手ぶらで始める異世界転生 第13話 

翌朝。目を覚まして宿の外に出ると、既に二人の騎士が馬車の前で待機していた。 男騎士は、胸に大きな十字の紋章が入った重厚なフルプレートアーマーを着込み、背中には身の丈ほどもある巨大な十字槍を背負っている。いかにも歴戦の猛者といった風貌だ。 一方の女騎士は、もう少し軽量なブレストプレートとチェーンメイルを組み合わせた装備で、腰には長剣を帯びている。冷徹そうな美貌だが、どこか影のある表情が印象的だ。

「おい、遅いぞ。まもなくタカオカ様もいらっしゃる。従者のそなたはそこで待機しろ」 男騎士が、顎で待機場所を指した。 しばらく待つと、宿の扉が開き、ミライがゆっくりと出てきた。 「お待たせ。じゃあ、行きましょうか」 自分の行動こそが世界の基準時計であると言わんばかりのマイペースさだ。

私がミライに続いて馬車の中に入ろうとすると、男騎士が太い腕で私の前を塞いだ。 「貴様、従者の分際で馬車に乗ろうとは何事だ。御者台の隣で待機せよ」 「え、あ、はい……」 たじろぐ私を見て、馬車に乗り込んだミライが窓から顔を出し、ニコニコと笑った。 「あら残念。じゃあ従者さん、外からちゃんと私を守ってね」 この社会の階級制度なのだから仕方がない。私は諦めて、御者台の隣の硬い板の上に座った。

馬車が動き出すと、手綱を握りながら男騎士が口を開いた。 「自己紹介がまだだったな。私はこの城塞都市騎士団、第一部隊隊長のガインだ」 ガイン隊長は、熱っぽい視線を後方の馬車に向けた。 「今回の任務、救世主タカオカ様の護衛を務められること、騎士として無上の喜びである! 我が命に代えても、タカオカ様に指一本触れさせはしない!」 暑苦しいほどの忠誠心だ。彼は心からミライを信仰し、彼女に仕えることを光栄に思っているようだった。

「……副隊長の、エリスだ」 もう一人の御者席に座る女騎士が、短く名乗った。 視線は前方を向いたまま、私とは目も合わせようとさない。 ガイン隊長の熱血ぶりとは対照的な、冷徹な態度だ。司祭から選ばれた人材なのだから、おそらく私よりも遥かに手練れなのだろうが、この取り付く島もない態度は何なのだろうか。

「それで、目的地についてだが……」 ガイン隊長が気を取り直して説明を始めた。 目的地は近くの森にある廃寺院。そこを利用して、魔族が人工的に魔物を生産しているらしい。その生産源である「穴」を無効化し、浄化できるのは、ミライの「浄化の光」だけだという。 「まさに救世主様だ。タカオカ様こそが、この世界を救う唯一の光なのだ」 ガイン隊長は再び熱く語り出した。隣のエリス副隊長は、相変わらず無表情のままだ。

しばらく街道を進むと、前方に獣の群れが現れた。 ワイルドウルフの群れだ。だが、その中心にいる一匹は異様だった。 通常のウルフが中型犬サイズなのに対し、その個体は、大人が四つん這いになったサイズよりもさらに一回り大きい。 「ワイルドキラーか!」 団長が叫び、馬車から飛び降りた。私も慌てて棍棒を構えて続く。 団長の獲物は、先端が十字になった巨大な槍だ。彼はそれを構えると、真っ先にその巨大な個体へ襲いかかった。 「ふんっ!!」 突くのではない。彼は槍をハンマーのように大きく振るった。 ドゴォッ! 重い音が響くが、敵も巨体だ。簡単には吹き飛ばず、牙を剥いて団長に食らいつく。 その隙を狙って、通常サイズのウルフたちが横から団長を狙う。 「させないっ!」 私は「トゲ付き」を振るい、横合いから飛びかかろうとしたウルフを叩き落とす。 うまく連携して、団長の死角をカバーする。 団長が一瞬こちらを見て、「ほう」といった顔をした。 「悪くない動きだ!」 団長が叫び、再び槍を振るう。 手数が厳しい。ふと馬車の方を見ると、副団長は馬車のそばに立ったまま、微動だにしていなかった。 私の役割は馬車(とミライ)を守ることだから、前線の雑務はお前たちの仕事だと言わんばかりだ。 結局、私と団長の連携で、なんとかワイルドキラーと群れを討伐した。 「ふぅ……」 息を整える団長は、馬車のそばにいる副団長に軽蔑の眼差しを向けた後、「それでは再度進むぞ」と吐き捨てた。

