手ぶらで始める異世界転生 第18話 

部屋でまどろんでいると、不意にドアが開き、ミライが入ってきた。 いつになく真面目な顔をしている。 「話があるわ」 私の返答も待たず、彼女は部屋の真ん中まで歩み寄ると、驚いたことに私をベッドの方へぐいと引き寄せた。 「えっ、ミライ……?」 まさか、夜這いなのか? 心臓が早鐘を打つ私に、ミライは呆れたような、軽蔑を含んだ視線を向けた。 「あんたが想像しているようなことはないから、落ち着きなさい」 彼女は声を潜め、私の耳元で囁くように話し始めた。 「さて、どこから話そうかしら。まずは明日の目的よ。明日はこの近辺の魔物の発生源、アビス・ゲートを封印しに行くわ」

それはなんとなく予想していたことだ。だが、私は以前からの疑問をぶつけた。 「そもそも、なぜアビス・ゲート遺跡がモンスターの発生源だと分かったんだ? 街の誰も口を割らなかったのに」 ミライは悲しそうな顔で溜息をついた。 「司祭の手紙に書いてあったからよ」 「手紙? でも、あれは封がしてあったはず……開封した形跡はなかったぞ」 「私の魔法で見たのよ。あんたが覚えられなかった『第三の眼(サード・アイズ)』という透視魔法でね」 ミライは冷ややかな瞳で続けた。 「手紙の中には、こう書かれていたわ。『アビス・ゲートを閉じられないように、うまく誘導してくれ』ってね」

私は言葉を失った。 「つまり……司祭と街長はグルってことか?」 「おそらくね。彼らは何らかの癒着関係にある。魔物の発生源を閉じられると、不都合があるようね。例えば、防衛予算の横領や、魔石の独占販売……なんとなく想像はつくけど」 ミライは暗い顔で俯いた。 「この世界の救世主伝説は相当なものよ。ここ数日、街の人々の熱狂ぶりを見たでしょ? 司祭たちはそれを利用している。詳しいことは分からないけど、世の中は単純ではないのよ」 彼女の言葉には、重い諦念が含まれていた。 私はこれ以上、質問することができなかった。 沈黙が流れる中、ミライがふと顔を上げ、私の瞳を覗き込んだ。 「……世の中は単純じゃないわ。でも、あんたは単純ね」 「えっ?」 彼女は悪戯っぽく微笑むと、私の頬にちゅっと口づけをした。 「おやすみ、従者くん」 私が呆然としている間に、ミライは風のように部屋を出て行った。 唇に残る感触と、彼女の残り香。 何もかも理解が追いつかなかったが、不思議と不安は消え去り、その夜は泥のように深く眠ることができた。

翌朝。 ミライは先に目が覚めていたようで、私が起こされる形になった。 街の門へ行き、預けていた馬車に乗って、私たちは決戦の地、アビス・ゲート遺跡へと向かった。

遺跡に到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。 200人近い冒険者たちが、ギラギラした目で武器を構え、待ち構えていたのだ。 ミライは馬車を止め、「しばし待て」と皆に伝えた。 太陽がゆっくりと昇り、天頂に達する。 正午。ミライは馬車の上に立ち、群衆を見下ろした。 「皆、伝説になりたいか!!」 『うおおおおおっ!!』 彼女の問いかけに、野太い歓声が轟く。 「金貨は欲しいか!!」 『うおおおおおおおおっ!!!』 さらに大きな歓声が上がり、大地が震える。 ミライはニヤリと笑い、高らかに宣言した。 「報酬は早い者勝ちだ! 遺跡の最奥地、魔物の発生源を最初に見つけた狩人に、特別ボーナス100金貨を与える!!」 欲望の叫びが爆発した。殺気すら感じる熱狂の中、ミライが指を鳴らす。 「それでは、アビス・ゲート攻略……レディ、ゴー!!」

