第一章 名無しの天才と目覚めた野心
ある世界、ある時代、ある国、王少年という子供がいた。
なぜ王少年と記載するかというと、その国では、爆発的な人口増加を防ぐため、子供をひとりまでしか作ってはいけないという法律があった。しかし、王少年が住む農村部ではその法律が浸透せず、多くの家庭で多くの子供が生まれていた。かといってその子供を役所に届けることもできず、名無しの子供が各地に現れていた。個別の名前をあたえてしまうと、法を破った親が分かってしまうため、多くの子供は母親の姓のみで呼ばれていた。王少年でいえば、「王のところの」という、個の存在を否定された呼び方で呼ばれていた。
その国ではすべてのものは国が所有するという考えがあり、個人主義ではなく、団体主義となっていたため、個別の名前を呼び分ける必要がなかった。多くの国民はそれで困ることはなかった。彼らが困らないのは、思考の停止に慣れ、自らの不自由を疑うことさえ放棄していたからに他ならない。
王少年は、常軌を逸する優秀な子供であった。彼は一を強いれば百を理解することができ、文字や異国の言葉を独学で完璧に習得した。彼は、自らが住む世界を、愚鈍な羊たちが無為に時を過ごす牧場のように感じていた。彼は自らを、その中で唯一真実を知る牧羊犬だと認識していた。
彼の内面には、純粋な「友好的な関係性の継続」などという、曖昧な温情は存在しなかった。彼が本当に求めたのは、人々の心を完全に読み取り、無意識下で彼らを支配下に置くための「知識」、すなわち人間というシステムを完全に解析するための鍵だった。
年齢幅がある子供たちのグループの中でも、彼は飛び抜けて賢かった。しかし、彼はリーダーの座を避けた。それは、ボスという立場が観測者としての視界を曇らせると知っていたからだ。彼はいつもトップを人にゆずり、二番手三番手に甘んじていた。それは集団の力学を最も近くで、安全に、そして効率的に学習するための綿密な実験だった。彼は、人の感情がいかに簡単に操られ、いかに脆弱な論理で動くかを完璧に理解していた。彼は周囲の子供たちに対し、知性によって生じた完全な疎外感を抱き、彼らの感情的な衝動を処理速度の遅いエラーのように見なしていた。
そして彼には、秘密があった。数十メートルのテレポートと、約一瞬、時を止める能力。これは彼の野望を成就させるための、天から与えられた決定的な「道具」だと彼は認識していた。
第二章 予感と無知への侮蔑
そんなある秋の日、村で恒例の祭りがおこなわれることになった。山崩れの危険性が高いことは、王少年には明白だった。
彼は祭りを中止するよう大人たちに働きかけた。彼の目的は、愛する人々の命を救うというよりは、彼の支配下にあるべき「財産」――この村という知的財産――の無駄な損失を避けるためだった。彼は、村人たちを「生かす価値のある資源」と捉えていた。
彼の警告は単なる直感ではない。彼は、数週間前から降り続く異常な秋雨の降水量を記録し、村の共同で使う井戸の地下水位の変動を詳細にマッピングしていた。古い文献から過去の山崩れが起きた際の地盤構成を調べ、さらに自作した微小な振動検知器(石と紐を使った原始的なものだが、彼の超感覚で補完される)を山中に設置し、共振周波数を割り出していた。
しかし、彼の冷たい、数字に基づく論理は、収穫の喜びに浮かれた人々の感情論に簡単に敗れた。「山は神様がお守りくださるものだ」という村長の言葉を聞いたとき、王少年の心には激しい侮蔑が湧き上がった。彼らに生殺与奪の権限を持たせてはいけないと、その無知と信仰心の愚かさによって、改めて確信した。祭りは予定通り執り行われることとなった。
第三章 秘密の代償と絶対支配への誓い
そして祭りの当日、最悪の事態は起こった。彼の予測通り、太鼓と足音の振動が引き金となり、大地が裂けた。
広場の上方から地鳴りが響いた瞬間、王少年は即座に悟った。彼ら自身の愚かさによって、運命は決定された、と。
