
馬車に揺られること一日。前方に、今までに見たことがないような巨大な城壁が見えてきた。 事前に聞いてはいたが、「中央都市」と呼ばれるだけのことはある。その威容に、私は思わず息を飲んだ。 門で司祭からの紹介状を見せ、中に入れてもらう。馬車を止め、一息つくと、ミライが微笑み、口を開いた。 「さあ、買い物の時間よ」 今朝、「一刻も早く世界を救いたい」と言っていた人物とは思えない潔さだ。 「買い物の前に、まずはこの街の街長に挨拶に行くべきじゃないか? 司祭からの手紙もあるし」 私が提案すると、ミライはあっさりと却下した。 「そんなものより、今優先すべきは街の偵察よ」 既に日が暮れかけているが、中央都市だけあって、街はまだ活気に満ちている。 「偵察って、どこに行くつもりだ?」 私が尋ねると、意外にもミライは即答した。 「まずはギルドに行きましょう」 狩人ライセンスも持っていない彼女から、まさかギルドという言葉が出るとは。 「ギルド? なぜそんなところへ?」 「この前の冒険で、大量の亡者(スケルトンやゾンビ)が落とした宝石があったでしょ? あれを換金しに行くのよ」 「換金? でも、君にはブラックカードがあるじゃないか。お金には困ってないだろう?」 私が指摘すると、ミライはツンと顎を上げた。 「あのブラックカードは救世主である『私』のものであって、あんたのものじゃないの。それとも、女性にたかるつもり?」 そう言われては返す言葉もない。私たちは早速ギルドに向かうことにした。
ギルドの壁に張り出された掲示板を見ると、依頼も討伐モンスターリストも豊富だった。 見たこともないモンスターの名前が並び、中には一匹で金貨1枚(銀貨100枚相当)もの賞金がかけられているものもあった。 私は調査もそこそこにカウンターへ行き、宝石の換金を依頼した。 「はい、銀貨50枚になります」 「ご、50枚!?」 この世界に来てから過去最高記録だ。まさに救世主様々である。 私が壁の張り紙を真剣に見ていたミライの元へ駆け寄り、換金が終わったことを伝えると、彼女は頷いた。 「分かったわ、行きましょう」 そう言うと、彼女は初めて来たはずの街なのに、まるで勝手知ったる場所のようにスイスイと歩き出した。
しばらく歩くと、一軒の服屋の前で立ち止まった。 中に入ると、色とりどりの生地が並んでいるだけで、完成品は一着も置かれていない。初めてこの世界の服屋に入って知ったのだが、どうやらフルオーダーが基本のようだ。これは待たされそうだ、と覚悟する。 ミライは生地のラインナップを一通り眺めた後、店主の女性に話しかけ、デザイン案を見せてもらいながら熱心に話し込み、服の製作を依頼した。 もちろん、支払いはブラックカードという名の、司祭の免罪符だ。 この司祭の影響力と救世主伝説は凄まじいようで、先ほどまでフランクに話していた店主は、紹介状を見た途端に態度を一変させ、「恐れ多い、光栄です」と恐縮しきりだった。 明日昼までに完成することを約束させ、私たちは店を出た。
店を出ると、すっかり夜になっていた。 「そろそろ食事にしましょう」 ミライはそう言うと、またも迷うことなく街を歩き、宿を併設しているレストランに入った。 上機嫌のミライと共に、豪華な食事に舌鼓を打ち、ワインでほろ酔い気分になった私たちは、そのまま建物内の客室へと向かった。 「明日は朝からショッピングの続きね」 別れ際に、ミライは笑顔でそう言い残し、自分の部屋へと入っていった。
翌日。早めに目が覚めた私は、ミライの部屋へ迎えに行った。 ノックをすると、既に準備を終えていたのか、すぐに彼女が出てきた。 「さて、今日も買い物に行きましょう」 そう言うと、彼女は今日も行き先が決まっているのか、さっさと街中へ歩き出した。
最初の目的地は、魔法屋だった。広い街だけあって、複数の魔法屋があり、私たちはそれらを梯子して回った。 今回も変わらず、ミライは全ての魔法の契約に成功した。一方の私は、20近い魔法に挑戦したものの、成功したのはわずか2つだけだった。 これで私が使える魔法は4つになった。「灯火」「着火」、そして新たに「水生成(アクアクリエイト)」と「風防(ウィンドシールド)」だ。少しは戦力アップになっただろうか。 日は既に高くなっていた。私たちは近くの屋台で串焼きのようなものを買い、その場で食べた。 今日もミライは機嫌が良さそうだ。ずっとこうであればいいのに、と私は思った。
食事が終わると、今度は鍛冶屋に向かった。私の武器を見繕ってくれるらしい。 「いや、私には愛用の棍棒と革鎧があるから、遠慮しておくよ」 私が断ると、ミライは途端に不機嫌な顔になった。 「あなたはそんなに余裕を出せるほどの達人なの? 泥水啜ってでも生き残る確率を上げないといけないんじゃないの?」 彼女の正論に反論できず、私は鍛冶屋に押し込まれた。
店内には、様々な武具が所狭しと並べられていた。 さて、何も買わないわけにはいかない。しかし、体力も技術もない私が、極端に重い防具や、使いこなせない武器を持っても意味がない。 そんなことを思いながら店内を見回していると、壁に飾られた黒い大きな盾が目に留まった。手に取ってみると、見た目ほど重くはない。耐久性も悪くなさそうだ。 「これにしよう」 私が店主に盾を持っていくと、店主は目を丸くした。 「そいつはブラックドラゴンの鱗で作った盾だ。あんた、そんなに金持ってるのか?」 そう言うと、ミライがニヤニヤしながら店主に近づき、ブラックカードを見せた。店主が書面を見ると、みるみるうちに顔色が変わった。 「お、俺の作った盾が伝説の一部になるとは……こんなに嬉しいことはねぇ!」 店主は興奮気味にそう言うと、私を見て改めて言った。 「その棍棒、俺に一晩預けな。きっと後悔はさせねぇぜ」 私は店主の言葉を信じて、愛用の棍棒を預けた。ミライも上機嫌だ。
「ではまた明日」 店を出ると、上機嫌のミライが言った。 「それではお待ちかねの服を取りに行きましょう」 私たちは昨日の服屋へと向かった。店に入ると、店主が大喜びで迎え入れてくれた。 「救世主様の服を作れる光栄、身に余ります!」 そう言って、ミライを店の奥に通し、服を着替えさせた。
しばらくして、店の奥からミライが出てきた。 彼女の自慢の栗色のふんわりした髪が映える、白を基調としたフォーマルな雰囲気のワンピース姿だ。 「……綺麗だ」 思わず言葉が漏れた。ミライはより上機嫌になり、ニコニコと軽く踊ってみせた。
私たちはそのまま宿に帰り、今日も同じレストランで食事をした。 部屋に戻る途中、ミライが言った。 「明日は武器を受け取ったら、街長のところに行くわよ」 先ほどまでの上機嫌な顔が、一瞬にして曇った顔になった。 こうして、ミライとの束の間の休息は終わりを告げた。明日から、私たちは再び戦いの日々に戻るのだろう。