合図と共に、200人の冒険者たちが雪崩のように遺跡へ飛び込んでいく。 我先にと入口に殺到する彼らを見送りながら、ミライは私に優雅に話しかけた。 「では、彼らの後をゆっくりと追いかけましょう。せいぜい私を守ってね、従者様」 「……君って人は」 私は苦笑しながら、白く輝くブラックドラゴンの盾を構え、彼女の少し前を歩き出した。

遺跡内は、まさに嵐が過ぎ去った後のようだった。 通路のあちこちで冒険者たちが魔物と戦っているが、その勢いは凄まじく、私たちは剣を抜くことさえなく進んでいける。 魔物は彼らに任せ、私たちは悠々と奥地へ。 やがて、最奥部と思われる広間にたどり着いた。 以前見たものと同じ、不気味な薄紫の靄が渦巻く「穴」がある。 そこには、既に数人の冒険者が到達しており、先頭の男が息を切らして叫んだ。 「お、俺が一番乗りだ! 手柄は俺のもんだぜ、頼むぜ救世主様!」 「分かったわ。報酬はギルドで受け取って」 ミライは涼しい顔で頷くと、穴に向かって手をかざした。 「浄化」 まばゆい光が放たれる。前回と同じように、靄が晴れ、黒ずんだ大地が浄化されていく。 そして、その裂け目から若芽が芽吹き、見る見るうちに巨大な世界樹へと成長していった。 遺跡全体が清らかな空気に包まれる。 「すげぇ……」「これが救世主の奇跡か……」 冒険者たちからも感嘆の声が漏れる。 こうして、アビス・ゲートの攻略は、お祭り騒ぎの中で幕を閉じた。

街に戻ると、報酬を受け取った冒険者たちによって、街中が祭りのような騒ぎになっていた。 私とミライも神輿のように担がれ、もみくちゃにされながら祝福を受けた。 その喧騒の中、街長が現れた。 彼はニガニガしい顔を隠しきれず、ひきつった笑みを浮かべてミライに近づいてきた。 「こ、これは救世主様……さすが、わずか3日で魔物の発生源を閉じていただけるとは……伝説は誠でしたな。これからは平和な街になるかと……」 腹の中では煮えくり返っているだろうに、群衆の手前、称賛するしかないのだ。

宴は最高潮に達していたが、ミライが私に目配せをした。 私たちは騒ぎを抜け出し、宿屋に戻って荷物をまとめると、すぐに裏口から出た。 「すぐこの街を出るわよ」 ミライが耳打ちする。 「え、今から?」 「グズグズしてたら、街長や司祭が何をしてくるか分からないわ。それに、熱狂が冷めれば面倒なことになる」 彼女の判断は迅速だった。私たちは人目を避けて門へと向かった。

夜中の門番は、私たちを見て驚いた顔をした。 「これはこれは救世主様。こんな夜中にいかがなさいました?」 ミライは落ち着いて、慈愛に満ちた表情で答えた。 「一刻も早く、次の街を救いたいの。でも、皆に言うと引き止められてしまうでしょう? だから、こっそりと出発するのよ」 門番は感動し、涙ぐみながら敬礼した。 「なんて崇高な……! どうぞ、お気をつけて!」 門がゆっくりと開く。私たちは笑顔で見送られながら、夜の街道へと馬車を進めた。

街の明かりが遠ざかり、周囲が静寂に包まれる。 私は御者台で手綱を握るミライに尋ねた。 「これから、どこへ行くんだ?」 当てもない旅だ。敵は魔物だけではない。教会や権力者さえも敵かもしれない。 だが、ミライは夜空を見上げ、晴れやかな笑顔で答えた。 「さて、どこへ行こうかしらね。でも、二人なら何でもできるんじゃない?」 彼女は私の方を向き、悪戯っぽく笑った。 「私たちの冒険は、まだ始まったばかりよ」

私には、この先何が待ち受けているのか分からない。 だが、白く輝く装備と、隣で笑う最強の「救世主」がいれば、何も怖くないと思えた。 馬車の車輪が、未知なる道へと力強く進んでいく。

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