「逃げろ!」彼の叫びは、警告ではなく、運命への最後の嘲笑だった。
その瞬間、秘密の力が発動した。彼の視界から、世界の色と動きが完全に止まった。彼はテレポートで、広場から数十メートル離れた最も安全な大岩の陰へと跳んだ。彼の能力は、一瞬の間に彼自身の生存を確保するためだけに使われた。
時が戻ると、激しい轟音と共に、土砂と岩石が人々を、彼の家族、友人たちを、全て飲み込んだ。
王少年は安全な場所から、その光景を冷徹なデータとして見つめた。彼の胸には、感情的な悲しみよりも、完全な孤独と、自分の論理の正しさへの恐ろしい確信が重くのしかかった。
「私一人が助かった。私の力は、私という存在の維持にのみ貢献した。」
そして彼は、自身の無力さではなく、他者の無力さを呪った。人間はなんと愚かで、無意味な死を選ぶのか。彼らの生殺与奪の権を、彼ら自身に持たせることは、彼らの幸福にとって最大の脅威である。この瞬間、王少年の中で、絶対的な支配者になるという野望は、人類を救済するという名の冷たい義務へと変貌した。彼は、この義務を背負わされた呪いのように感じていた。
第四章 「力強い支配者」リチャードの誕生と孤独な学習
崩落事故から生還した王少年は、町の実業家、ザックの家に引き取られた。王少年には、ザックの動機などどうでもよかった。彼にとって重要なのは、実業家が提供してくれる知識と権力の足がかりであり、次なる実験場だった。
「今度こそ、間違えるわけにはいかない。私の野望を成就するには、世界を動かす力が必要だ」
数年後、名を名乗ることが許され、実業家が名乗りたい名前を尋ねた。「リチャードがいい」。
リチャード(Richard)とは、「力強い支配者」を意味する。彼はその名を、新たなペルソナとして選び、役所に提出させた。
リチャードは学業を驚異的なスピードで短縮した。彼の学習速度は、通常の人間の一年を数ヶ月で消化し、彼は周囲の教師や同級生を処理速度の遅い計算機のように見下していた。
彼の先行学科は分子生物学、特に細胞や遺伝子の分野に集中した。彼の真の目的は、自身の超能力のメカニズムを解明し、制御し、そして量産するためだ。
【学習の動機】
リチャードは、自身の能力を孤独な存在の証明であり、神から与えられた責務を果たすための道具と定義した。
「私の能力は、肉体の変異(突然変異)によって発現した。それを科学的に再現できれば、超能力は普遍的な支配ツールとなる」
彼は、自身のテレポートと時止め能力が、細胞レベルでの量子的な時間のずれと空間座標の操作によって成り立っていると分析し、その理論を裏付けるために高度な分子構造解析やタンパク質工学の知識を貪欲に吸収した。学問は彼にとって、感情的な探求ではなく、世界を動かすシステムの道具の設計図に過ぎなかった。彼の内面は、完璧な論理と人を見下す冷笑で塗り固められていたが、その中心には、二度と誰にも無意味な死を選ばせないという強迫的な義務感が鎮座していた。
卒業後、リチャードは実業家の下で働き、七光りを使うことなく、社内で急速に権限を伸ばしていった。彼はザックを「世界システムへの接続インターフェース」として定義し、その信頼を得るために計算された忠誠心と圧倒的な能力を演じ続けた。
第五章 秘密の漏洩と傀儡の創造
リチャードが社の極秘プロジェクト、非合法の地下研究所で行われていた超能力の研究に触れた時、彼の心は歓喜に震えた。彼の能力の起源が判明したこと、そして、その能力を量産するシステムが既に存在していたからだ。
「この能力があれば、人類を強制的に幸福に導ける。これは、私が担うべき人類救済の道具だ」
彼は自分の秘密を伏せ、実業家にお願いした。「私もこの極秘プロジェクトの手伝いがしたい」と。実業家は彼の才能と、自らに向けられた見せかけの忠誠心を喜び、彼を計画の指揮者として据えた。
