コンビバトルでの勝利から、しばらく平穏な日常が続いていた。

俺、神鳴 響は、この近辺の能力者はすべて倒し尽くしたのではないかと、内心で少し安心し始めていた。もちろん、その油断をクールな装いで隠しながら、通学路を歩く。

その日の放課後、俺が一人で下校していると、ポストに一枚の粗雑な紙が投函されていた。

女は預かった。北関東○○採石場で待つ。

差出人の名前はない。

俺はすぐに、その「女」が誰なのかを考えた。まず、昨日の放課後に別れてから連絡が取れていない、俺のパートナー赤羽 茜の可能性が高い。しかし、俺の脳裏に、真っ先に浮かんだのは、毎朝「邪魔だ、ベタベタすんな」と突き放している、星宮 葵の顔だった。

(…葵は、俺が能力者だと知らねぇ。能力者ではない人間を、なぜ狙う…? 俺を誘い出すためか?)

そして、俺は茜にも電話をかけるが、応答はない。茜がさらわれた可能性も、もちろんある。しかし、茜は能力者だ。容易に捕まるとは考えにくい。

(葵だ…! いつも俺が邪険にするから、神様が罰を与えようとしているんだ…!)

クールな装いの奥に隠された、多感で中学生的な倫理観と、幼馴染への密かな愛情が、響の判断を曇らせた。

「チッ…。行くしかねぇだろ」

差出人の名前はない。しかし、状況は理解できた。これは、次の能力者からの挑戦状だ。

(チッ…。ようやく近くの敵がいなくなったと思ったら、今度は遠征しなきゃいけないのか)

俺は舌打ちした。能力者バトルがローカルな抗争から、広域な戦いへとステージを上げたことを実感する。そして、何より――

(葵がピンチ…!)

脅迫状には、誰を預かったかは書いていない。だが、俺が真っ先に思い浮かべたのは、星宮 葵の顔だった。昨日、俺に抱きついてきた茜(スカーレットデザイア)の可能性もあるが、やはり最も親しい幼馴染を人質に取られたと考えると、血が沸騰する。

「お前には関係ないだろ」と強がりを言ったくせに、葵のピンチとあれば、駆けつけるのが男の義務だ。

その日のうちに、俺は電車を乗り継ぎ、北関東の○○採石場を目指した。

採石場に到着すると、そこは岩と砂利が広がる、荒涼とした場所だった。

巨大な岩壁の下で、タンクトップ姿の筋肉隆々とした大男が待ち構えている。

そして、その大男の足元には、布で顔を隠された、手足を縛られた女の子が一人、うずくまっていた。

「来たか、坊主。俺は岩を操る『ロックマン』。お前など、岩と砂利に変えて潰してくれるわ!」

ロックマンは、力強く名乗りを上げた。

(ロックマン…。また小学生が考えたみたいな名前だな…)

俺は、クールな表情を崩さず、内心で冷静に分析する。名乗りが終わった。あとは、戦闘開始の合図だ。しかし、「レッツダンス」をするには、相手と手を合わせられる距離まで近づかなければならない。これが、いつもひと手間なのだ。

俺は、挑発するように一歩前に出た。

「…面倒だ」

岩壁の鉄壁
ロックマンも、俺が近づいてくるのを待つ気はなかったらしい。

「レッツダンス!」

ロックマンは、俺の手を合わせる前に、地面を蹴りつけ、戦いの合図を成立させた。周囲の景色が一瞬でバトル・フィールドへと転送される。

俺は、先制で必殺技を放った。

「魔雷光(まらいこう)!」

紫色の雷撃がロックマンに向かって飛ぶ。しかし、ロックマンはその瞬間、体の周りの岩壁を体内に取り込むように変化させ、全身を厚い岩の装甲で覆った。

バチィン!

