手ぶらで始める異世界転生 第九話 

私が一般狩人(ハンター)となってから、半年が経った。 日々の狩りとギルドへの貢献が認められ、街の中での「よそ者」扱いは消え失せた。市場の顔なじみも増え、酒場でボルドたちと肩を並べて飲む姿も、今やこの街の日常風景の一部となっていた。 私は完全に、この城塞都市の一員として受け入れられていたのだ。

そんなある日、騎士団のリチャードから、個別で呼び出しを受けた。 「君に、亡命者への街の案内を頼みたい」 執務室でリチャードはそう切り出した。 「今日、新たな亡命者を受け入れたのだが、話を聞くと君と同じく異世界、しかも君が言っていた『日本』から来たと思われるんだ。同郷の君から説明した方が分かりやすいだろうと思ってね。もちろん、正規の金額で依頼するよ」 「日本から? 分かりました、お引き受けします」 私は二つ返事で承諾した。同郷の人間との出会いは、半年ぶりのことだ。懐かしさと、自分と同じ境遇の人間に対する親近感が湧き上がってきた。

だが、そんな感傷は、彼女に会った瞬間に吹き飛んだ。 リチャードに紹介されたのは、非常に美しい女性だった。 ウェーブのかかった栗色の髪は胸元まであり、手入れが行き届いて艶やかだ。顔立ちは凛としており、雑誌のモデルと言われても疑わないだろう。 「初めまして。タカオカミライです。よろしくお願いいたします」 彼女は丁寧に頭を下げたが、その視線は私を値踏みするように上から下へと動いた。 私は緊張しながら軽く会釈を返した。

一通り街中を案内する中で、彼女の人となりがよく分かった。 「……汚い街ねぇ、嫌になるわ」 石畳の汚れや、建物のすすけた壁を見て、彼女は顔をしかめた。 「あなた、お風呂に入ってるの? 格好も薄汚いし、なんだか臭うわよ」 私のスーツ(リズによる補修済み)を見て、鼻をつまむような仕草をする。 「あら、あなたの武器って棍棒なの? なんだかバーバリアン(野蛮人)みたいね」 私の「トゲ付き」を見て、クスクスと笑う。

いちいち高飛車な態度が鼻につく。おそらく、美人であるがゆえに周囲から肯定され続け、このような性格が形成されたのだろう。 私の人生の中で、こういったタイプの人間と親しくなった試しがない。今回も例外ではないだろう。 ミライは、こちらの不機嫌な態度など意にも介さず続けた。 「こういうのは『異世界転生』っていうんでしょ? そういうのって、何か特別な能力が与えられるのが普通よね。私はどんな能力があるのかしら」 無能力者(スキルなし)である私の琴線に触れることを、平然と言ってのける。 (どうせこの女も無能力者だろう。早めに現実を見せてやるか) 私は内心でそう毒づきながら、口を開いた。 「能力を知りたければ、この先に鑑定所がある。見てもらったらどうだ」 「そうね、それは楽しみだわ」

鑑定所に着くと、いつもの老婆がぶっきらぼうに言った。 「水晶に手を置きな」 「あら、感じ悪いおばあさんね」 ミライはプンスカと文句を言いながらも、素直に水晶に手を置いた。

その瞬間、水晶からまばゆいばかりの白い光が放たれた。 狭い鑑定所内が、昼間のように明るくなる。私の時には、うんともすんとも言わなかったあの水晶がだ。 光が収まると、老婆が震える声で呟いた。 「……そなたのスキルは『浄化の光』。この世を清浄へ導く、救世の力じゃ」 「救世の力? ま、そんなところね」 ミライは驚く様子もなく、当然の結果のように頷いた。 「あらやっぱり、こういうのが相場なのね。……ところで、あなたの能力は何だったのかしら?」 彼女は悪気のない笑顔で私に尋ねた。 「……ない」 私はぼそっと呟いた。 驚かれるか、馬鹿にされるかと思ったが、ミライの反応は違った。 「あらそうなの。残念ね。私が選ばれた人だっただけなのね、しょうがないわよ」 彼女は心の底からそう思っているようだった。おそらく彼女は、これまでもずっと「特別な存在」として扱われてきたのだろう。その幸運を当然のものとして受け入れているのだ。

「ねえ、ちょっと試してみてもいい?」 ミライが唐突に言った。 「試すって、何をだ?」 「私のこの『浄化の光』よ。あなた、さっきからずっと薄汚れてるし、ちょうどいい実験台じゃない」 彼女は悪びれもせず、私に手をかざした。 「え、ちょっ、まっ……!」 私が止める間もなかった。彼女の手のひらから、柔らかな白い光が溢れ出し、私の体を包み込んだ。 温かい、というよりは、清涼感のある光だった。 光が収まると、私は自分の姿を見て驚愕した。

半年間の冒険で泥と血にまみれ、すすけて変色していたスーツが、まるで新品のように輝きを取り戻していたのだ。 リズが補強してくれた革の防具も、汚れが落ちて艶やかな飴色になっている。 こびりついていた汗や埃の臭いも消え失せ、洗い立てのリネンのような清潔な香りが漂った。 「……すごい」 私は思わず呟いた。これは魔法だ。それも、とてつもなく便利な。

「ふふん、やっぱりね」 ミライは満足げに自分の手を見つめた。 「汚いものを綺麗にする力。私にぴったりじゃない。これなら、この汚い街でもなんとかやっていけそうね」 彼女は自分の能力が「世界を救う力」であることよりも、「身の回りを綺麗にできる」ことに価値を見出しているようだった。 この屈託のなさが、彼女の強さなのかもしれない。

続いて訪れた能力鑑定所でも、結果は同じだった。 筋力、敏捷、魔力、体力……全てのステータスが「上位判定」。 私の「全平均」という結果が、どんどん惨めになっていく。 それに対し、ミライは「ふーん、まあ悪くないんじゃない?」程度で、全く興味がなさそうだった。

騎士待合所に戻り、リチャードに結果を報告した。 「なっ……『浄化の光』だと!? 伝説の話が本当に起きるとは……!」 リチャードは驚愕し、すぐに血相を変えた。 「すぐに対策会議を行わなくては! 君、報酬はギルドで受け取ってくれ。タカオカ様、こちらへ!」 リチャードは私に目もくれず、ミライを恭しく奥の貴賓室へと案内した。 私はその光景を、ただ呆然と見送った。 半年前、私が最初に通されたのは、馬小屋の横の、すきま風が吹く宿直室だったことを鮮明に覚えている。 これが、格差なのだろうか。

ギルドで報酬を受け取り、いつもの安宿へと帰った。 ベッドに横たわり、天井の染みを見つめる。 (選ばれし者、か……) 私は、この世界でも「持たざる者」だったのだ。 漠然とした、自分という普通の人間であることが悲しくなって、私は眠りについた。

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