第一月曜日の朝九時。東立東北支店の月例営業会議が始まった。

会議室には、やる気のない男性社員数名と、ハナゾノ・ミヤ、そしてハマ・ソウスケ支店長(チャーリー)が座っている。会議はオンラインでも接続されており、アマツカ・マヤは自宅から、サイオン・サヤも技術部門の席からリモートで参加している。

ハマ・ソウスケ(支店長): 「よし、それじゃあ、始めるか。まあ、いつもの通り、数字は確認しているな。今月も大きな問題はない。平和が一番だ。まずは、各自の報告に入ろう。フクダ、今月も既存取引先の継続案件、ご苦労だった」

フクダ(営業・40代男性): 「はい。ありがとうございます。今月は特に、来年施行される『産業機械安全管理法』の改正に伴い、既存顧客から過去の導入機械の仕様に関する問い合わせが急増しています。弊社は古い機械のデータ管理が煩雑なため、現場で迅速な対応ができていないのが現状です。教訓としては、デジタル化の遅れが直接的な顧客対応の遅れに繋がっているという点です」

フクダは真面目に、現場の課題を共有した。全員が、重い空気の中で頷いている。

(オンライン参加)アマツカ・マヤ(営業): この時、マヤは自宅でカメラオフ、マイクオンの状態で、化粧を直しながら参加していた。フクダの話の「法律改正」「問い合わせ増」という単語だけを拾った彼女は、ここで自分の存在感をアピールするチャンスだと判断した。

マヤ: 「えーと、フクダさん、ちょっとよろしいでしょうか?」

(マヤの、どこか甘えた、それでいて上から目線のような声が、スピーカーを通じて会議室に響く。)

マヤ: 「法律が改正されたということは、改正の対策がなされねばならないということですよね?つまり、私たちは改正法に対応した準備を行う必要があるということです。この点について、支店としてどう対応していくべきか、明確に方針を出すべきだと思います。みんなが動けるように、しないと」

会議室に、沈黙が訪れる。フクダの報告内容は「過去の仕様の問い合わせ」という受け身の対応に関するものであり、マヤの発言は、フクダが言ったことの単なる繰り返しか、あるいは的外れな一般論であった。誰もが「当たり前だ」「何を言っているんだ」と感じたが、誰も指摘しない。

ハマ: (フクダの報告をそのままオウム返ししているだけか。相変わらず、中身がない) 「うむ、マヤの言う通りだ。改正法への対応は重要だ。フクダ、引き続き注視するように。よし、次だ。ハナゾノ」

ハナゾノ・ミヤ(営業): 「はい!私、花園です!今月は、新規開拓キャンペーンの熱をそのままに、小規模ながら二件、新規の成約をいただきました!」

(ミヤは立ち上がり、プレゼンボードも使わずに、熱量だけで語り出す。)

ミヤ: 「案件の内容は、一つは『情熱と根性でコストを抑える』をテーマにした設備導入、もう一つは『叩き上げの技術者魂』に共鳴していただいた社長からの受注です!私たち現場の人間が、いかに魂を込めて仕事をしているか、という部分がお客様に響いたのだと思います!数字じゃない、人の心を動かすのが仕事です!」

ハマ: (「情熱と根性でコストを抑える」?それは、単に値引きしただけだろう) 「うむ、ミヤの熱意は、この支店の宝だ。引き続き、その魂を燃やし続けてくれ」

ヤマダ(営業・30代男性、唯一まともな常識人): 「ハナゾノさん、その二件の新規案件ですが、顧客の財務状況と、導入される機械のオーバースペックについて、少し懸念があります。特に『情熱と根性でコストを抑える』という案件は、回収の見込みについて、もう少し具体的にお聞かせ願えませんか?」

ミヤ: (ヤマダのような大卒のインテリに、私の熱い仕事の邪魔をされるのは耐えられない。) 「ヤマダさん!あなたは頭でっかちですよ!数字だの、回収の見込みだの、そんな細かいことばかり気にしているから、大きな仕事ができないんです!私がこの手で勝ち取った案件です!魂がこもっている!あなたは人の努力を信じられないんですか!」

ミヤは、質問の内容には一切答えず、ヤマダの人格と仕事への姿勢を罵倒することで、論点をすり替えた。

ハマ: (面倒だ。早く終わらせたい) 「ハナゾノの案件は、彼女の責任の下で進めさせている。ヤマダ、君の懸念は理解するが、時には大胆さも必要だ。さあ、次だ。サイオン」

