身を生み出すのを止め、今ある分身と鞭だけで俺を追い詰めようとしていた。

(…今だ。すべて、整った)

俺は足を止め、全方位に意識を集中した。

「魔雷牙(まらいが)!!」

俺を中心として、8方向へ同時に雷撃が走る。

「無駄よ! それは外れ…!!」

茜が嘲笑いかけた言葉は、最後まで続かなかった。

放たれた8本の雷撃は、本物の茜だけでなく、周囲に展開していたすべての分身(イリュージョン)を同時に貫いた。

「きゃあぁぁぁっ!!」

すべての分身が掻き消え、本物の茜が弾き飛ばされて倒れ込む。

「…ギリギリだったぜ」

俺は肩で息をしながら、倒れた茜を見下ろした。

「魔雷牙は、8方向へ同時に攻撃が走る技だ。俺は逃げ回りながら、お前の分身と本体が、ちょうど魔雷牙の射線上に並ぶ瞬間を待っていたんだ」

俺は、クールに髪をかき上げた。

「お前の敗因は、俺を追い詰めたと思って油断し、配置をズラすための新しいイリュージョンを追加しなかったミスだ」

茜が意識を失い、真っ白な空間が、温かい光に包まれ始めた。

そして、あの空からの声が聞こえる。

『おめでとうございます。あなたの優勝です。願いを心に浮かべなさい。叶えてあげましょう』

俺は目を閉じ、迷うことなく、たった一つの願いを心に描いた。

(葵の病気を治してくれ)

光が強くなり、視界のすべてが白く染まっていく。戦いの記憶、痛み、そしてこの非日常が、光の中に溶けていくようだ。

(やれやれ…。結局、最後までドタバタだったな)

俺は薄れゆく意識の中で、自問した。

(俺はこの戦いで…うまくクールにかっこつけられただろうか…?)