その後も何度かワイルドキラー率いる群れに遭遇したが、団長の圧倒的な武力と私のサポートで、難なく切り抜けることができた。

しばらくして、馬車が止まった。 「この先、森が深くなるため馬車は無理です。歩いていきましょう」 団長の言葉に、馬車から出てきたミライが露骨に嫌そうな顔をする。 「えぇー、歩くの? 汚れるじゃない」 「我慢してください。すぐそこですから」 私はミライをなだめつつ、森の中へと足を踏み入れた。

木々の隙間から、朽ち果てた石造りの廃寺院が見えてきた。 「やっと着いたの」 ミライが不平を漏らすと、団長が「静かに」と手で制した。 木陰から様子を伺う。 屋根が落ち、柱だけになった寺院の中央に、不気味な紫色の光を放つ「穴」が開いていた。 その周囲を、錆びた鎧をまとった骸骨(スケルトン)と、生気のないゾンビのような魔物が徘徊している。 そして、穴のふちには、一際豪華な鎧をまとった骸骨が立っていた。 「カカカッ……」 その豪華な骸骨が顎を動かすと、周囲の魔物たちが手に持っていた宝石を穴に投げ込んだ。 ボシュッ。 嫌な音と共に、穴から新たなゴブリンやウルフが這い出してくる。 「なるほど……」 私は妙に納得してしまった。魔物を倒すと魔石(宝石)が手に入るのは、そもそも宝石を触媒にして魔物が作られているからなのか。

「よし、作戦を伝える」 団長が小声で言った。 「我々で周囲の魔物を一掃する。安全を確保した後、タカオカ様の奇跡で穴を浄化していただく」 全員が黙って頷くのを確認すると、団長は雄叫びを上げ、猪突猛進に敵陣へと躍り込んだ。 「信仰の光よ、邪悪を滅ぼせ!!」 十字槍が一閃されると、2、3体のゾンビが紙切れのように吹き飛んだ。 強い。これなら加勢はいらないかもしれない。 私はのんびりと団長の後を追い、近づいてきたスケルトンに棍棒を叩きつけた。 パリーン。 あっさりと骨が砕け散る。 (弱い……ゴブリンよりも脆いぞ?) 拍子抜けするほどの弱さだ。これなら楽勝だ。 後ろを振り返ると、副団長はミライのそばで剣を構えたまま固まっている。あれでは戦力として期待できない。

「油断するな!!」 気を抜いた私に、団長の一喝が飛んだ。 「はっ、はい!」 私が向き直った、その時だった。

ガゴンッ!!

団長の足元の石畳が、突如としてめくり上がった。 「なっ……!?」 団長が反応する間もなかった。 めくれ上がった地面の下から、鋭利な槍を持った数体のスケルトンが飛び出したのだ。

ズドッ、ズドズドッ!!

「が、はっ……!?」 一瞬だった。 団長の太腿、腹、そして胸を、下から突き上げられた槍が貫いていた。 宙に縫い付けられた団長の口から、大量の血が溢れ出す。

「う、そ……」 私の思考が停止した。 圧倒的な強者だったはずの団長が、串刺しになって痙攣している。 それは、あまりにも唐突で、あっけない崩壊だった。

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