(リモート参加)サイオン・サヤ(技術): サヤは、会議室の沈黙を待って、マイクをオンにした。彼女の報告は、まるで壮大な国際会議の発表のようだった。

サヤ: 「今月、私が取り組んだのは、グローバルな技術潮流への対応です。私の海外経験に基づき、国内の技術者では見落としがちな、国際標準に準拠したシステム導入の可能性について、重要なインプットを行いました」

(実際、彼女がやったのは、海外のニュースサイトを見て、新しい技術の単語をいくつかチャットで本社に送っただけである。)

サヤ: 「これにより、東立の技術部門は、ガラパゴス化の危機から、一歩抜け出すことができたと言えるでしょう。この先見の明は、この支店で私しか持ち合わせていません」

ヤマダ: (また始まった) 「サイオンさん。恐縮ですが、『国際標準に準拠したシステム導入の可能性』について、具体的に、どの技術を、どの顧客に向けて、どのようなコストとリターンを想定してインプットされたのでしょうか?詳細について教えていただけますか?」

サヤ: (詳細な質問は、自分の才能への挑戦だ。) 「ヤマダ!あなた、私の邪魔をする気ですか!?」

サヤの声は、スピーカーを通じて急にヒステリックな叫び声に変わった。

サヤ: 「あなたの頭の中は、いつもドメスティックな数字と瑣末なコストばかり!私の壮大なビジョンが、あなたの小さな脳みそで理解できるとでも思っているんですか!そんな低次元な質問をするために、私の貴重な時間を割いているのではありません!邪魔をするなら、会議から出ていきなさい!」

サヤは、質問内容に一切答えず、ヤマダの人格と知性を罵倒し、怒鳴りつけた。

ハマ: (ああ、面倒だ。いつもこれだ。) 「サヤ!落ち着け!ヤマダも、サヤのグローバルな視点を、日本の現状に落とし込むのは難しいのだ。その熱意は、技術部で活かしてくれ」

ハマは、サヤの癇窶を「熱意」として丸め込み、ヤマダを「サヤの才能を理解できない者」として片付けた。

ヤマダは、静かにノートにメモをとった。(フクダの真面目な報告はオウム返しされ、ミヤの無責任な案件は野放し。サヤの空虚な報告は絶叫で擁護される。これが、この支店の日常だ)

ハマ: 「よし。他に報告はあるか?なければ、これで会議は終わりだ。皆、今月も平和に、自分の役割を果たすように」

ハマは、会議の最後に、自分が最も望む「平和な日常」を強く意識させる言葉で締めくくった。

会議室のメンバーは、安堵したように席を立った。リモート参加のマヤは「お疲れ様でした!みなさん、私が言ったように、頑張りましょうね!」と、最後の最後に、再び自己顕示欲を満たすための意味不明な言葉を残して、接続を切った。

東立東北支店の月例営業会議は、今日もまた、真面目な仕事の報告が、三人のブラックエンジェルの自己満足と、ハマ支店長の無責任な保身によって、完全に歪められた形で幕を閉じた。そして、誰もがこの茶番が、来月も繰り返されることを知っていた。

月例営業会議が終わった日の夜。東立東北支店のいつもの「平和」を維持するため、ハマ・ソウスケ支店長と、「チャーリーズ・ブラックエンジェル」の三人は、居酒屋「大漁」の座敷にいた。

テーブルの上には、熱燗と焼き鳥が並び、会議中のピリピリした空気とは無縁の、リラックスした雰囲気が漂っている。だが、その会話の内容は、昼の会議の「反省」ではなく、もっぱら「他責志向の愚痴」であった。

アマツカ・マヤ(営業): マヤは、熱燗を一口飲み、ため息をついた。

「ねえ、支店長。今日の会議、私、本当にストレスが溜まったわ。あのフクダさん、なんであんなに話が分かりにくいのかしら? 私がわざわざ『法律改正には対策が必要だ』ってまとめてあげたのに、誰も私の本質をついた言葉に気づかないなんて。やっぱり、この支店の人たちは、頭が固すぎるわ」

(マヤは、自分がフクダの報告を理解できず、意味のない一般論を述べたことを棚に上げ、他の社員の「理解力のなさ」のせいにした。)

ハマ・ソウスケ(支店長): 「ハハハ。マヤは鋭いからね。君の言う通り、フクダの話は回りくどい。君の言葉は、会議の本質を突いていたよ。彼らは、君の真の優しさと知性に、まだ追いつけていないんだ」