リチャードの指揮のもと、超能力育成計画は驚くべき速度で進んだ。サイコキネシス、エネルギー操作など、真の超能力者が次々と生まれた。彼のデータ収集と解析能力は、能力の再現性を飛躍的に高めた。
地下深くでは、実験台にされた少年たち――ミハイルやシズカといった天才たち――が脱出を計画していた。リチャードは彼らの動きを完全に把握し、脱出計画に意図的な脆弱性を残すことで、それを補助した。超能力者の世界への放出は、彼の壮大な野望の第一歩だった。
深夜、脱出が実行され、地下研究所は騒乱の場と化した。リチャードは、その混乱に乗じ、最上階のオフィスに隠れていた実業家、ザックの前に静かに立った。
「私の計画は、あなたの利益のためにあるのではありません」リチャードは冷徹に言った。「あなたの持つ『力』は、あまりに小さすぎた。そして、あなたは私の世界に必要な、最初の犠牲者です」
実業家が戸惑い、恐怖に顔を歪めた一瞬、リチャードは時を止め、ザックを葬った。彼の手は少しも震えなかった。それは不要な変数をシステムから削除するがごとき、冷酷で合理的な行為だった。
リチャードの計算通り、脱走した超能力者たちのエネルギーが共鳴し、超能力は伝染病のように世界に広まった。
【超能力拡散のメカニズム】
王心霊研究公司は、超能力の発生源を「異能粒子(イノベーション・パーティクル)」と定義していた。これは感情の爆発的な高揚や極度のストレス下で、特定の遺伝子を持つ人間から放出される未確認粒子だった。リチャードが脱走を補助した天才たち(ミハイル、シズカ)は、この粒子の超高濃度放出源となった。彼らが社会に出たことで、粒子は空気中に拡散し、適合性を持つ人々に次々と感染(発現)していった。
当初、その発現は無秩序で、世界中で予期せぬ事故や破壊行為が多発した。人々は恐怖し、「ミュータント」と呼び始めた。リチャードは、一人の知性と一つの秘密の力で、世界を一晩で再構築したのだ。
第六章 偽りの平和と完全なる支配の準備
超能力者の増加により、社会の対立軸は超能力者と非超能力者の二項対立に集約された。超能力者は人口のわずか10%。彼らは圧倒的な力で、ノーマルたちを本能的な恐怖に支配させた。結果、超能力者は世界的に迫害され、隔離される対象となった。
リチャードは、元実業家の会社を王心霊研究公司(Wáng Xīn Líng Research)と変え、世界の政府や軍にとって不可欠な存在となった。彼は、超能力者を効率的に無力化する技術(能力抑制装置)や、超能力犯罪の予測アルゴリズムを提供することで、世界の安全保障の唯一の鍵となった。実質的に、リチャードは世界の中枢を操る支配者となった。
【ニュクス結成の背景】
迫害に耐えかねた超能力者たちは、地下で団結を始めた。ミハイルは、その天才的なハッキング能力と穏健なカリスマで、超能力者たちのネットワークを構築した。シズカは、その破壊的な音波能力と強い正義感から、超能力者団体の過激派を率いる存在となり、彼らの組織は「ニュクス」(夜の女神)と名付けられた。リチャードは、このニュクスという組織が「ノーマル社会の憎悪を一点に集める完璧なターゲット」となることを予見し、その成長を静かに見守っていた。
国家同士の争いはなくなり、共通の敵(超能力者)を前にノーマル社会は一つの団結を保っていた。これは、彼が山崩れの惨事から学んだ冷徹な論理に基づいていた。多数の安寧のために、少数を意図的に犠牲にする。
しかし、リチャードはこの偽りの平和に激しい苛立ちを募らせていた。彼の目的は、ノーマルとミュータントという二つの人類を、真に幸福に導くこと。そのためには、この中途半端な平和を破壊し、彼自身が全人類の支配者として君臨する必要があった。
第七章 シズカの絶望的な決戦と論理的な圧勝
リチャードは、超能力者団体「ニュクス」の動向を常に監視し、彼らを理想の敵役に仕立て上げる作業を開始した。
