嫉:若さという名の毒
私は杉山(すぎやま)喜代美(きよみ)、七十歳。若返りの現象が起きた時、私は要介護ではなかった。一人で歩けるし、自分で食事もできる。だから、天使の奇跡の対象にはならなかった。

それは、私にとって地獄の始まりだった。

ニュースで流れる映像は、どれも信じがたかった。皺だらけの老婆たちが、二十歳の、肌艶の良い美女に変わっている。皆、笑い、踊り、若さを謳歌している。そして、その命が短期間で終わるという事実すら、彼女たちの歓喜を止めることはなかった。

私に残されたのは、七十歳の、機能は保たれているが、確実に衰えゆく身体だけだった。

私は、嫉妬で気が狂いそうになった。

「なぜ、私じゃないの?!」

私はまだ、要介護になるには若すぎた。老いを受け入れ、隠居するには早すぎた。私は、まだ「女性」として生きたかった。エステに行き、流行の服を買い、健康維持に努めてきた。しかし、どんな努力も、あの「奇跡の若返り」の前では無力だ。

私に残された「普通の老後」は、彼らが手に入れた「最高の青春」の横で、ただの惨めな余生でしかなかった。

観:佐伯綾子の醜い輝き
私は近所の佐伯綾子を知っていた。彼女は私より十歳も年上で、数年前から要介護五。車椅子生活で、息子にすべての世話をさせている、気の強い、高慢な老婆だった。

その綾子が、若返ったと知った。

私が、その二十歳の綾子を初めて見たのは、デパートの化粧品売り場だった。鮮やかなミニスカートに、煌びやかなアクセサリー。私が見たこともないほど派手な化粧を施し、若い店員を顎で使っている。

その姿は、確かに醜悪だった。八十歳の魂が、二十歳の身体を借りて、過去の欲望を露悪的に、そして貪欲に満たそうとしている。

「これ、もっと高いやつはないの? 安っぽいのは嫌いなんだ」

私は柱の陰から、その光景を見ていた。彼女の傍若無人な振る舞いは、昔と変わらない。息子を召使いのように扱い、年金で派手に浪費していることも知っている。

(ああ、なんて品がない。あのまま、要介護のベッドで死んでしまえばよかったのに)

心の中ではそう罵倒する。だが、私の視線は釘付けになったままだった。

彼女は、輝いていた。

品がなくとも、露骨な欲望に塗れていようとも、彼女の身体には若さという名の毒が満ち溢れていた。その肌のハリ、髪の毛の艶、そして何より、自由に動き、男たちの視線を一身に集めるその力。

私は、自分が必死に隠そうとしてきた老いを、彼女の存在によって、まざまざと突きつけられた。私は七十歳でまだ自立している。だが、それは「醜い老い」を延長しているだけに過ぎないのではないか?

綾子は、たった十日間という短い命と引き換えに、「女」として最高の瞬間を手に入れた。私は七十歳で「命」は続くが、「女」としての最高の瞬間は、もう永遠に戻ってこないのだ。

惑:一瞬の羨望
私は、綾子の後をつけた。クラブ、高級店、そして夜の街。彼女が若い男と腕を組んで歩く姿を見た時、私の胸は激しい痛みに襲われた。

あれは、かつて私が手放した青春の残像だ。そして、私は、この七十歳の体では、もう二度とあの場所には立てない。

(あの女は、自分の寿命を賭けて、すべてを手に入れた。そして私は、何の賭けもせず、ただ安全に、醜く老いていく)

私は、彼女の奔放さを軽蔑しながらも、心の中では深く羨望していた。彼女の「今」は、私の「過去」よりも遥かに魅力的だった。

若返った人々が短期間で亡くなっているというニュースは知っている。しかし、あの綾子が、「醜く老いて死ぬ」という現実から逃れ、「美しく燃え尽きる」という最高のエンディングを迎えることが、私は許せなかった。

彼女の死が報じられた時、私はひどい虚脱感に襲われた。勝ったのは私だ。私はまだ生きている。だが、勝負は最初から決まっていた。彼女は、人生で最も欲しかったものを手に入れて逝ったのだから。

私は今、空っぽになった街で、自分の七十歳の身体を見つめる。機能は保たれている。だが、もう二度と若返ることはない。

私は、綾子のように「美しく燃え尽きる」ことも許されず、ただ「しおれていく」だけの人生を、これから何十年も続けなければならないのだ。

窓の外は、静かで、冷たい。私の体も、心も、まるで奇跡に触れることなく取り残された、冷えた残骸のようだった。