放課後、俺の部屋。

昨日、フォークダンスのバトルで俺に敗北した、炎の能力者『スカーレットデザイア』こと、赤羽(あかばね) 茜(あかね)が、俺の部屋にいる。お互いの素性を知った俺たちは、この戦いを生き抜くために情報交換をすることにした。

「へぇ、先輩は雷の磁力で鉄を操れるんですね。すごい!」

「お前こそ、炎の幻覚で陽動かけるとか、厄介なこと考えるな」

俺はベッドに腰掛け、茜は床に座って話している。ピカリスと、茜の妖精『スカーレット』も、お互い牽制し合うように、俺たちの肩の上で静かに様子を窺っていた。

しかし、俺の頭の中は、戦いの情報どころではなかった。

(くっ…女の子が、俺の部屋にいる…!)

クールな俺を演じるため、腕を組み、真面目な表情を貼り付けているが、心臓はドラムロールのように鳴り響いている。茜の私服姿、部屋に漂う甘い匂い…。茜の言葉はほとんど頭に入ってこない。

「だから、先輩。今は個別で動くよりも、お互いの弱点を補えるチームを組んだ方が合理的だと思いませんか?」

「…チ、チームか。まあ、理に適ってるな」

俺は、ろくに話も聞かずに、その提案に乗った。とにかく、茜が俺の部屋にいる状況を早く終わらせなければ、俺のクールな装いが崩壊しかねなかったからだ。

茜を近くの大通りまで送り届け、家に帰ると、家の前で幼馴染の星宮 葵が待っていた。

「あ、響! 遅いよ! ていうか、さっきの女の子、誰? 一年生でしょ? やっと彼女ができたの? 熱いね~!」

葵は、ニヤニヤと笑いながら俺を冷やかしてきた。俺は、茜が昨日まで命を懸けて戦った能力者であることなど、もちろん話せない。

(なんだよ、その反応…)

俺は、内心ガッカリした。少しでも葵にジェラシーを見せてほしかったのだ。昨日まであれだけベタベタしてきて、「響は私がいないとダメなんだから!」と言っていたくせに、俺に彼女ができそうな状況を前にしても、全く嫉妬のそぶりがない。

「お前には関係ないだろ」

俺は、強がりを言うことしかできなかった。

それから数日後。茜と会うことが、すっかり俺たちの放課後の日常になっていた。

俺たちは、いつものように近所の公園で、能力の連携について話し合っていた。

すると、俺たちの近くに、見た目がまったく同じ、双子の男子生徒が立っているのに気が付いた。双子だろうか、二人はピッタリと並び、俺たちを見ている。

双子は、同時に口を開いた。

「…レッツダンス ダブル」

ピカリスが「響、待って!」と慌てて制止に入ろうとしたが、俺の体はすでに反射で動いていた。

パシッ!

俺は、目の前の双子のどちらか片方の手を、反射的に叩き落としてしまった。

周囲の騒音が消え、静寂が包み込む。異世界バトル・フィールドへと転送された証拠だ。隣には、恋人つなぎで手を握ってきた茜がいる。そして、向かいには、やはり二人とも立っている双子の姿があった。

「コンビバトルを受けていただいて、ありがとうございます! 我々は光を操る『ラーの目(ラーズ・アイ)』! いざ尋常に!」

双子は、一人が力強く名乗りを上げた。

(2対2のコンビバトル…! ダブルってそういう意味か…!)

俺は、即座に空気を読んで、自分の名乗りを叫ぶ。

「神鳴 響! ライトニングボルケーノが相手になる!」

すると、俺に被せるように、茜が前に出た。

「そして、私はスカーレットデザイア! 雷と炎、愛の力で絡み合う、『ラブデザイア』! 受けて立つ!」

(ラブデザイアだと!? 勝手に、俺とのコンビ名を決めやがって…! でも、かっこいい…!)

俺の内心の動揺も知らず、口上を言い終わるのを待っていたかのように、双子から攻撃が飛んできた。

閃光と共に、一本の光線が放たれる。俺たちはそれをギリギリで避けた。光線が直撃した公園の滑り台が、一瞬で溶けてしまう。

「ひっ…!」

「大丈夫か、茜!」

一瞬でどうこうなる威力ではないが、数秒照射されれば致命傷になる。

「大丈夫です! でも、長時間はマズいですよ!」

俺たちは高を括っていたが、その直後、俺の背中に強い違和感が走った。違和感に気づき、慌てて飛びのく。俺がいた場所には、別の角度から光線が照射されていた。

「チッ、イリュージョンと同じ仕組みか!?」

俺は疑うが、正面から放った魔雷光は、双子の体には素直に通じた。しかし、双子は攻撃を避けるのが上手い。そして、なにより死角から攻撃が飛んでくるため、攻撃に集中できない。

俺たちは、とにかく逃げ回り、遊具や木々の影に隠れた。

逃げ回るうちに、俺は偶然、敵の手の内を理解した。

(攻撃の光は、一人の双子から放たれている…! もう一人は、その光を反射させたり、レンズを作ったりして、攻撃の角度を自在に変えている!)

双子は、一人が攻撃役、もう一人が補助役という、鉄壁のコンビネーションを使っているのだ。

「響先輩、種は分かりましたか!?」

「ああ! 光を操る奴が厄介だ! だが、どうする…このままじゃ、こっちの手数が足りねぇ!」

俺が焦り始めた時、茜が力強く言った。

「私に考えがあります! 私の新しい必殺技、まだ名前を決めてなかったんですが、今使います! 先輩、私の合図で、レンズや鏡になってる場所を狙ってください!」

茜は、呼吸を整え、両手を前に突き出した。

「燃えろ、アーク!」

茜の掌から放たれた炎は、これまでの炎とは違い、細く、青白い光を帯びていた。それは、周囲の遊具などに反射している光線のレンズ役となっているであろう、空気中の目に見えない一点へと、ピンポイントで到達した。

ジュッ!

茜の技『アーク』は、短時間で超高温を出す技だった。これで、双子が作り出した空気中のレンズや鏡が一瞬で熱により溶け、光線のコンビネーションが崩れた。

「しまった!」

双子が動揺し、攻撃の手が止まった、たった一瞬の隙。

俺は、迷わず叫んだ。

「魔雷光(まらいこう)!」

閃光と共に、強力な雷撃が双子を襲い、二人は意識を失って倒れた。

勝利の歓喜に包まれ、俺が安堵の息をついた瞬間、茜が駆け寄ってきて、強く抱きついてきた。

「やったー! 響先輩! ラブデザイア大成功です!」

「お、おい…離せよ、鬱陶しい」

俺はいつものようにクールに振る舞うが、心臓はバクバクだ。能力バトルに勝利した高揚感と、茜に抱きしめられているドキドキ感が混ざり合い、頭が真っ白になる。

そして、バトル・フィールドが解除された。

茜はまだ俺を抱きしめたままだった。ふと、俺の視界の端に、誰かが映った。

星宮 葵だ。

葵は、公園の入り口に立っており、俺と茜の抱擁シーンを目撃していた。

俺は、顔が火を噴きそうなほど恥ずかしくなり、身動きが取れない。葵は、怒るそぶりも、嫉妬するそぶりも見せていない。それどころか、穏やかな笑顔で、こちらに向かって小さく手を振ったのだ。

(敵の技はわかっても、女心はまったくわからない…)

俺は、葵の微笑みの真意も、茜の愛の力という名の勝利の抱擁も、どちらも理解できず、ただただ、クールな仮面を強く貼り付けることしかできなかった。