手ぶらで始める異世界転生 第14話  

ガイン団長の膝が落ちるのが見えた。 だが、まだ死んでいるとは限らない。一刻も早く、周りの骸骨を排除せねば。 私は焦燥感に駆られ、敵陣の真っ只中へと飛び込んだ。

「うおおおっ!」 雄叫びと共に棍棒を振るう。骸骨の頭蓋が砕け、一撃で崩れ落ちる。 二撃、三撃。連続で不気味な骨の兵士を葬っていく。 しかし、私は武の達人ではない。力任せに棍棒を振り回したことで、体勢が大きく崩れた。 敵はその隙を見逃さなかった。 死角から忍び寄った骸骨が、錆びた槍を私の背中に突き出した。

(しまった……!) 回避は間に合わない。私もここまでか。 そう覚悟して目を閉じたが、いつまで経っても突き刺さる激痛が来ない。 「……?」 目を開けると、槍の穂先が私の革鎧に当たった瞬間、ガラスのように砕け散っていた。 驚いている暇はない。私は最後の力を振り絞り、体を反転させ、背後の骸骨を殴り飛ばした。

まだ痛みはない。 ガイン団長の容体は気がかりだが、最後の希望であるミライの安全も確保しなければならない。 私はミライの方を振り返り、叫んだ。 「ミライ、すぐに逃げろ!」 視線の先には、真っ青な顔で立ち尽くすミライと、その横でガタガタと震えているエリス副団長の姿があった。 エリスは団長の敗北にショックを受けているのか、剣を抜くことさえできずにいる。 (全く役に立たない……! 私もこの残酷な世界に毒されて、他人を見下すようになってしまったのだろうか)

私は冷静さを取り戻し、残りの敵を見据えた。 骸骨が10体前後、ゾンビが数体。 この体では多勢に無勢だ。しかし、体が動く限り、倒してみせる。 覚悟を決めると、不思議と体が軽かった。 近くのゾンビ2体に襲いかかる。腐った腕が私を掴もうとするが、触れた瞬間にジュッという音と共に腕が溶け落ちた。 「なんだ……これは?」 横目で団長を見ると、まだ息はあるようだが、ピクリとも動かない。 団長を囲む4体の骸骨に躍りかかる。棍棒を一振りするだけで、それらはクッキーのように脆く砕け散った。 息が切れない。体力が衰えない。 不自然だ。背中の傷跡を手で触ってみるが、革鎧には傷一つついていない。

「そうか……!」 ようやく理解できた。 私の鎧は、ミライの「浄化の光」によって清められている。 その加護が、この不浄な魔の者たちの攻撃を全て無効化し、逆に彼らを浄化しているのだ。 そうと分かれば、恐れるものはない。 「うらあああっ!」 私は無敵の盾と化した体で突進し、残りの魔物を瞬く間に片付けた。 最後の一体を粉砕し、すぐに叫ぶ。 「全て片付けた! 団長の手当てを手伝ってくれ!」

私の声に弾かれたように、ミライが駆け寄ってくる。その後ろから、エリスもおずおずとついてきた。 三人で団長の体を確認する。 胸の大穴。溢れ出る血。瞳孔は開ききっている。 「……だめね。心臓をやられてる」 ミライが静かに首を横に振った。残念ながら、手遅れだった。

私が地面を殴りつけ、己の無力さを悔やんでいると、ミライは立ち上がり、魔物が生まれてくる「穴」へと向かった。 悲しみに暮れている時間はない。彼女には彼女の役割がある。 ミライが穴に手を向けると、全身がまばゆい光に包まれた。 「消えなさい」 彼女の言葉と共に、白い光の奔流が穴へと注ぎ込まれる。 周囲に漂っていた紫色の靄が晴れていく。不気味な穴が塞がり、黒ずんでいた大地が浄化されていく。 そして、その大地から一斉に植物の芽が生えてきた。 見る見るうちに芽は成長し、絡み合い、天を突く大樹へと変貌を遂げた。 高さ十数メートル、直径数メートル。輝くような緑の葉を茂らせた巨木が、廃寺院の中心に誕生したのだ。

