大手企業である東立には毎年新人が入社するが、東北支店に新人が配属されることは通常なかった。しかし、この年は違った。東北地方の名士の息子、シマヅ・ケンジが、強力なコネクションによって本社に入社したのだ。

本社研修の段階で、シマヅの世間知らずな無能さと扱いにくさは露呈し、他の支店は彼を押し付けられるのを拒否した。唯一、特殊な事情を抱える東北支店が、彼の「受け皿」として本社から打診された。

当然、ハマ・ソウスケ支店長は、この厄介な爆弾を部下に押し付けようとした。

「コバヤシ君、新人研修の指導を頼む」

しかし、コバヤシをはじめとする常識的なベテラン社員たちは、強烈に拒否した。 「支店長、シマヅ君の出自と無能さを考えると、我々では対応しきれません!リスクが高すぎます!」

窮地に立たされたハマの前に、救いの手が差し伸べられた。エンジェルスである。

アマツカ・マヤ:(目を輝かせ)「あら、新人研修?私が華やかに、一から指導して差し上げますわ!」 ハナゾノ・ミヤ:(腕を組み)「私に任せて!叩き上げの情熱で、彼の魂を鍛え直してあげます!」 サイオン・サヤ:(ため息をつきつつ)「私のグローバルな知性で、この地方のボンボンに世界基準の教育を施してあげましょう」

通常であれば誰もが嫌がるこの「爆弾処理ミッション」を、彼女たちはウキウキで引き受けた。彼らにとって、「指導者」という、砂上の楼閣であれ立場が少しでも上になる地位は、自己肯定感を満たす最高の餌だったのだ。

こうして、半年の本社研修を終えたシマヅ・ケンジの、半年にわたるOJTが始まった。

彼を待ち受けていたのは、エンジェルスならではの「狂気の教育」だった。一般的には新人に教えないような、支店独自の、常識外れの業務や非効率的な手順ばかりを教え込まれた。

マヤは、「営業とは、自己の華やかさで相手の心を支配することだ」と教え、彼のスーツの着こなしや身のこなしを、自分の愛人時代の経験に基づいて指導した。ミヤは、「情熱とは、顧客の言うことを聞かず、自分の意見を押し通す力だ」と教え、彼に無意味な根性論と指導者の自分への絶対服従を求めた。サヤは、「ビジネスとは、グローバルな視点だ」と教え、彼の報告書に無関係なカタカナ語や国際情勢の知識を無理やり織り交ぜるよう指示した。

シマヅは、名士の御曹司とはいえ、さすがに困惑した。しかし、誰もが自分を拒否する中で、熱意(という名の狂気)を持って指導してくれるエンジェルスに、最低限の感謝を感じ、言われるがままに半年を過ごした。

こうして、シマヅは狂気に満ちた半年間を耐え抜き、一年間の研修期間を終えて、最低限の独り立ちを果たした。

ハマとしては、シマヅに何もしてほしくなかった。しかし、地方支店で「何もしなくていい部門」を作るのは困難だ。さらに、シマヅ自身も自己顕示欲を満たせる「仕事」をしたがっていた。

そこでハマは、東北支店の売り上げの割合が高く、なおかつ毎回同じ見積もりを出すだけで仕事が回るだけの、ルーティンワーク専門のA社を担当させた。これは、エクセルの日付を変える以上の能力を求めない、最も簡単な仕事だった。

「シマヅ君。君には、A社の担当を任せる。これは非常に重要な仕事だ。しかし、彼らは安定を好む。余計なことは言わず、誠意だけを見せればいい」

ハマはそう指示したが、シマヅは違った。彼はエンジェルスの濃ゆい教育を「真の営業哲学」だと誤解していた。

彼はA社の担当者に会いに行くたび、マヤ流の「華やかさ」とミヤ流の「情熱」、サヤ流の「グローバルな知識」をミックスした余計なことを言い続けた。

「御社はドメスティックな停滞に甘んじている。私の情熱とグローバルな視点で、御社のビジネスモデルを破壊し、再構築します!」

当然の結果として、東北支店にA社からの大クレームが飛び込んできた。「担当を今すぐ変えろ。我々の安定を乱すな!」

通常であれば、ハマは新人であるシマヅを強く叱責し、彼を厳しく詰めるべきだった。しかし、彼は東北地方の名士の息子であり、詰めるわけにはいかない。

そこでハマがとった行動は、エンジェルスに責任を押し付け、謝罪に行かせることだった。

「アマツカ、ハナゾノ、サイオン。君たちの指導の結果だ。君たちで、A社に謝罪に行ってこい」

エンジェルスは、「自分たちの指導の結果」という言葉に顔色一つ変えず、むしろ「自分たちの価値を証明する場」だと解釈した。

A社の会議室で、エンジェルスはいつものように馬鹿丸出しな対応を行った。

マヤは、「私の繊細な心遣いを理解しない御社が悪い」と泣き出し、ミヤは「御社の情熱のなさが、シマヅ君の才能を歪ませた」と逆ギレし、サヤは「御社のドメスティックな思考が、グローバルな改革を恐れた結果だ」と罵倒した。

この地獄のような謝罪劇を目の当たりにしたA社の担当者は、シマヅ・ケンジを改めて見た。

(……シマヅ君は、たしかに世間知らずで余計なことを言った。しかし、この三人に比べれば、彼はまだ常識の範疇だ。少なくとも、自分のビジネスについて話しているフリはしていた)

A社は、「この三人を担当にされるよりはマシだ」という消去法で、新人であるシマヅを許容することにした。

「わかった。担当はシマヅ君で継続してくれ。ただし、あの三人は二度と連れてこないでくれ。彼の方が、ずっとマシだ」

クレームは収まり、シマヅは担当を継続。とりあえず丸くまとまったことに、ハマは深く安堵した。

その夜、いつものように居酒屋「大漁」で、シマヅを加えての打ち上げが行われた。

アマツカ、ハナゾノ、サイオンの三人は、相変わらず自分の失敗を認めず、「今回の件は、A社の度量が狭すぎるのが悪い」と他責志向を露呈させ、大声で笑い、酒を呷った。

彼らの狂気に満ちた振る舞いを、終始冷静に見ていたシマヅの心に、ある変化が起きた。

(ああ……。これか。この人たちが、世間から避けられる理由。この人たちの言うことは、全て間違っている。この人たちの教えを真に受けてはいけない)

シマヅは、エンジェルスの教えを最高の「反面教師」として認識したのだ。

彼は、翌日から一変した。エンジェルスの教えを全て否定し、他のまともな社員に教えを請い、顧客に対しても誠実に対応するようになった。彼は、数ヶ月後にはまともな営業に成長し、A社を含む顧客とも良好な関係を築き上げた。

結果として、エンジェルスの教育は、意図せずして、反面教師という形でうまくいったのである。

この全てを背後で見ていたハマは、自分の手を一切汚さず、厄介な爆弾を優良な戦力に変えたという結果に、心の中で恵比須顔になった。

やはり、この支店は面白い。私は何もしていない。全ては、彼女たちの狂気と、若者の反骨心が解決してくれた。私の定年までの安寧は、盤石だ