
翌朝、ドアを叩く音で目が覚めた。 いつもは私の方が早起きなのだが、今日はミライの方が早いようだ。 ベッドから起き上がると、今までに比べて体が鉛のように重い気がする。昨日の疲れが残っているのだろうか、それともこれから始まる何かを予感しているのだろうか。
ドアを開けると、ミライはいつものハイテンションで立っていた。 「さあ、行くわよ!」 彼女はそう言うと、私の返事も待たずに足早に昨日の鍛冶屋へと向かった。
鍛冶屋に着くと、店主が目を輝かせて奥から出てきた。 「おう、待ってたぜ! あんたの棍棒、ブラックドラゴンの皮で強化させてもらった。こいつはすげぇぞ。使い勝手は変わらねぇが、間違いなく威力は桁違いだ」 渡された愛用の棍棒を見る。形状こそ変わらないが、その表面は赤黒く脈打つような光沢を放ち、見るからに禍々しいオーラを纏っていた。 握ってみると、確かに重さは以前と変わらない。軽く素振りをしてみる。ブォン! と空気を裂く音が鋭い。 店主も満足げな顔で見送ってくれた。
店を出てしばらくすると、ミライがいつもの調子で話しかけてきた。 「パワーアップしたようで良かったわね。でも、ちょっと趣味が悪いわ。新しい装備も清めてあげる」 彼女はそう言うと、いつものように私の装備に手をかざし、「浄化の光」を放った。 すると、驚くべき変化が起きた。 禍々しい赤黒さを放っていたブラックドラゴンの皮が、見る見るうちに純白へと変わっていく。 私の全身の防具も同様に白く染め上げられ、まるで聖騎士の装備のような神々しい輝きを放ち始めた。 驚きのあまり言葉を失っていると、ミライは涼しい顔で言った。 「清められたみたいね。それじゃあ、街長のもとに行きましょう」
彼女は昨日までの観光気分のような足取りで、スイスイと道を進んでいく。 やがて、今まで見たこともないような豪華な屋敷の前に到着した。 ミライは入口の憲兵に声をかける。 「街長様に会わせていただけるかしら。こちらの手紙を渡して」 そう言って、司祭からもらった紹介状を差し出した。 不審に思った門兵が奥の従者に確認を依頼し、しばらく待たされることになった。 やがて、慌てた様子の従者が戻ってきて門兵に耳打ちをする。門兵の顔色が青ざめるのが見えた。 「し、失礼しました! どうぞ奥へ!」 私たちは館の奥にある応接室に通された。
しばらく座って待っていると、ふくよかな体型の、いかにも身なりのいい男が部屋に入ってきた。 「これはこれは救世主様。私どもの街にお越しいただき、ありがとうございます。手紙で司祭様から救世主様の奇跡については伺っております」 街長は愛想よく振る舞っているが、目は笑っていない。 ミライがすかさず切り込む。 「というわけなので、ここら辺のモンスターの発生源を教えてもらえるかしら? すぐに封印してあげるわ」 戸惑った街長が答える。 「早速我々を救うことを考えていただけるとは、さすが救世主様。しかし、私どもの街はご覧の通り強固な防壁と騎士団を持っておりまして、現状、助けを必要としておりません」 街長は言葉を選びながら、やんわりと拒絶を示した。 「私どもより、もっと困った街から救っていただければと思います。例えば東の港町では、海の魔物が増えて漁に困っているそうです」 厄介払いをしようとしているのが見え見えだ。 しかし、ミライは涼しい顔で答えた。 「あら? 司祭様から『この街が困っている』と言われたので来たのだけれど。司祭様、ボケていらっしゃるのかしら? 街のギルドにも寄らせてもらったけど、別の街とは比べ物にならないぐらい凶悪なモンスターの討伐依頼があったようだけど、本当に困っていないの?」 街長は明らかに狼狽えたが、すぐさま言葉を返した。 「た、確かにこの辺の魔物は強力ですが、その分、この街の騎士は精鋭揃いです。ですので、現状は困っていないのですよ」
「うーん、困ったわねぇ」 ミライは考える仕草で部屋をウロウロと歩き回った。 「私は司祭様の指示でこの街に来たのに、何も助けにできるようなことがない。せめて何かできないかしら……」 彼女はさらに悩んだ素振りを見せ、ポンと手を打った。 「ああ、そうだ。私が昨日仕立てたばかりのこの服を差し上げるわ。この街への信頼の証として」 街長は目を白黒させた。 「は? いえ、ありがたいお申し出ですが、何もしていただいていないのにそのような物をいただくとは、恐れ多い……」 言い終わらないうちに、ミライが被せる。 「タダより高いものはないって言うものね。それじゃあ、1,000金貨で売ってあげるわ」 「せ、1,000金貨!?」 私は驚きが隠せなかった。法外な値段だ。 街長も渋い顔をしたが、ミライの瞳の奥にある冷徹な光を見ると、すぐに態度を変えた。 ここで断れば、司祭への報告や「救世主」の機嫌を損ねることで、より面倒なことになると悟ったのだろう。あるいは、何か後ろめたいことがあるからこそ、金で解決できるなら安いと考えたのか。 「……いい買い物ですな。では、救世主様のお召し物を1,000金貨でお買い上げさせていただきます」 「あら、いい取引でよかったわ。では、こちらのお召し物を」 「それでは、すぐ1,000金貨を準備させていただきます。少々お待ちを」 街長は部屋を出て行き、しばらくして戻ってくると、ずっしりと重い皮袋に入った大量の金貨を机の上に置いた。 「ささ、お確かめください」 ミライは中身を確認しようともせず、涼しい顔で言った。 「信頼しているから大丈夫よ。それでは、私は困っている人を助けに行きますので」 そう言って金貨の袋を掴むと、さっさと部屋を出て行った。
