
「……状況が分からないんだが、今どうなっている?」 私は、ベッドの上で深呼吸をして心を落ち着けた後、枕元のミライに尋ねた。
ミライは、やれやれといった様子でため息をついた。 「どっから話していいのか悩むけど、あなたが眠っていた二日の間に、本当に色々なことがあったのよ」 「二日!?」 そんなに眠っていたのか。一体何が起きたというのだ。なぜ私はここで寝ている?
「話すと長くなるわよ。まず、あなたが意識を失ったのは魔族の襲撃のせいね」 ミライは他人事のように淡々と説明を始めた。 あの馬車でボルドが「ソフィアとミライ、どっちがいい?」と聞いてきた直後、突然の爆発が起きたらしい。 私はその衝撃で馬車の中で頭を打ち、気絶したようだ。 「馬車から慌てて外に出ると、そこに魔族がいたの。肌が紫色で、頭にヤギみたいな角があって、背中に蝙蝠の羽が生えてたわ」 魔族。この世界における「悪」の象徴であり、人間を滅ぼそうとしている存在だという。 「その魔族が言うには、私の『浄化の光』が魔族にとってすごく邪魔な存在らしいの。だから私を殺しに来たんですって」
ミライは眉一つ動かさずに続けた。 「危ないと思ったところで、ソフィアが私の前に出て、魔族に切りかかってくれたの。でも、全く歯が立たなかったわ」 ソフィア。あの生真面目な女性騎士の顔が浮かぶ。 「そこで彼女は意を決したように、自身のスキル『護りの剣』を使ったの。急に剣が光ったと思ったら、一瞬で魔族の腕を切り落としていたわ」 魔族は形勢不利と見て、捨て台詞を吐いて逃げ去ったという。 「一安心して、ソフィアにお礼を言おうとしたら……彼女は、その場で息絶えていたの」 ミライの声が、少しだけ低くなった。 「この町の騎士の人に聞いたんだけど、『護りの剣』は多くの騎士が持っているスキルで、命と引き換えに短時間だけ強い力を得ることができるらしいわ。彼女は、命を懸けて私を守ってくれたのね」
ソフィアが、死んだ? あの理不尽な環境の中で、矜持を保ち続けていた彼女が。 「それから、爆発を聞きつけたこの町の人たちが駆けつけて、私たちは保護された。これが一日目の話ね」
ミライは一息ついて、続けた。 「で、二日目の話なんだけど。結構話が入り組んでるから、かいつまんで話すわ」 彼女によると、この世界には魔物を生み出す場所があり、彼女の『浄化の光』でそれを封印できるらしい。 「司祭さんの話だと、各国からそれについて色々と援助をもらえるみたいだから、それを使って、各地の魔物を封印しに行くことにしたの。私の言うことは絶対みたいだから、この世界の強い人たちみんなに協力してもらうわ」
情報が多すぎて、頭の整理が追いつかない。 魔族の襲撃、ソフィアの死。そしてボルドも、最初の爆発で……。 二人の死が全く理解できない。いや、私の脳が理解を拒んでいるのだ。 しかし、現実は残酷だ。私は日々の生活費を稼ぐことだけで精一杯だったのに、ミライはこの世界に来てわずか三日で、世界の命運を左右する存在になろうとしている。 これが、持って生まれたものの差なのだろうか。
もう、考えるのはよそう。 私は、あの城塞都市での生活に戻るのだ。スキルなしの自分には、世界平和なんて関係のない話だ。 「……そうか。これから大変そうだな」 やっと出てきた言葉は、それだけだった。
私の態度を見て、ミライが明らかにイラついた様子で言った。 「何、他人事みたいに言ってるの? あなたも行くんだから、さっさと頭を切り替えて。傷はとっくに治ってるんだから」 「いや、私はスキルもないし、行っても足手まといだから……」 「あんた、やられっぱなしで悔しくないの!?」 ミライの怒声が部屋に響いた。 「仲間が殺されたのよ! ボルドも、ソフィアも!」 彼女の瞳が、強い光を宿して私を射抜く。 「それに、もう手遅れよ。司祭様に『あなたは私の従者だ』って伝えておいたから。私の言うことは絶対だって言ったでしょ?」 「じゅ、従者!?」 「そもそも、あなた、あの城塞都市に帰ってみなさいよ。たぶん殺されるわよ。魔族の襲撃で、スパイ容疑があっちこちにかかってるんだから」 ミライは畳み掛けるように言った。 「何にもしないで帰って、ボルドとソフィアの家族に何て言うつもり? 『自分だけ助かりました』って?」
私は言葉を失った。 彼女の言う通りだ。私は逃げようとしていたのだ。現実から、責任から、そして仲間の死から。 私はミライという人間を誤解していたのかもしれない。利己的で高飛車なだけだと思っていたが、彼女は直情的で、言葉はきついが、誰よりも仲間思いで、強い責任感を持った女性だった。
「……ありがとう」 混乱した頭からは、それ以外の言葉が出てこなかった。 感謝の言葉なのか、それとも、自分を叱咤してくれたことへの礼なのか、自分でも分からなかった。
「ふん、分かればいいのよ」 ミライはツンとそっぽを向いたが、その耳は少し赤くなっていた。 「じゃあ、旅の準備しに行くから、町まで付き合って。『従者』くん」 彼女はそう言うと、部屋を出て行った。
やはり多少イラつく気持ちはあるが、彼女についていくことが、今の私にできる唯一の「正しいこと」なのだろう。 私はベッドから起き上がり、リズが作ってくれた革鎧(ミライの力で新品同様になっている)を身につけ、そそくさと彼女の後を追った。