「……世界樹だ」 後ろから、エリスの呟きが聞こえた。 「世界樹が生まれた大地は浄化され、清められる……救世主の伝説は本当だったのね」 彼女はしばらく呆然と大樹を見上げていたが、一拍置いた後、急に肩を震わせ、笑い出した。 「ヒャッ、ヒャヒャヒャ!」 静寂な廃墟に、場違いな笑い声が響く。 「団長がいなくなった……しかも、世界樹の奇跡は成し遂げられた! これで手柄は私のもの! 次の騎士団を牛耳るのは私だ! ヒャヒャヒャ!」 彼女の顔は欲望で歪んでいた。 人の笑顔がこれほどまでに醜いと思ったのは、初めてのことだった。 先ほどまでの、戦いに怯え立ち尽くしていた姿と合わせて、ただただ幻滅するばかりだ。 ミライと顔を見合わせる。彼女もまた、私と同じ呆れ果てた表情をしていた。

「さあ、早く帰りましょう!」 先ほどまでの態度が嘘のように、エリスは元気いっぱいに叫ぶと、足早に来た道を戻り始めた。 「我ら光の騎士団~♪ 邪教徒どもは殲滅だ~♪」 とんでもない歌詞の歌を陽気に歌い、スキップまでしている。 「……行きましょうか」 仕方なく、私はガイン団長の重い死体を担ぎ上げた。 あんな女の後など追いたくもないが、馬車はあっちだ。

森の小道を急ぐ。エリスの姿は既に視界になかったが、陽気な歌声だけが遠くから聞こえていた。 だが突然、その歌声が悲鳴に変わった。 「ギャアアアアッ!!」 「!?」 私とミライは顔を見合わせ、慌てて駆け出した。

馬車が見える場所まで戻ると、そこには残酷な光景が広がっていた。 あの巨大なワイルドキラーが3体。 その足元に、首をねじ切られたエリスの体が転がっていた。 欲望にまみれた未来を夢見た彼女のあっけない最期だった。

私は団長の遺体を足元に置き、即座に棍棒を構えた。 相手は3体のワイルドキラー。さっきは団長との連携でなんとか倒せた相手だ。 私一人で、しかもこの開けた場所で、ミライを守りながら戦えるだろうか。 (やるしかない……!) 私が覚悟を決めて踏み込もうとした、その瞬間。

背後から放たれた熱波が私の横を通り抜け、3体のワイルドキラーに直撃した。 紅蓮の炎に包まれ、巨獣たちが断末魔を上げる暇もなく炭化していく。 「え……?」 私が振り返ると、ミライが指先から煙を上げながら、ニカっと笑っていた。 「もう封印が終わったから、魔力を温存する必要ないでしょ? 前の町で『着火(イグニス)』を覚えたの、忘れちゃった? 忘れん坊の従者様」 「魔法って……あんな威力だったか?」 私が覚えた「着火」は、焚き火に火をつける程度のものだったはずだが。 これが「選ばれし者」の魔力補正ということか。

「さ、早く死体を馬車に積んで」 「……はい」 ああ、戦力としても大した力になれないんだな、私は。 敗北感と疲労感に打ちのめされながら、私はガイン団長と、そして哀れなエリスの遺体を馬車に積み込んだ。

さて、誰が馬車を動かすんだ? 二人とも死んでしまった。私は操作できない。 悩んでいると、ミライがひょいと御者台に飛び乗った。 「ほら、早く座って」 「え、乗れるのか?」 私が横に座ると、彼女は鮮やかに手綱をさばき、馬車を旋回させた。 「馬車なんて、人間が使いやすいように作られてるんだから、直感でだいたいできるわよ」 彼女は事もなげに言った。 天才か。あるいは、この世界そのものが彼女のためにあるのか。 つくづく、彼女には勝てないな。 私は泥のように疲れた体を、御者台の背もたれに投げ出した。 馬車の揺れに身を任せながら、私は遠ざかる世界樹の緑をぼんやりと見つめていた。

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