屋敷を出た後、私は黙って彼女の後をついていった。 意外なことに、辿り着いたのはギルドだった。 「一体、何をするつもりなんだ?」 私が尋ねると、彼女は冷たく答えた。 「私はやることがあるから、あんたは掲示板でも見てなさい」 そう言ってカウンターへ向かった。 言われた通り、壁の掲示物を確認していると、遠巻きに受付嬢の裏返った声が聞こえてきた。 「ええっ!? こ、こんな大金を……!? 相場とは合っていませんが……は、はあ……わ、分かりました……!」 しばらくしてミライが戻ってきた。 「分かったわ、宿に帰りましょう」 私たちは昨日と同じレストランに戻ったが、食事中、昨日までのような明るい雰囲気はなかった。ミライは淡々と食事を口に運ぶだけだった。 そして部屋に戻る前、彼女は言った。 「明日は夕方まで予定がないから、のんびりしてて」
翌日。 言われた通り、私はのんびりと一人で街中をぶらつき、夕方になって宿に戻った。 部屋に戻ると、そこには不機嫌な顔のミライがいた。 「まさか、本当に私をほったらかして一日遊んでるとは思わなかったわ。いいわ、ギルドへ行くわよ!」 「え、いや、のんびりしててって言ったのは君じゃ……」 言い訳も聞かず、彼女はプンスカしながらギルドへと足を向けた。
夕方のギルドは、荒くれ者たちで溢れかえっていた。 私たちが入り口を入ると、場が一瞬静まり返り、視線が集まるのを感じた。 ミライは躊躇なくカウンターの上に土足で上がり、高らかに宣言した。 「張り紙を見た者たちよ! 私が救世主タカオカミライだ! 共に伝説になり、そして富を得ようではないか!!」 何と言っているのか? 私は慌てて壁の張り紙を見た。
- ミッション名: アビス・ゲート遺跡殲滅作戦
- 場所: アビス・ゲート遺跡
- 目的: 遺跡内魔物の殲滅
- 日時: 3日後
- 報酬: 参加するだけで金貨1枚。指揮官レベルモンスター討伐は別途10金貨。最深部一番乗りは100金貨。
- 依頼者: 救世主タカオカミライ
見た瞬間、目が点になった。 参加するだけで金貨1枚? 一般的な依頼の数十倍の報酬だ。あの1,000金貨は、このための軍資金だったのか。 ギルド内が爆発したような歓声に包まれる中、宣誓を終えたミライは満足げに降りてきた。 「ほら、従者くん、行くわよ」 そう言って、呆気にとられる私を連れて早々に宿に戻った。
その夜も、昨日と同じように静かな食事をとり、部屋の前で別れた。 「質問は受け付けない」と言わんばかりに、彼女はさっと自分の部屋に入ってしまった。
翌日。 昨日の今日だ。私は朝一番にミライの部屋に行き、一緒に街を楽しもうと誘ってみた。 しかし、彼女は「私には考えがあるから」とだけ言い、そのまま部屋に閉じこもってしまった。 そして夕方、昨日と同じようにギルドに向かい、カウンターに立って叫んだ。
「決戦は明日の正午、場所はアビス・ゲート遺跡! 皆の参加を待っている!」
その瞬間、ギルドの屋根が吹き飛ぶかと思うほどの轟音が響き渡った。 「うおおおおおッ!! やってやるぜぇぇぇ!!」 「たった一日で金貨一枚だぞ! 遊んで暮らせるぞ!!」 「救世主様万歳!! 俺たちに富をもたらす女神様だ!!」 「酒だ! 勝利の前祝いに一番高い酒を持ってこい!!」
荒くれ者たちがジョッキを掲げ、テーブルを叩き、武器を打ち鳴らす。 昨日のような値踏みするような視線は微塵もない。今はただ、目の前の黄金(ミライ)に対する剥き出しの欲望と熱狂だけが支配していた。 ある者は血走った目で剣を磨き始め、ある者は隣の仲間に肩を組んで大声で笑っている。 その異常なまでの熱気は、集団ヒステリーのようで恐怖すら感じるほどだった。
騒乱の渦中、ミライは涼しい顔で私の腕を引き、宿へと戻った。
宿に戻り、一人ベッドに横たわりながら明日の決戦のことを考えた。 なぜミライは、あんな大金を叩いてギルドに依頼を出したのか。 なぜ私に何も説明しないのか。 あの街長に対する態度は何だったのか。 アビス・ゲート遺跡で、一体何をするつもりなのか。 行動の理由が何一つ見えない。悶々としていると、夜遅く、部屋のドアをノックする音が聞こえた。 「……はい」 ドアを開けると、そこに立っていたのはミライだった。 彼女は真剣な眼差しで、私を見つめていた。
