夜明け前の、鉛のような時間。この家で、私が一番嫌いな時間だ。

目が覚めても、そこにあるのは絶望的な無力感だけだ。八十年生きた体は、もう私の意志とは全く関係なく、重く、言うことを聞かない。まるで自分の体が、私を閉じ込めるための粗末な檻に変わってしまったようだ。

寝返りを打とうとすれば、体の節々が悲鳴を上げる。トイレに行きたいと思っても、自力では一歩も動けない。そのたびに、私は自分の存在が汚れた塊になっていくのを感じる。

介護という名の呪縛
そして、すぐに息子、和人のことを考える。あの子の人生を、私が呪縛している。それは分かっている。

「和人、お茶はまだかね。それから、肩を揉んでおくれよ。まったく、気が利かない子だね」

私は、わざと横柄な母親の役割を演じ続ける。そうしなければ、要介護五の情けない私が、和人の重荷になっているという事実に、耐えられないからだ。偉そうに振る舞うことで、私はまだ「母親」という支配的な地位にしがみつける。

和人の顔は、いつも疲弊しきっている。彼の目には、私への愛情よりも、疲労と義務感の色の方が濃い。彼は真面目だから、私を見捨てない。だが、その真面目さが、彼の人生を、そして私の人生を、ゆっくりと締め殺している。

私はもう、彼の人生に「現(うつつ)を抜かす」ような明るい話題を持ち込む権利がない。彼の独身の原因が私にあることくらい、分かっている。だって、こんな「老いの檻」の世話をする生活の中に、一体どんな女性が入り込みたいと思うだろう?

過去への逃避
私の世界は、この寝室と、時々連れて行かれるリビングだけになった。毎日、天井の木目を見つめ、過去を思い出す。若かった頃。身体が軽かった頃。夫がいた頃。あの頃の私は、自由に動き、笑い、愛された一人の女性だった。

鏡を見ても、映るのはしわだらけで、色を失った、醜い老婆。それは私ではない。私の魂の抜け殻だ。

老いるということは、「女性であること」を剥奪されることだった。おしゃれも、化粧も、ヒールを履くこともできない。ただ、排泄と食事を誰かに委ねるだけの「モノ」になる。

最近は、時々、和人の寝息を聞きながら、いっそ早く死にたいと思う。和人を解放してやりたい。そうすれば、彼はあの真面目さから解放されて、本当に自分の生きたい人生を歩めるかもしれない。

だが、死ぬことも、自分の力ではできない。私はただ、この檻の中で、息子の疲れ果てた献身を吸い取るだけの怪物なのだ。

窓の外はまだ暗い。もうすぐ和人が起き、地獄のような介護の日々がまた始まる。

(ああ、誰か、私を、この体から解放してくれ)

そんな深い嘆きと、罪悪感を伴う恐ろしい願望だけが、私の心の中で、鉛のように渦巻いていた。

いつもの朝、目が覚めると、視界が妙に鮮やかだった。全身が軽く、まるで布団の中に重力がないみたいだ。いつものように「和人、朝食はまだかね」とぶっきらぼうに声を出し、体を起こそうとした瞬間、私は凍りついた。

立てる。

八十年生きてきて、最後の数年は自分の力で立つことすら叶わなかったのに。私はふわりとベッドから立ち上がった。まるで羽毛のようだ。

そして、自分の手を見た。しわだらけで、色素沈着した老婆の手ではない。細く、若々しく、艶のある指。信じられない気持ちで洗面所へ向かい、鏡を見た。

「若返っている!!」

二十歳。結婚する前、私が人生で一番輝いていた頃の顔だった。張りがあり、少し気の強そうな、あの顔。

息子—―和人—―は呆然としていたけれど、すぐに勤務時間だと慌てて家を出て行った。和人の顔が、あんなに疲弊しきっていたなんて、すっかり忘れていた。いや、見ようとしていなかった。

