東立株式会社 東北支店は、地方活性化プロジェクトの一環として、地元の商工会が主催する婚活イベントに協賛していた。独身女性の参加者不足という主催者側の泣き言が、ハマ・ソウスケ支店長の耳に入ると、彼の脳裏には即座に「チャーリーズ・ブラックエンジェル」の三人の顔が浮かんだ。
ハマは、三人を支店長室に呼び出した。
「アマツカ、ハナゾノ、サイオン。君たちに、東立の威信をかけた、重要な特命がある」
三人の女性は、また面倒事を押し付けられるのかと表面上はいやそうな表情を浮かべた。しかし、「婚活イベントへの参加」という言葉を聞くと、その不満は、抑えきれない内なる期待へと瞬時に変わった。
アマツカ・マヤは、「私のような華を持つ女が、わざわざこんな場に行くなんて」と口元を歪ませたが、内心は「これで、私をチヤホヤし、経済的に守ってくれる男を見つけられる」と高揚していた。ハナゾノ・ミヤは、「仕事に情熱を燃やす私が…」と不満を述べたが、その心は「私のキャリアと情熱を理解し、私を指導者として讃えてくれるエリート」への期待で満ちていた。そして、サイオン・サヤは、「ドメスティックなイベントで知性を汚されたくない」と深くため息をついたが、20年近く彼氏がいないという、自身の知性では解決できなかった現実を打ち破るべく、胸を高鳴らせていた。
三人の表面的な不満と内面の抑圧された本能は、彼女たちをイベント当日へと突き動かした。
地方都市の公民館ホール。イベント当日。会場に集まった男性参加者たちは、皆、地方の安定した生活を象徴する、真面目だが、彼女たちが心の中で期待するレベルには達しない人々だった。平均的な年収、身長、学歴。
彼女たちが求め、当然来るべきだと信じていた「高収入、高学歴、高身長(三高)」を満たす男性は、地方においては稀少な存在であり、この種のイベントにはそもそも参加しないという現実的なフィルターを、彼女たちは完全に無視していた。
この「理想と現実の温度差」は、イベント開始直後から、彼女たちの表情を絶望的なものへと変えた。
ハナゾノ・ミヤは、周囲の男性陣を見て、恐怖に近い焦りを感じた。 「何よ、この熱量の低さは……。誰も情熱を持っていないじゃない!私の魂に、火をつけてくれる男が一人もいない!」
サイオン・サヤは、ホール全体を軽蔑の眼差しで見渡し、深いため息をついた。 「…私のグローバルな知性を理解できる男性が、ドメスティックな地方の公民館にいるはずがなかった。私の貴重な週末が無駄にされたわ」
彼女たちの本気の努力は、全て自己中心的な本能によって空回りした。
アマツカ・マヤは、華やかさを武器に男性の関心を引こうとしたが、その裏に隠された「チヤホヤされたい支配欲」と「高すぎる経済的要求」が透けて見え、男性陣は「手に負えない女性」として敬遠した。彼女の必死の笑顔は、振り向いてもらえないという現実によって、次第に引きつったものへと変わっていった。
ハナゾノ・ミヤは、情熱を説き、男性陣の人生観について指導を始めた。その指導者然とした態度に、男性たちは「パートナーではなく上司が欲しいのか」と怯え、皆、早々に席を立った。彼女は本気で自分の価値を理解してほしかったが、その伝え方があまりにも高圧的すぎた。
サイオン・サヤは、自分の海外経験と知性をひけらかし、相手の趣味や仕事に辛辣なコメントを浴びせた。彼女は本気で知的でハイステータスな男性に自分を選んでほしかったが、その高すぎるプライドが、現実的なコミュニケーションを完全に拒絶した。
結果、パーティーの終了時間。彼女たちの努力は惨敗に終わった。二次会どころか、次のデートの約束も、LINEの交換すら、誰とも成立しなかった。彼女たちの「本気」は、「自意識の高さ」によって、無惨に砕かれた。
その夜。何も得られなかった、自意識の高さで自滅したエンジェルたちは、いつもの居酒屋「大漁」に直行し、ハマ支店長を呼び出した。
ハマは、静かに座敷に座り、彼女たちの敗北の儀式を見届けた。テーブルには熱燗が並び、三人の女性の挫折と怒りが、負け惜しみという形で噴出した。
アマツカ・マヤは、嗚咽混じりに、「私ほどの美人が…」という無言の訴えを込めてグラスを握りしめた。 「支店長…運がなかったわ。私のような繊細な美人を囲えるほどの、経済力と器量を持つ男性が、たまたま今日はいなかっただけです。私が地方にいるのが悪いんです。私の価値を理解できないこの田舎の男たちに、貴重な時間を奪われたわ!」
ハナゾノ・ミヤは、顔を真っ赤にして、敗北を認めまいと、机を強く叩いた。 「出来レースよ! 全て、環境が悪いの!あの男たちには、私の叩き上げの情熱を理解できる才能も野心もない!私たちを送り込んだ商工会が悪い!私たちの価値に見合わなかったのよ!」
サイオン・サヤは、空虚な目で熱燗を呷り、20年分の焦りを世界への怒りに変えた。 「この町の知性レベルが低いのが悪い! 私の知性に釣り合わないドメスティックな男しか来なかったのよ!私の才能が大きすぎたために、こんな田舎のパーティーが私を拒絶したのよ!私が馬鹿なんじゃない、この世界が馬鹿なのよ!」
彼女たちの口から出てくるのは、全て他人や環境への責任転嫁だった。
ハマは、完璧に自己責任を回避した彼女たちの姿に、満足げな笑みを浮かべた 「ああ、よくぞ言ってくれた。君たちの結論は、全て正しい」
ハマの言葉は、三人の女性の惨めな敗北を、「自分たちの価値が高すぎる証拠」という甘い麻薬で完全に麻痺させた。
「君たちの失敗は、君たちのせいではない。君たちの才能が大きすぎたために、この凡庸な世界が君たちを拒絶したのだ。そして、君たちの狂気を『才能』として許容し、安寧を与えられるのは、私という名の支配者がいる、この東立東北支店だけなのだ」
ハマは熱燗を呷り、自分の支配の永続性に確かな喜びを覚えた。
居酒屋「大漁」の喧騒の中に、本気の挫折を「才能の証明」に変えて悦に入る四人の、幸福で恐ろしい笑い声が、いつまでも響き渡っていた。