(ハマは、マヤの無能さを「鋭さ」「知性」にすり替え、持ち上げる。)

ハナゾノ・ミヤ(営業): ミヤは、焼き鳥を頬張りながら、憤慨したように声を上げた。

「まったくよ!あのヤマダ!何なの、あの数字にうるさい態度は!新規開拓ってのは、勢いと魂でやるもんでしょう!?私の叩き上げの努力を、『回収の見込み』だなんて、冷たい言葉で片付けようとするなんて、エリートの傲慢よ!」

(ミヤは、自分の案件が抱える「回収不能」という現実的なリスクを、ヤマダの「傲慢」という抽象的な感情論で否定した。)

ミヤ: 「ああいう頭でっかちなインテリがいるから、この支店はいつまでも現場の本当の力を発揮できないのよ!支店長!あのヤマダ、どうにかしてくださいよ!」

ハマ: 「落ち着け、ミヤ。君の情熱は、誰もが認めるところだ。ヤマダは、君の炎のようなエネルギーが理解できないだけだ。彼には、君の魂の重さが計れない。いいか?君の案件は、東立の未来を切り開く、希望の光だ。他人の雑音など気にするな」

(ハマは、ミヤの無責任さを「希望の光」と呼び、ヤマツダの正論を「雑音」として排除した。)

サイオン・サヤ(技術): サヤは、熱燗を一気に飲み干し、感情を爆発させた。

「支店長!あのヤマダは、私の敵よ!私のグローバルなインプットに対して、瑣末なコストや詳細を尋ねるなんて、私の才能への侮辱だわ!」

(サヤは、自分が答えられない「詳細」や「コスト」に関する質問を、自分の「才能」への攻撃と受け取った。)

サヤ: 「あんな狭い視野の人間が、この支店にいるから、いつまでもガラパゴス化が進むのよ!私は、世界を見ているの!あのヤマダが邪魔をする限り、私は最高の技術を提供できない!会議で叫びちらしてやったけど、全く反省していないでしょうね!」

ハマ: 「サヤ、よくぞ言ってくれた!君の怒りは、この支店の閉鎖性に対する正義の叫びだ。君のビジョンはあまりに壮大すぎて、ヤマダの狭い器には収まらないのだよ。君の鋭い感性を、あの凡庸な会議室で消耗させてはもったいない」

(ハマは、サヤの癇窶を「正義の叫び」に昇華させ、ヤマダを「凡庸」と断じた。)

ハマは、再び徳利を取り、四人のぐい呑みに熱燗を注いだ。

ハマ: 「いいか、君たち。この支店で、真に価値のある仕事をしているのは誰だ?それは、私を信じ、私と共に闘っている君たち三人だ」

ハマは、この言葉で、この三人の行動が「正当」であり、他の社員の行動は「無価値」であることを暗示させた。

「あのフクダやヤマダが、地味なルーティンワークで満足している間に、君たちは熱意とグローバルな視点で、東立の華やかな未来を夢見ている。今日の会議で、君たちが批判されたと感じたなら、それは、君たちの光が強すぎた証拠だ。これからも、私の言葉だけを信じ、君たちのやり方を貫いてくれ。私が、全ての責任を取る」

(彼は口では「全ての責任を取る」と言ったが、その実態は、面倒事を全て東京の本社と若手に押し付けているだけである。)

三人の女性たちは、ハマの言葉に完全に酔いしれた。自分たちの無能さ、無責任さ、そして他責志向は、全て「才能」や「優しさ」といったポジティブな言葉で上書きされた。

「チャーリーズ・ブラックエンジェル」は、この夜もまた、自分たちの歪んだ自己肯定感を固め、明日からの無責任な日常に戻っていくのだった。

居酒屋「大漁」の喧騒の中に、真実から目を背け、自己満足に浸る四人の笑い声が、いつまでも響き渡っていた。

東立東北支店の社員たちは、月例会議後の夜、必ずしも「大漁」に行くわけではない。特に、ハマ支店長や「チャーリーズ・ブラックエンジェル」のメンバーとは距離を置きたい常識的な社員たちが集う、別の居酒屋があった。それが、支店の裏通りにある、地味で静かな「富士」だった。

この夜、「富士」のカウンター席には、真面目な報告をしたフクダ(営業、40代)、正論でやり込められたヤマダ(営業、30代)、そして今回のコンペでは静観を貫いたコバヤシ(営業、50代手前)の三人が、ビールジョッキを前に重い空気を纏っていた。

