
装備を整え、準備を万端にした私は、翌日早速ゴブリンへの復讐に向かった。 場所は昨日の森。薄暗い木々の間を、今度は慎重に、しかし恐れることなく進む。 「ギッ!」 現れた。昨日の個体かは分からないが、同じように薄汚れた緑色の小鬼だ。 ゴブリンは私を見るなり、昨日と同じようにニタリと笑い、低い姿勢から飛びかかってきた。 狙いは脇腹。昨日、私のスーツを切り裂き、血を流させたあの死角だ。 (やはり、こいつらの攻撃パターンはワンパターンだ) 私は避けない。 あえて一歩踏み出し、脇腹を晒す。
乾いた音が森に響いた。 ゴブリンの錆びたナイフが、リズが縫い付けてくれた硬化革のプレートに阻まれたのだ。 「ギ……?」 刃が通らないことに驚愕し、ゴブリンの動きが完全に止まる。 その数秒の隙があれば、今の私には十分すぎる。 「対策済みなんだよ、業務改善だ!」 私は雄叫びと共に、鉄の鋲付き棍棒をフルスイングした。 重い打撃音が響き、ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく吹き飛び、光の粒子となって消滅した。 後に残ったのは、討伐証明となる右耳と、魔石だけ。 「……よし」 私は拳を握りしめた。 もはや、対策をした私にとって小鬼は脅威ではない。適切な投資(装備)とリスク管理(防御)を行えば、この程度のトラブルは処理可能な「業務」に過ぎないのだ。
その日は順調だった。 森を徘徊し、遭遇したゴブリンを危なげなく処理していく。 リズの作った防具は完璧だった。動きを阻害せず、しかし致命傷になりうる攻撃は確実に弾いてくれる。 私は袋いっぱいの戦利品を抱え、意気揚々と街へ戻った。
夕刻、壁外防衛業務請負ギルド。 「おや、今日は随分と稼いだようじゃないか」 カウンターで精算を頼むと、いつもの無愛想な中年女性が、珍しく感心したように声をかけてきた。 私がゴブリンの耳が入った袋をドサリと置くと、周囲の冒険者たちからも「おっ、やるな」という視線が集まる。 「確認するよ……うん、ゴブリン5体にウルフが2体。間違いなくあんたの戦果だね」 女性は手際よく銀貨と銅貨を数え、私の前に積み上げた。 そして、書類に何かを書き込みながら、ニヤリと笑った。 「それと、あんたに朗報があるよ」 「朗報……ですか?」 「ああ。ギルドマスターの決裁が下りた。あんたの身分を、『亡命者(難民)』扱いから、『一般狩人(ハンター)』として認定する」
「一般狩人……?」 「そうさ。これまでは『食い詰め者の日銭稼ぎ』として見ていたが、これだけの戦果と継続的な活動実績があれば、立派な戦力だ。これからは正規のギルドメンバーとして扱われる」 女性は新しい、銀色のプレートを私に差し出した。 「これにより、買取報酬には正規レートが適用されて1割上乗せになる。それに、ギルドが斡旋する『特別依頼(クエスト)』も受けられるようになるよ。ま、要するに……」 彼女はウィンクした。 「試用期間終了、正社員登用ってとこだね」
その言葉は、元サラリーマンの私の心に何よりも深く響いた。 認められたのだ。この理不尽で過酷な異世界で、一人の職業人として。 受け取った銀色のプレートは、ひんやりと冷たかったが、その重みは心地よかった。 報酬の上乗せ、そしてより条件の良い仕事へのアクセス。 これで、今日を生きるだけでなく、明日への蓄えを作り、将来の計画を立てることができる。
ギルドを出ると、街は夕暮れに染まっていた。 オレンジ色の光に包まれた城塞都市を見上げ、私は大きく息を吸い込んだ。 美味しい空気だった。 「よし……」 私は呟く。 こうしてようやく、私はこの世界での「地盤固め」に成功したのだ。 明日はボルドに美味い酒を奢ろう。そしてリズに追加の補強を頼んで、菓子折りの一つでも持っていこう。 私の異世界生活は、ここから本当の意味で始まるのだ。