雷撃は、厚い岩の装甲に弾かれ、ロックマンには届かない。

「ハハッ! そんな電気ごとき、俺の岩装甲は通せんぜ! 今度は俺の番だ! 破砕(ハサイ)!」

ロックマンが叫ぶと同時に、地面から巨大な岩塊が生まれ、俺に向かって飛んできた。俺は、それを避けるのに精一杯で、まともに反撃する隙がない。

(硬すぎる! しかも、あいつの岩は遠隔操作できる! 逃げ回りながらじゃ、ジリ貧だ…!)

⚙️ 開眼、第三の必殺技
激しく岩を避け、物陰に隠れている最中、リュックの中のピカリスが声を上げた。

「響! 第三の必殺技のイメージが流れてきたよ! この能力は、電力を精密にコントロールする技だ! 技の名前を決めて!」

逃げ惑う最中、俺の頭の中に、電磁波ではなく、電気そのものを細かく制御する、新たな能力のイメージが流れ込む。

俺は、辺りを見回した。ここは採石場。巨大なドロップハンマーや、採掘用の重機、そして岩を砕くための金属製の機材が放置されている。

(精密な電力コントロール…! これなら…!)

俺は、心の中で、その技に名前を付けた。

「…魔神雷(マシンライ)だ」

ロックマンの挑発の声が、物陰まで届いてきた。

「どうした、ライトニングボルケーノ! 逃げ回ってばかりじゃ、俺は倒せんぜ! 卑怯者!」

🔨 魔神の制御
俺は、ロックマンの挑発を無視し、隠れたまま、新しい能力を発動した。

「魔神雷(マシンライ)!」

俺の体から放たれた電力は、ロックマンには向かわない。それは、近くに放置されていた、巨大なドロップハンマーへと流れ込んだ。

電力は、ドロップハンマーの複雑な制御回路を乗っ取り、俺の意のままにそれを動かす。

ギィン…ゴゴゴ…

誰も動かしていないはずのドロップハンマーが、唸り声を上げながら、ロックマンのいる場所へと移動し始めた。

ロックマンは、その異常に気づき、驚愕の声を上げた。

「な、なんだ!? ドロップハンマーが勝手に!?」

「逃げ回ってばかりじゃ、ないさ…」

俺は、陰から静かに、ドロップハンマーの巨大な鉄塊を操作し、ロックマンの頭上へと振り下ろさせた。

ガッシャアァァン!!

岩装甲を誇るロックマンの頭上に、ドロップハンマーが直撃し、彼の厚い岩を叩き割った。

そして、俺の魔神雷が通るライン、岩が砕け、金属の破片が散乱した道筋が見えた。雷の通過するラインだ。

「とどめだ!」

俺は、そのラインに沿って、渾身の雷撃を放った。

「魔雷光(まらいこう)!」

雷は、抵抗の少ない金属の破片を伝い、岩の装甲が砕けた隙間から、ロックマンの本体へと直撃した。ロックマンは、一瞬で戦闘不能となり、倒れ伏した。

「チッ…。手ごわい相手だった。生き残った能力者は、皆強敵になっている。俺は、いつまで生き残れるのだろうか…」

俺は、勝利の達成感とともに、この先の戦いへの不安を、クールな装いで押し殺した。

戦いが終わり、バトル・フィールドが解除される。

俺は、すぐに倒れている女の子のもとへ駆け寄り、顔を覆う布を剥がした。

「葵! 大丈夫か!?」

しかし、覆面の下から現れたのは、星宮 葵ではなく、俺の恋人――赤羽 茜(スカーレットデザイア)の顔だった。

「響先輩…! 助けに来てくれたんですね…!」

茜は、安堵の表情を浮かべ、すぐに俺に抱きついてきた。

(…葵じゃなかったのか)

俺は、少しだけ力が抜けるのを感じた。

しかし、すぐにその感情を打ち消す。葵が安全だったことへの安堵と、女の子に抱きつかれている喜びが、俺の心を埋め尽くす。

「ふん。まあ、当然だ。お前は俺のラブデザイアのパートナーなんだからな」

俺は、茜の頭を軽くポンと叩き、いつものクールな装いを崩さなかった。

(やれやれ…女の子から抱きつかれるのは、いつになっても慣れねぇな!)