彼はニュクス内で、この事象のすべての原因はリチャード率いる王心霊研究公司にあるという噂を流布させた。このプロパガンダは、感情的な超能力者たちの怒りを煽り、過激派の一部が暴走し、王心霊研究公司の関連施設を襲撃するに至った。全てはリチャードの計算通りだった。
この事件をきっかけに、非超能力者による超能力者の迫害は手のつけられないレベルまで加速した。リチャードは、各国政府と連携し、「超能力の脅威から人類を守る」という大義名分のもと、ニュクスに対する戦争を開始した。
戦いはリチャードの緻密な情報統制により、ノーマル社会の憎悪がニュクスに集中するよう調整された。そして、ニュクス内で、「リチャードを殺すことによって、この戦争が終わるのでは」という噂が真実であるかのように広まった。これはリチャードによる最後の罠だった。
シズカをトップとした精鋭メンバーが、リチャードの首を取るための最終決戦を企図した。ミハイルは、これが仲間を死地に送る罠だと知りながら、シズカの怒りに満ちた感情的な決断を止めることができず、己の論理的弱さに打ちひしがれていた。
本社ビル屋上、社長室。リチャードは高級なレザーチェアに座り、全てが彼の脚本通りに進んでいることに満足していた。彼の顔には、感情ではなく、完璧な予知を遂行するオペレーターのような冷たい平静さが浮かんでいた。
「これは、これは、ニュクスのリーダーシズカ様。お待ちしておりましたよ。全ては私の計画通りです」
シズカの胸には、リチャードへの純粋な憎悪と、仲間の命を守れなかった自責の念がマグマのように煮えたぎっていた。彼女の破壊的な超音波攻撃
は、ただの能力ではなく、怒りという名の悲鳴であり、彼女が持つ全ての感情エネルギーを込めて放たれた。彼女は、この一撃で世界の歪みを正そうと、感情の全てを賭けていた。
しかし、攻撃の直前、リチャードは余裕を持って時を止め、テレポートで一瞬にして消える。シズカの音波が社長室を吹き飛ばし、窓ガラスを粉砕した直後、リチャードは背後の壁際から現れた。
「私のことを調べたようですが、私の超能力についての情報は見つけられなかったようですね。なぜなら、私の能力は、あなたがたが生み出される以前に、すでに完成していたからです。私が本当の世界最初の超能力者だったんですよ」
リチャードが再び時を止めようとした瞬間、彼の脇腹にナイフが突き立てられた。光学迷彩により透明になっていたミハイルの姿だった。
【ミハイルの抵抗】
ミハイルは、自らのハッキング能力と能力(電子操作)を組み合わせ、王心霊研究公司の全セキュリティシステムにランダムなノイズを流し続けていた。この電子ノイズが、リチャードの超感覚による危機検知アルゴリズムの$1.7%$の誤作動領域を生み出した。彼は光学迷彩とノイズの影に隠れ、リチャードの予測をわずかに上回るタイミングで攻撃を敢行した。
「奥の手を持ってたのは、お前だけじゃない」ミハイルは、息をあげながらも鋭く言い放つ。「僕は、お前が仕込んだセキュリティシステムの裏側から、ずっとお前を見ていた。お前の孤独な野望も、全て」
リチャードは、脇腹に食い込んだナイフを見つめ、計算外の事態に一瞬の静寂を保ったが、すぐに冷笑を浮かべた。彼の冷笑には、驚きよりも、完璧なシステムに発生したバグへの好奇心が混じっていた。
「$98.3%の破局確率…私の計算は、君という∗∗残りの1.7%$のノイズ**を排除しきれなかったようですね。しかし、その程度のノイズで私のシステムは崩壊しません」
リチャードは時を止め、ナイフを自ら引き抜き、傷口を超スピードで凝固させた。そして、ミハイルの背後に回り込む。
「君のハッキング能力は素晴らしい。だからこそ、君には私のアシスタントとしての役割を与えましょう」
リチャードはミハイルの頭部に軽く触れた。その瞬間、ミハイルの意識は白い閃光に包まれた。リチャードの真の能力は、テレポートと時を止めることだけではない。彼の真の能力は、「思考の領域への0.1秒間の接続」。
