
ロックマンを倒し、夏の訪れと共に、しばらくの平穏が訪れていた。
「ねぇ、響! 夏だし、海に行こうよ! 茜ちゃんと三人でさ!」
いつものようにベタベタと腕に絡みつく葵が、無邪気に提案してきた。
「えー、私も行きたいです、響先輩!」
俺の横では、茜が嬉しそうに同意する。
(海…! 二人の水着…!?)
俺の心臓は、警鐘を鳴らし始める。それは、戦闘の緊張感ではなく、思春期の健全なドキドキだ。
「…ふん。興味ねぇな。暑苦しいだけだろ」
俺は、精一杯乗り気でないふりをして、二人を突き放した。しかし、結局、二人の熱意に押され、翌週末、俺たちは北条海岸へと向かうことになった。
当日。砂浜に到着し、二人が水着に着替えて戻ってきた瞬間、俺のクールな装いは、内側から溶けそうになった。
葵は、健康的な肌に似合う、明るいブルーのビキニ。茜は、炎の能力者らしく、鮮やかなスカーレットのフリル付き水着。二人とも、あまりにもまぶしすぎる。
「響、どうしたの? ぼーっとして!」
「べ、別に…。うるせぇな。太陽が眩しいだけだ」
俺は、動揺を悟られぬよう、すぐにサングラスをかけ、無愛想に答える。二人が海ではしゃぎ出すと、俺は「面倒くさい」とでも言いたげな顔で、少し離れた海の家前のパラソルに座り込んだ。
(…くそ、俺の平穏な日常に、こんな眩しい非日常は必要ないんだ…!)
そう思いながらも、俺の視線は、海ではしゃぐ二人の姿に釘付けになっていた。
俺が、ビーチパラソルの影から、二人の姿をみとれていると、背後から突然、低い声が呟かれた。
「…レッツダンス」
俺は、慌てて振り返った。この声は…!
そこに立っていたのは、今しがた俺たちが飲み物を買ったばかりの、海の家で働いていた店員の女の子だった。白いTシャツにショートパンツというラフな格好だが、その瞳には明確な敵意が宿っている。
(このタイミングで仕掛けてきやがったか…!)
俺は一瞬ためらったが、ここで逃げれば二人に危険が及ぶ。
「上等だ」
俺は、来る敵は拒まずとばかりに、店員の女の子の拳に自分の拳を軽くぶつけた。
景色が一瞬で転換し、海水浴客の喧騒は消え、静寂が訪れる。
「私は、海を操る『ネプチューン』。海の力で、貴方を沈めてあげるわ」
店員の女の子は、名乗りを上げた。
その名を聞いて、俺の胸は最悪の予感で満たされた。
(ネプチューン…海を操る能力…そして、このバトル・フィールドは、一面の海水…!)
俺は、心の中で戦慄した。
「相性が…悪すぎる」
俺は、そう思うしかなかった。能力者の戦いは、相性が全てだ。雷は水に通りやすいが、水の抵抗を受け、威力が激減する。そして何より、周囲全てが導体(海水)だ。
ネプチューンは、俺の表情を見て、勝ちを確信したように笑った。
「そうよ、私の戦場よ! ウォーター・ゴーレム!」
ネプチューンが両手を広げた瞬間、眼前の海水が唸りを上げ、渦を巻き始めた。海面が盛り上がり、高さ100メートル近い、巨大な海水の巨人が形作られる。それは、まさに海そのものが立ち上がったような、圧倒的な存在感だった。
「さあ、お前の得意な雷を打ってみなさい! この海を全て敵に回して、感電死するのは貴方よ!」
ネプチューンは、巨大なゴーレムの足元に立ち、俺を嘲笑した。
(くそ…! この巨大な水の塊に、どう魔雷光を通せばいい!?)
俺は、一瞬冷静になり、思考を巡らせる。確かに、水は導体だが、この海水はあまりに巨大だ。通常なら、雷撃は広範囲に拡散し、敵の本体には届かない。
だが、俺には、**魔神雷(マシンライ)**がある。
俺は、巨大なゴーレムを前に、静かに腕を突き出した。
「ふん…。馬鹿なことを」
俺は、雷の原理を思い出す。電気は、抵抗の少ない方へと流れる。
俺は、海水のゴーレムの中心にいるネプチューンの本体を視線で捉えた。そして、魔神雷の精密な電力コントロールを応用し、雷撃の進路を操作した。
「魔雷光(まらいこう)!」
俺の腕から放たれた紫色の電撃は、巨大なゴーレムの表面に触れた瞬間、拡散することなく、ゴーレムを構成する海水の内部を、最も抵抗の少ない直線ルートで、ネプチューン本体まで貫いた。
ネプチューンの体から、一瞬で激しい火花が散った。ネプチューンが立っていた足元の海水が、一気に蒸発する。
巨大な海水のゴーレムは、制御を失い、轟音と共に海へと崩れ落ちていった。
ネプチューンは、一撃で戦闘不能となり、意識を失って砂浜に倒れていた。その体からは、小さな水色の妖精がピカリスに吸収される。
「…勝った」
俺は、あっけない勝利に、呆然とした。
「まさか、こんなに早く終わるとは…。俺の**魔神雷(マシンライ)**の精密な制御が、海水を避けるのではなく、最も抵抗の少ない最短距離を強制的に作り出すことに成功したのか…」
俺は、そのあっけない勝利に、安堵の息をつく。
(ここまで軽い勝利もあるものなのか…。これで、一旦は平和だ…)
バトル・フィールドが解除され、周囲には再び、賑やかな海水浴客の喧騒が戻ってきた。
俺は、クールな装いを崩さぬまま、静かにサングラスを直し、海の家で倒れている元店員に目もくれず、海で待つ二人のもとへと歩き出した。
(さあ…次は、水着の二人を前に、平静を保つという、もう一つの戦いだ…)