手ぶらで始める異世界転生 第15話 

馬車の揺れに身を任せ、戦いの疲れでうとうとしていると、突然の衝撃が走った。 ドカッ! 「いっ……!?」 ミライのパンチが私の脇腹に直撃し、目が覚めた。 「何いつまでも寝てんのよ。死体もあるし、まずは司祭様に報告よ」 彼女は御者台で立ち上がり、街の門を指差した。相変わらず手厳しい。

私たちは街の門番に馬車と団長たちの遺体を預けると、足早に司祭の屋敷へと向かった。 既に夕暮れ時だが、事態は緊急を要する。そのまま建物の警備兵に話を通すと、しばらく内部との確認が行われた後、私たちは司祭の執務室へと通された。 部屋に入ると、初老の司祭が重々しい面持ちで待っていた。 ミライは、ガイン団長とエリス副団長の死、そして世界樹の誕生に至るまでの一連の出来事を報告した。ただし、エリスの醜態については触れなかった。それは彼女なりの最後の情けだったのかもしれない。

「……そうですか」 報告を聞き終えた司祭は、深いうなだれた。 「ガインとエリスは、我らの教会を支える非常に大事な使徒でした。それが、こんなことに……」 司祭はしばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げた。 「ただ、あの伝説は本当だった。タカオカ様は、まさにこの世の救世主様だ。引き続き、この世界をお救いください。今日はお疲れでしょうから、昨晩の宿にお休みください。そして、明日の朝、再度お越しください」

ミライは興味のなさそうな顔で司祭の話を聞いていたが、最後には短く答えた。 「かしこまりました。それでは、明日」 彼女はそう言うと、足早に部屋を出て行った。私も慌てて後を追う。

くたくたの体で、私たちは昨晩と同じ宿に戻った。 疲れ切った体を引きずるようにして早々に部屋へ向かおうとすると、ミライが唐突に話しかけてきた。 「ねえ、どう思った?」 「え? 何が?」 私は立ち止まり、振り返った。 「今日の、一連の出来事よ」 ミライの表情は真剣だった。私は少し考えて、素直な感想を述べた。 「無事この世界を救えたのだから、やった甲斐があったよ。ガイン団長も、エリス副団長も、あの世で喜んでるんじゃないかな」

それを聞いた瞬間、ミライの顔が曇った。 「……そう」 彼女は不機嫌な顔でそれだけ言うと、くるりと背を向け、自分の部屋へと入っていった。バタン、と扉が閉まる音が、廊下に響いた。

部屋に戻り、ベッドに横たわると、全ての力が抜け落ちたような感覚に襲われた。 しかし、頭は冴えていた。先ほどのミライの不機嫌な顔が、脳裏に焼き付いて離れない。 なぜ彼女は不機嫌になったのだろうか。なぜあんな質問をしたのだろう。 私が戦力にならなかったことを怒っていたのだろうか。それとも、ちゃんと部屋までエスコートしなかったことに腹を立てたのか。あるいは、司祭の発言に何か不自然な点があったのか。 いくら考えても答えは出ない。ただ思い浮かぶのは、あの戦場で何もできなかった自分の不甲斐なさだけだ。 (仕方なかった……それで済ませていいのだろうか) 答えは出ぬまま、私は深い眠りに落ちていった。

翌朝。 コンコン、と私の部屋のドアが叩かれた。 「おはよう! 起きてる?」 昨日とは打って変わり、にこやかなミライが立っていた。 彼女はいつものように冗談交じりで言った。 「あら、汚い身体。私が癒してあげましょう」 彼女が手をかざすと、柔らかな白い光が私の体を包み込んだ。 気のせいだろうか、それとも本当か。体だけでなく、心まで楽になったような気がした。

私たちは宿を出て、昨日と同じく司祭の屋敷へと向かった。 到着するや否や、警備兵に「こちらへと」案内され、私たちは聖堂に通された。 聖堂の中は、朝の礼拝に集まった人々で満員だった。祭壇の前では、司祭が熱のこもった説教を行っている最中だった。 「我々は、ついに幸せを勝ち取ることができました! これは我々の信仰のなせる業なのです! これからも信仰を続けましょう!」 どうやら話は終盤のようだ。司祭は言葉を切り、私たちの方を向いた。 「それでは、昨日の奇跡を起こしていただいた、救世主様にお言葉をいただきましょう」 司祭がミライを指し示すと、聖堂内がどよめいた。

ミライは驚きもせず、堂々とした足取りで司祭の元へと進み出た。 「皆さま、私が今紹介に預かりました救世主、タカオカミライです。多くの助けと犠牲のもと、無事魔物の発生源を封印しました」 自信満々に答えるミライを、司祭が鋭い視線で見つめている。 ミライは構わず言葉を続けた。 「私は、この世界を救うべくこの地に現れました。しかし、世界はまだ闇に覆われています。私は次の闇を払うため、次の町に向かいます!」 彼女の宣言に、聖堂は割れんばかりの歓声に包まれた。 司祭はさらに渋い顔になり、慌ててミライの横に立った。 「本日は、救世主様も昨日から疲れが溜まっていますので、本日の礼拝はここまでです!」 何かよく分からないままに礼拝は終わり、私たちはそのまま司祭の執務室へと案内された。

席に座ると、司祭が早口で話し始めた。 「救世主様、広い見識、恐れ入ります。しかし、すぐに次の町に行く前に、しばし体を休まれては……」 司祭の言葉を遮るように、ミライが間髪入れずに答えた。 「ありがたい言葉ですが、この世界の闇は散見しているかと思います。すぐにも次の場所の封印に向かいたく思います。司祭様で近くの困っている場所はご存じかしら?」 そう言われて、司祭は黙り込んで考え込んだ。しばらくの後、彼は口を開いた。 「……ここから一日の移動で向かえる場所に、大きな商業の中心地があります。そちらであれば、多くの悩みがあるのでは。もちろん、私から紹介状も書かせていただきます。ただ、手紙が届くまで数日こちらに滞在されては……」 「いえ、結構です」 ミライは即答した。 「それでは、手紙とともに現地に向かいますので、今手紙をください。馬車を用意いただければ、すぐにここを発ちます」 「そんなに慌てなくても……まだ疲れも癒されていないでしょうし……」 慌てる司祭に、ミライは涼しい顔で答えた。 「私たち異世界人は、翌日には全ての疲れが取れるのでお気遣いなく。それより、この世で困っている人を一刻も早く助けたく思います」 返す言葉もなく、司祭は渋々、私たちの目の前で紹介状を書き始めた。 なんとも奇妙な空気だったが、こうして早々に、次の目的地が決まった。

司祭が書き上げた手紙をひったくるように受け取ると、ミライは「それでは」と短く言い、足早に部屋を出て行った。私は黙って後を追った。 そのままの足で門に向かい、私たちは用意されていた馬車を強奪するように乗り込んだ。 私が客車に乗ろうとすると、ミライに胸倉を掴まれ、御者台の隣に座らされた。 「あんたはこっち!」 彼女は手慣れた手つきで手綱を操り、馬車を走らせた。

馬車は街を抜け、街道を走り出した。 私は、恐る恐る尋ねた。 「……何か、司祭かこの町に不満でもあったのか?」 ミライは振り返り、笑顔で答えた。 「不満なんてないわよ。ただ、困っている人がたくさんいて、救える力を持っているなら、極力使いたくなるのが人でしょ?」 彼女の言葉に嘘はないように見えた。 楽しそうに馬車を操る彼女の横顔を見ていると、これからの冒険にワクワクしている自分がいることに気づいた。 私は、少しだけ彼女のことが好きになったのかもしれない。

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