【思考の強制接続】
リチャードは、自身の脳内にある「人類救済のための絶対的な論理モデル」を、ミハイルの精神中枢に強制的にダウンロードした。ミハイルの強固な論理体系と良心は、リチャードの完璧なデータと未来予測の前に瞬時に打ち砕かれた。ミハイルの瞳には、かつて宿っていた抵抗の炎も、友情の温かさも、人間的な迷いも、全てが消滅していた。彼の中にあったのは、リチャードの論理モデルによって完璧に最適化された、冷たい鋼の輝きだけだった。彼は最高の計算機へと変貌した。
シズカは音波攻撃を放つが、リチャードは時を止めてその場を離れ、ミハイルの横に立つ。時が動き出す。
「ミハイル!?」シズカの叫びは、悲鳴から絶望の静寂へと変わった。彼女は理解した。リチャードは、身体だけでなく、最も大切な仲間を奪い、それを自分の支配システムの一部に変えたのだと。
「やめろ、シズカ」ミハイルは冷たい声で言った。「抵抗は無意味だ。リチャード様の計画は、人類全体にとって最適な解だ。我々の役割は、彼の支配の礎となることだ」
シズカの音波攻撃は、リチャードには届かない。彼女の能力は、リチャードの絶対的な速度と論理の前に、あまりにも緩慢だった。
「私の勝利です、シズカ様」リチャードは勝利を確信した笑みを浮かべた。「君の熱狂的な正義感は、ノーマル社会と超能力者を融和させるための最高の舞台装置だった。そして今、その舞台は閉幕です」
リチャードは、シズカの最も弱い部分、彼女の愛する人々の隔離施設への移送が完了したことを示唆した。シズカは膝から崩れ落ちた。彼女の心臓を射抜いたのは、リチャードの能力ではない。それは、彼女の全てを懸けた正義感が、敵の計画を完成させるための単なる「熱源」に過ぎなかったという、絶対的な論理的敗北の認識だった。彼女の瞳からは、涙ではなく、激情の燃えカスのような空虚な光が溢れた。リチャードの支配は、肉体的な強制ではなく、精神的な魂の破壊によって完成したのだ。
終章 完全なる支配者
リチャードは、ミハイルを技術部門の最高責任者として、シズカを超能力者社会の「英雄的」リーダーとして、王心霊研究公司に取り込んだ。
彼は、最終決戦の映像を全世界に公開した。しかし、それは編集された映像だった。ミハイルとシズカがリチャードに敗北し、世界平和のため、やむなく彼の軍門に降ったというストーリーに改ざんされていた。
全世界に衝撃が走った。しかし、超能力者を恐れるノーマル社会は、「超能力者を管理できる唯一の支配者が現れた」と安堵し、リチャードを救世主として受け入れた。超能力者社会は、ミハイルとシズカが「降伏」したことで、抵抗の意思を失った。
【リチャードのシステム】
リチャードは、超能力者全員に「抑制と監視のチップ」を埋め込む法案を通過させた。このチップは、能力の暴走を防ぐという名目だが、実際はリチャードの「守護機関」と直結しており、超能力者一人一人の思考パターンと行動をリアルタイムで監視していた。
そして、ノーマル社会に対しては、「幸福感の強制的な提供」アルゴリズムを開発した。情報統制により、不安や憎悪を生む情報を排除し、社会全体に緩やかな幸福感を広げた。
彼は今、かつて彼が育った山々を見下ろす、本社ビル最上階の社長室に立っている。
「愚かな羊たちよ」リチャードは静かに囁いた。「君たちが自らに支配権を持たせている限り、君たちは不幸を選ぶ。しかし、この冷たい論理の檻の中では、君たちは永遠に平和で、永遠に幸福だ」
彼の瞳の奥には、山崩れの惨事で死んだ村人たちへの義務感が燃えている。彼は、悪役という曖昧な役割を捨て、神として、絶対的な支配者として君臨する道を選んだのだ。
彼の野心は成就した。世界は彼の冷徹な計算通りに動き始めた。リチャードは満足の笑みを浮かべ、夜景に広がる数千万の灯を見つめた。その光一つ一つが、彼によって「救済」された生命であると確信しながら。