彼は私が自力で立てることに驚きながらも、どこか安堵しているように見えた。よかった。これで面倒をみさせることもなくなる。

その日は家で一日中、鏡を眺め続けた。顔の角度、髪の毛の感触。世界中が同じ現象に見舞われているというニュースを見たが、そんなことはどうでもよかった。私の人生が、リセットされたのだ。

若返りから三日目の朝、私は和人に切り出した。

「和人。いろいろ考えててもしょうがないからさ。今日から日々を生きていくことにするわ」

そう。考えることなんて一つもない。この体が動くうちに、動くべきだ。私はすぐに次の要求を口にした。

「とりあえず、街に出ていろいろ考えたいから、私の年金の通帳ちょうだい」

息子は、いつもの真面目くさった顔で「年金は生活費に組み込んでいて、自由になるお金はない」などと、つまらない説明を始めた。私の人生の最後の数年間、彼の世話になっていたという事実は、一瞬、私の喉に罪悪感の塊を作ったが、すぐに私はそれを怒りに変えた。

「これは私のお金だろ! 私に使えないって、あんた、お金をちょろまかしてるかい!? すぐにここにだしな!」

老いても、私は母親だ。そして、私は今、最高の若さを手に入れた。彼の支配はもう要らない。

和人はすぐに折れた。彼は真面目だから、通帳とキャッシュカードを渡し、私はそれをひったくるように奪った。ああ、これこそが自由への切符だ。

デイサービスの人には和人が適当に説明をつけてくれたらしい。私は彼の言葉を聞くでもなく、一歩も振り返らずに家を出た。

駆:十日間の疾走
若返ってから十日間。私の人生の最後の輝きは、遊びと浪費の疾走だった。この体には、老いの重さも、息子の介護による罪悪感も一切ない。あるのは、ただ「今」を燃やし尽くす欲望だけだった。

3日目:変身と解放
家を出た足で、まず向かったのは美容院だ。白髪混じりのパーマ頭なんて真っ平ごめん。私は流行りの明るいアッシュブラウンに髪を染め、毛先を遊ばせた。次にデパートへ。

和人に電話で要求する。「今の世代の服を用意しろ! サイズはSだ、もちろん。あんたの給料と私の年金、全部使っていいんだよ!」

彼は戸惑いながらも、すぐに折れた。真面目な息子は、私の今の姿を見て、もう私を「要介護の母」としては扱えないのだ。私は、彼が持ってきたカードで、ミニスカート、タイトなノースリーブニット、そして足元には華奢なヒールを揃えた。試着室の鏡に映る私は、八十歳の私を押し込めていた全ての屈辱から解放されていた。

その夜、若返ったばかりの同世代の女性たちとSNSで連絡を取り合い、居酒屋へ行った。皆、私と同じように「束の間の自由」に狂喜している。私たちは浴びるように酒を飲んだ。

4日目:音と熱狂
二日酔いの重さなんて、今の私にはない。私は街の一番大きなクラブへ向かった。轟音とレーザー光線。汗だくで体を揺らす若者たちの中で、私もヒールを脱ぎ捨てて踊り狂った。

若い男たちが近づいてくる。「お姉さん、可愛いね、一人?」彼らは私を二十歳の美女として扱う。私は彼らを適当にあしらいながら、カクテルをグラスが空になる度に注文した。かつて、介護のために切り詰めていた生活とは真逆の、贅沢な、刹那的な喜び。音楽と熱狂が、老いの影を完全に消し去った。

5日目:女王様の座
私は生まれて初めてのホストクラブへ足を運んだ。きらびやかな内装、甘い言葉を囁く若い男たち。私は一番イケメンのホストを指名し、女王様のように振る舞った。

「あんた、若いのに金遣いが荒いね」と驚く彼に、私は煙草の煙を吐きかけ、笑って答えた。「これが私の最後のボーナスさね。だから惜しまないよ」。和人から奪った年金で、シャンパンタワーを一つ注文した。私を介護で支配した社会への、ささやかな反逆だった。

6日目:一人旅のロマンス
遠出をした。私は若かった頃に一度だけ夢見ていた温泉旅館へ、一人で贅沢な旅行を決行した。誰も私を知らない場所で、私は好きなように振る舞う。

