
翌日、私は再び騎士団のリチャードから呼び出しを受けた。 執務室に入ると、リチャードはいつになく真剣な面持ちで切り出した。 「君は聞いたことがないかもしれないが、我々の世界では、タカオカ様の持つ『浄化の光』がお伽話の伝承として伝わっていてね。この事実を、隣町の教会にいる司祭様に報告しなくてはならない」 伝説の救世主。昨日の今日で、事態は急速に動き出しているようだ。 「タカオカ様は高能力者ではあるものの、戦闘経験はない。万が一があってはいけないので、複数人で護衛して司祭様のいる町までお連れしようと思う。改めてギルドにも依頼を出すが、やはり同郷の君もいた方が心強いだろう」 リチャードはそこで言葉を切り、編成案を伝えた。 「君と、ギルドのベテランを一人。そして騎士団からは、同性であるソフィアを同行させる。私も行きたいのだが、ご存知の通り、この件の対応で皆手一杯でね」 移動は馬車。距離は数時間程度。朝に出て、日が沈むまでには到着する算段だという。 「街道を行くからたいした危険はないはずだが、形式上、伝説の御仁を複数人で丁重に運んだ、という形にしておきたくてね。よろしく頼むよ」
初めてこの城塞都市の外、しかも遠方の町へ行く理由が、あの高飛車女の護衛とは。 私は内心でため息をついたが、悩んでも仕方がない。せっかくの遠出だ、異世界の観光旅行だと割り切って楽しむことにしよう。
翌朝。街の門の前には、普段は見かけない立派な馬車が止まっていた。 主役のミライが現れるなり、馬車を一瞥して言い放った。 「ま、こんなもんか」 彼女はそれだけ言うと、躊躇なく馬車の中へと入っていった。相変わらずの態度だ。 護衛対象が乗り込んだのを確認し、ソフィアが私に向かって丁寧にお辞儀をした。 「本日はよろしくお願いします」 いつもの堅苦しい、隙のない態度だ。 その背後から、見送りに来たリチャードの声が飛んだ。 「おい、足手まといになるなよ」 ドガッ、という鈍い音と共に、リチャードの足がソフィアの鎧の脛当てを蹴りつけた。 ソフィアは短く呻いたが、すぐに姿勢を正した。相変わらずの人間関係だ。胸クソが悪くなる。
「よう! 一緒に仕事するのは初めてだったな。よろしく頼むぜ」 ギルドから派遣されたベテランは、ボルドだった。彼の朗らかな笑顔を見ると、張り詰めた空気が少し緩む。彼がいてくれて本当に良かった。
私は馬車の操縦ができないため、御者台にはボルドとソフィアが交代で座ることになった。私は警戒のため、彼らの隣の外側の席で待機する。 馬車は石畳を抜け、整備された街道を走り出した。 リチャードの目論見通り、街道には魔物の姿はほとんどなく、退屈な時間が流れた。
最初の御者はソフィアだった。 彼女はいつもの硬い表情で手綱を握っている。手持ち無沙汰な私は、暇つぶしに彼女に話しかけることにした。 今までソフィアと雑談らしい雑談をしたことがなかった。いくつか当たり障りのない話題を振ってみたが、すぐにネタが尽きてしまった。 私は意を決して、ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。 「……なぁ、ソフィア。君はリチャードに限らず、騎士団の中で辛く当たられているように見える。なぜ、女性の身で騎士を続けているんだ?」 あのパワハラが日常茶飯事なのだとしたら、私ならとっくに逃げ出している。 ソフィアは視線を前方に向けたまま、淡々と答えた。 「私が能力不足なのは、仕方ないことです。だが、私は両親の言いつけを守らねばならぬのです」 彼女の話によると、代々騎士の家系だった彼女の家は男児に恵まれず、次女であるソフィアが男代わりに育てられたのだという。 現代日本のような場所であれば、家を捨てて逃げることもできるだろう。だが、この城塞都市のような閉鎖空間、ましてや男尊女卑の激しいこの世界では、家や社会の規範に歯向かうことは、死ぬことと同義なのかもしれない。 しかし、私の隣で手綱を握るソフィアの横顔に、気後れの色はなかった。 「私は、この都市を守る騎士であることを、誇りに思っています」 その言葉に嘘はないように見えた。 西洋系の整った顔立ちのため年齢は不詳だが、この理不尽な環境の中で、自らの矜持を保ち続ける彼女を、私は一人の人間として非常に尊敬した。
昼過ぎ、御者がボルドに交代した。 ボルドとは毎晩のようにバーやレストランで話をしているので、今更改まった話はない。 だが、ボルドは興味津々といった様子で、馬車の中にいるミライについて根掘り葉掘り聞いてきた。 「いや、俺も昨日会ったばかりで、よく知らないんですよ」 そう答えると、話題は自然と私の故郷――日本の思い出話へと移っていった。 そんな中、ボルドがふと真面目な顔で言った。 「お前も、そろそろ家族を持った方がいいぞ」 「家族、ですか?」 「ああ。守るものがあると、男は強くなる。俺もそろそろ引退の歳だ。カミさんや子供を安心させてやりたいしな」 ボルドは遠くの景色を見つめながら、しみじみと語った。そして、ニヤリと笑って私を見た。 「ちなみに、お前が奥さんをもらうなら、ソフィアとミライ、どっちがいい?」 究極の選択、あるいは愚問だ。 私は即答しようとした。 「当然、ソフィアさ。あんな高飛車女――」
言い切る前だった。
視界が、真っ白に染まった。 音はない。衝撃もない。ただ、世界が白一色に塗りつぶされた。 「え?」 思考が停止する。
気がつくと、私はベッドの上で目を覚ました。 見覚えのない天井。見覚えのない部屋の風景だ。 馬車は? 街道は? ボルドとソフィアは? 混乱する頭で横を見ると、そこには見覚えのある顔があった。
ミライの横顔だ。
彼女は枕元に座り、どこか楽しげに私を見下ろしていた。 「あら、お寝坊さん。やっとおきたわね」
意味が分からない。 私は状況を理解しようと、深く、深く深呼吸をして、心を落ち着けるよう努めた。