フクダ: 「……あの会議は、一体何なんでしょうね。私が真面目に『産業機械安全管理法』の改正に伴う懸念を報告しても、結局、アマツカさんの無意味なオウム返しと、支店長の『平和が一番』で終わる。あれじゃあ、問題意識なんて共有できませんよ」

フクダはジョッキを一気に呷り、疲れたように溜息をついた。

ヤマダ: 「フクダさんの報告は、本来、全社で共有すべき重要な課題ですよ。それを、アマツカさんが『改正には対策が必要』なんて、小学生でも分かるようなことを言って、なぜか支店長に褒められる。彼女は、自分が発言したという事実と、褒められたという結果だけが欲しいんです」

ヤマダは、カウンターに肘をつき、悔しそうに続けた。

ヤマダ: 「そして、私の案件への質問ですよ。ハナゾノさんの新規案件の回収リスクについて、具体的な数字を求めただけなのに、『頭でっかち』だの『人の努力を信じない』だの。まともな議論が成立しないんです。あんな案件、絶対に不良債権化しますよ。その尻拭いは、どうせ我々か、東京の田中さんたちに回ってくるんですよ」

コバヤシ: (ベテラン社員のコバヤシは、長年この支店の茶番を見てきたため、諦めと達観が混ざった表情をしていた。) 「ハナゾノ君は、自分の無能さを隠すために、『情熱』という言葉を盾にするのが上手いんだ。議論の中身がないから、相手の人格を否定して逃げる。そして、チャーリー(ハマ支店長)は、それが一番面倒がないから、ハナゾノ君を擁護する。彼は、面倒な責任が、自分以外の誰かに押し付けられるなら、誰が正しいかなんてどうでもいいんだよ」

フクダ: 「その通りです。そして、サイオンさんですよ。私が彼女に『インプットの詳細』を尋ねたら、突然癇窶を起こして叫び散らすなんて。あれは、単に彼女が詳細な内容を知らない、という証拠じゃないですか。ただ『グローバル』って言いたいだけでしょう!」

ヤマダ: 「私も一度、サイオンさんの技術的な提案に疑問を呈したら、『日本の恥』だと罵倒されましたよ。彼女の言う『グローバル』とは、彼女の妄想と現実との乖離から逃げるための、魔法の言葉なんです。指摘されると、自分の世界が壊れるから、叫んで相手を排除する」

コバヤシは、静かに熱燗を注文し直した。

コバヤシ: 「あの三人が集まって、『チャーリーズ・ブラックエンジェル』と呼ばれているのは、皆も知っているだろう。あいつらは、チャーリーの保身という名の『責任の傘』の下で、好き勝手やっている。アマツカさんは『無責任な甘え』、ハナゾノ君は『無知な情熱』、サイオンさんは『無根拠な才能』だ。三者三様に、自分の仕事ができない理由を、他人のせい、環境のせいにして、居心地よく生きている」

フクダ: 「ですが、このままでは支店が潰れますよ!まともな仕事をしている我々が、あの三人の尻拭いのために、東京の若手と同じように過重な労働を強いられる。田中さんや伊藤さんの状況を見れば、明らかです」

ヤマダ: 「新規開拓キャンペーンの時もそうでした。我々は優良顧客を相手に地道にやっていても、彼女たちは無理筋な案件を数で稼いで、結局クレームの種をまき散らしただけ。そして、負けたら『出来レースだ』と騒ぐ。あの人たちに、反省という言葉は存在しないんですよ」

コバヤシは、静かに熱燗を呷った。

コバヤシ: 「諦めろ。この東立の地方支店は、創始者の夢と不採算部門の現実の間に挟まれた、惰性の空間だ。ここにいる我々常識人は、『まともであること』という鎖に繋がれている。あの三人のように、無責任になる勇気を持てない。だから、酒場で愚痴を言い合うしかない。そして、チャーリーは、我々がこうして愚痴を言い合ってくれることで、自分の平和な定年が守られていることを知っているんだ」

フクダとヤマダは、目の前のジョッキを見つめた。自分たちが「まとも」であるからこそ、この居心地の悪い「惰性の空間」から抜け出せない。無責任になれない自分たちの良識が、かえって彼らを縛っている。

三人は、誰に聞かせるわけでもなく、静かに、しかし深く、溜息をついた。

「もう一杯、もらおうか」とコバヤシがマスターに声をかけ、「富士」の静寂は、常識人たちの冷たい憂鬱に満たされていった。