議事堂における惨劇の後、日本の中枢は機能不全に陥っていた。 十名の国会議員が斬殺されるという前代未聞の事態。議会は即時散会となり、議員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ帰ったが、内閣と治安維持組織に休息など許されなかった。

その夜、首相官邸地下の危機管理センターには、総理大臣、官房長官、警察庁長官、そして自衛隊幕僚長らが極秘裏に招集された。紫煙と怒号が飛び交う中、彼らが下した決断は一つ。

「隠し通すことは不可能だ。事実を公表し、国民の監視の目を犯人捜索に向けさせる」

翌朝、政府は「国会議事堂内におけるテロ行為」の事実のみを発表した。 詳細は伏せられたものの、その衝撃は日本列島を、いや世界を揺るがした。 「覆面の男」「日本刀」「議員殺害」。 男は即座に、国家転覆を目論む最悪の「国賊」として、その特徴が全世界へ配信された。


事件から二日後。 犯人の手掛かりが掴めぬまま、国民の不安を払拭するために、総理大臣による緊急記者会見が開かれた。

「現在、警察と自衛隊が総力を挙げて捜査にあたっており……国民の皆様におかれましては、冷静な行動を……」

無数のフラッシュの中、総理は額に脂汗を浮かべ、用意された原稿を読み上げる。その場しのぎの空虚な言葉が羅列されていく。 だが、記者の誰かが質問しようと手を挙げた瞬間、会場の空気が凍りついた。

総理の隣に、男が立っていた。 警備厳重なはずの官邸会見場。その演台の横に、白と赤の覆面をしたあの男が、まるで最初から同席していたかのように佇んでいたのだ。

「ひっ……!」 総理が短く悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさる。 SPたちが銃に手をかけるより早く、男はマイクに身を乗り出し、カメラのレンズ越しに国民へ語り掛けた。

「総理の話が真実か判断つかない国民も多いかと思うが、今の『テロがあった』という説明は真実だ」

男は悠然と続ける。 「この機会に、日本国を見つめなおしてほしい。腐敗がどこまで進んでいるのかを」

そして、男は報道陣を見回し、嘲笑うかのように言った。 「取材陣が困らないよう、便宜的に私の名を教えよう。『ヤマトタケル』。今後はそう呼んでもらう」

「う、撃て! 確保しろ!」 警備責任者の叫び声が響く。だが、SPたちが演台に殺到した時、そこには誰もいなかった。 煙幕も、爆発音もなく、男はただ「消失」していた。 会見場は怒号と悲鳴が入り混じる混沌と化し、中継は強制終了された。


「ヤマトタケル」と名乗った男の映像は、瞬く間に拡散された。 翌日から、テレビ各局のワイドショーは彼の話題で持ちきりとなった。恐怖よりも「視聴率が取れる」という欲望が勝り、コメンテーターたちは安全なスタジオから、推測と批判を好き放題に垂れ流した。

中でも、過激な発言で人気を博している民放のワイドショー番組は、特にヒートアップしていた。 派手なセットの中、売れっ子司会者がカメラに向かって捲し立てる。

「いやあ、御託並べてますけどね、結局は人殺しですよ。日本を正す? 笑わせちゃいけません。テロとか、ほんま『しょうもない』ですわ」

スタジオに笑いが起きようとした、その刹那。 スタジオ内の温度が、氷点下まで下がったような錯覚を全員が覚えた。

司会者の背後に、ヤマトタケルが立っていた。

「……え?」 司会者の顔から、芸人としての愛想笑いが消える。 共演のタレント、観覧客、スタッフ全員が驚愕のあまり声を出せない。生放送のスタジオが完全な静寂に包まれる。 その中で唯一、番組ディレクターだけがインカム越しに絶叫した。 『カメラ回ってるぞ! チャンスだ! 質問しろ! 視聴率跳ね上がるぞ!!』

その指示に突き動かされるように、司会者は震えるマイクを後ろに向けた。 「あ、あなたの目的は何ですか……! 死んだ遺族に、ど、どのように詫びるんですか!」

ヤマトタケルは、カメラを見ようともせず、ただ静かに、威厳を放って答えた。 「私の目的は日本を正すことだ。そのためには手段を選ばない。個別の命の価値など、今は考慮しない。……私の命も含めてな」

そして、覆面の奥の瞳が、司会者を射抜く。 「そして、正す対象は国だけではない。社会に寄生する個別の巨悪にも、天誅を食らわす」

「え……?」

「例えば、お前らのボスもだ」

ヤマトタケルが右手を高々と掲げる。その手には、何か丸い物体が掴まれていた。 ボト、リ。 血の滴る「それ」が、キャスター席のテーブルに置かれる。 無造作に転がったのは、このテレビ局の会長の生首だった。

「ひぃ、いやあああああああ!!」 女性タレントの絶叫が響き渡る。だがヤマトタケルは止まらない。

「この男、ここ一年で制作費の横領五億、報道特番での事件捏造十件、各タレント事務所への不正圧力、さらに新人アナウンサーへの婦女暴行……挙げればきりがない」

そして、ヤマトタケルは抜刀した。切っ先が、腰を抜かした司会者の喉元に向けられる。

「そして、司会者の貴様。脱税一億五千万。一部のタレント、未成年を含む者への暴行、および性的暴行の斡旋。……君にも粛正が必要だ」

「ま、待ってくれ! 私はただ……!」

言い訳は、音にならなかった。 銀閃一閃。 司会者の体は、正中線から左右綺麗に二つに分かれ、内臓をぶちまけて左右に倒れ込んだ。

スタジオは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。血の海の中で、ヤマトタケルはカメラに向かって告げた。

「改めて、さらばだ。私は日本を見守っている。ゆめゆめ忘れないことだ」


その日を境に、日本のメディアから「声」が消えた。 どのチャンネルも、どの新聞も、政府発表を淡々と流すのみ。ヤマトタケルに対する批判はおろか、論評することさえ、自らの首を差し出す行為に等しかったからだ。

言論が死んだ日本で、国会は一つの結論を出した。 「テロリストには屈しない。武力には、最大の武力を持って応える」

水面下で、対テロ特殊部隊だけでなく、自衛隊の全部隊に実弾装填の許可が下りる。 さらに政府は、同盟国である軍事大国・B国へ極秘の武力援助を要請。 ヤマトタケルが指定した「一か月後の回答期限」、すなわち「Xデー」。

その日に向けて、東京は戦場へと変わろうとしていた。