露天風呂に入り、冷たい地酒を飲む。肌に触れる湯の感触。それは、誰かに体を拭いてもらう屈辱とは無縁の、純粋な快楽だった。旅館の夕食では、板前が私を「若奥様」と呼ぶ。私は、夫亡き後に得たこの偽りの肩書きを、心から楽しんだ。

夜は、たまたま宿泊していた中年の裕福そうな男性とバーで出会い、夜が明けるまで語り明かした。恋に発展することはなかったが、私を「魅力的な一人の女性」として扱う彼の視線が、たまらなく心地よかった。

7日目:再会と欲望の連鎖
街に戻った私は、昔の友人だったユキと偶然再会した。彼女も若返っていた。私たちは手を取り合って泣き、昔話に花を咲かせた。

しかし、話題はすぐに「どうやって金を稼ぐか」に移った。ユキは貯金を使い果たし、若さを維持するために体を売っていると告白した。私は衝撃を受けたが、彼女の顔には生(せい)の輝きがあった。私はその道を選ばなかったが、彼女の行動を否定できなかった。皆、この若さが永遠ではないことを、本能で感じ、最後の欲望を追いかけていたのだ。

8日目:忘れていた繋がり
私は、クラブで知り合った若い男と連絡を取った。彼は私を「アヤ」と呼んだ。私は彼と彼の家で、一夜を共にした。

彼の優しさ、彼の体が私に与えてくれる肉体の繋がり。それは、夫が亡くなってから久しく忘れていた感情だった。彼は私を優しく抱きしめ、私の若さを讃えた。その時、私は、佐伯綾子という母親でも、八十歳の老女でもなく、一人の女性として満たされた。私は、既に亡くなった和人の父のことを思い出すそぶりもなかった。

9日目:静かな倦怠
疲れは感じなかったが、なぜか体が重い気がした。朝、鏡を見ると、肌のハリにわずかな翳り(かげり)が見えた。期限が近づいている。

私は最後に、ずっと欲しかった高価なダイヤモンドのネックレスを買い、家に帰った。家に帰ると、和人がいた。彼は憔悴しきっているのに、何も言わず、黙って私のために夜食を用意した。

彼の顔を見た瞬間、私は彼の疲労の原因が自分自身にあることを、一瞬で思い出した。そして、彼の真面目さ、彼の献身が、彼自身の人生を狂わせていることも。

私は、和人が婚活でいろいろ痛い目にあったことを思い出し、そして、彼の目の中に私へ向けられた、異常な熱が宿っていることに気づいた。それは息子としての愛情ではない。

(本当に女性というのは、いくつになっても女性なのだな。そして、男はいつまでたっても…)

私は彼の哀れな恋心を無視し、彼が用意した夜食を平らげた。彼がどうなろうと、もう知ったことか。私は私のために生きる。

その夜、私は自室のベッドに倒れ込んだ。体が、鉛のように重い。

終:満足した最期
若返って十日目の朝。

体が動かない。昨日の夜の重さが、今度は鉛のように全身にのしかかっている。

和人が寝床へ向かいに来た音がした。

私は、もう彼に声をかける力すらなかった。

彼は私の顔を見た。そして、何かを悟ったように、にやりと笑った。

私がただの老女の姿に戻ったことに、彼は安堵している。それと同時に、どこか満足しているようにも見えた。

私は最後の力を振り絞り、心の中で呟いた。

「私は満足したよ、和人」

たった十日間。その短い期間で、私は八十年分の義務と重圧から解放された。一人の女性として、人生の最盛期を取り戻し、遊び、愛し、浪費した。もう、何も悔いはない。

意識が遠のき、私は再び、皺だらけの、八十歳の老婆の体に戻っていく感覚を覚えた。

私の体は静かに横たわっていた。その表情は、どこか穏やかだった。

(和人。この後の人生、お前も好きなように生きなさい)

それが、私が息子に送る、最後の、そして最も自由な「母親面」だった。